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第40話 問題児が多い

 荒木と一緒の班の大庭は元々守衛をやる予定で、竜杖球の中でも一人だけ竜に乗らない守備位置の者である。貝塚はもちろん選手ではないので、実質荒木の班で本格的に乗竜するのは荒木のみ。

 その荒木は恐らく部で最も乗竜術に長けている。


 昨年同様、乗竜の指導は松沼さんで、最初に基本的な事だけを指導してもらった。その後は荒木と松沼、貝塚と大庭という風に別れた。


 貝塚は元々荒木と同じ中学校で同じ竜術部の部員だったため、竜の騎乗は手慣れたものである。そこで大庭の指導は貝塚が行う事になった。


 一方の荒木は松沼の指導で、初日からかなり本格的な竜杖球の練習という感じになった。

 初日を終えると松沼は、もう教える事は何も無いから明日から竜杖を持って守備練習でもやろうと言い出したのだった。

 そんな荒木の騎乗を貝塚はぽうっとした顔で見つめていた。



 竜の片づけが終わると、では昼食に行こうと松沼は三人に言った。さすがに体を動かしたからお腹が空いただろうと松沼は大庭に言うのだが、大庭は顔を引きつらせただけであった。

 荒木はそんな大庭を見て、何か言いたかったけど我慢したんだなと感じた。

 何が言いたいかは何となくわかる。『食い物については、ちょっとなめてた』であろう。なにせ自分も昨年、宮田先輩と同じ事を言い合ったのだから。


 食堂に着くと、松沼は大庭に遠慮なんかせずに好きなだけ食べてくれと、大皿に山盛りになった肉を指差した。


「そんな、今激しく運動したばっかりでそんなに食えませんよ」


 そう言って苦笑いする大庭を、松沼はだらしないと言って笑った。

 大庭の表情からして、内心では相撲取りじゃあるまいし、そんな飯が食えるかよとでも思っているのだろう。

 だが、松沼が朝よりがっつりと皿に肉を取った事で大庭はこれがここの日常なんだとわかったらしい。下品にもげっぷをかました。



 帰りの車の中で大庭は体中のあちこちが痛いと情けない事を言っていた。

 変に力が入ってるだけだから、数日もしたら慣れると荒木は助言。だが貝塚は、まだ跨っただけなのになんでそんな事になるのやらと悪態をついた。

 悔しいが言い返せない。大庭の顔はそう書いてあるかのようであった。


 安達荘に戻ると、すでに何組かは戻っており、荒木たちは比較的後の方であった。

 先に戻っていた杉田が内山と二人で、どんよりとした顔をしていた。一緒の班の岡本はそんな事はなく、そこからだいたい何があったかが察せられる。


 荒木が長縄にどうだったと聞くと、長縄は飯の量に度肝を抜かれたと言って笑い出した。すかさず戸狩が、そこじゃないだろうと笑いながら指摘した。


「久々の乗竜でしたけど、楽しかったですよ。牧場の方、教え方が上手で。戸狩さんも教え方が上手いから、溝口も今日だけで一人で竜を歩かせる事ができましたもんね。明日以降が楽しみですよ」


 嬉しそうに長縄がそう言うと、少し離れた所から楽しそうで何よりだという恨みがましい声が聞こえてきた。


 疲れ果てそれ以上何も語ろうとしない杉田に代わって、内山が何があったのか語った。


 まず行きの車で岡本はいきなり便所に行きたいと言い出した。見た通り一面の草原だからその辺でやって来いと言って車を止めてもらうと、紙をくれと言い出した。

 さすがに草原といえど大きい方は困る。迎えに来てくれた牧夫さんは、もう少しで着くから我慢しろと言って車を飛ばした。


 到着すると挨拶より前に便所に駆け込むという恥ずかしい事態に。杉田はなんで宿で待っている間に行っておかなかったんだと叱責。試合中に便所に行きたくなっても我慢するしかないんだぞと言って。


 その場では反省した態度であったのだが、岡本は竜の世話をしている間中、出したから腹が減ったと連呼。小学生じゃないんだから、感情をすぐに口に出すなと杉田は叱責。

 すると牧夫から竜に悪影響だから叱責は竜舎の外でやるようにと、逆に杉田が叱責されてしまった。


 やっと朝食になると岡本は山盛りの肉を見て、食べ放題だと大はしゃぎ。そして案の定、乗竜の途中で気持ち悪くなり便所に駆け込み嘔吐。

 その後の昼食は出したから腹が減ったと言ってまた大量に食べようとした。それを杉田と内山の二人で全力で止めた。


「初日からこれですよ! 明日からどうなっちまうんだよ、うちらの班は……」


 代わってくれと内山は懇願したのだが、一年生たちは全員顔を背けた。興奮しすぎなんだと言って杉田が岡本の頭を叩いた。



 最後に大久保たちの班が帰って来た。


 すると川上教頭がにこやかな顔でやってきて、なかなか授業をする機会が無いから楽しみだと言って部員たちの顔を見回した。

 武上先生はどうしたんですかと石牧がたずねると、川上はそれまでにこやかだった顔からすんと表情を消した。


「ああ、武上先生ね……ここだけの話にしてくれよ。昨晩やけ酒だとか言ってしこたま呑んでね。今日は二日酔いで寝てるんだよ。朝から便所と布団の往復だ。まったく生徒の前で恥ずかしいと思わないのかねえ」


 なぜか部員たちの目は岡本に注がれた。何でこんなにうちの部は問題児が多いんだと荒木がぼそっと呟くと、杉田と戸狩がまったくだと言って同調した。

 その雰囲気からみんな苦労してるんだなと察し川上は苦笑いした。



 初日の授業は地理。


 昨年もそうだったが、川上は初日の授業の前に三十分かけて帳面の取り方のコツを教えてくれた。

 帳面というのは黒板のものをただ書き取れば良いというわけではない。そもそも黒板のものは教科書に書いてあるのだからそこをわかるように線でも引いておけばそれで良い。

 実際に帳面に書くのはどんな順番で話が行われたか。その中で印象に残った言葉や忘れてはいけなさそうな事を書く。


 家に持ち帰って実際にそれと教科書の内容を見比べて復習としてまとめあげる。

 つまりは授業というのは、聞いて要点を探すという作業が重要なんだと川上は講義した。


 では練習として今ので帳面に書いてみてくれと促す。それを一人一人見ていって、ある程度全員書けている事を確認するといよいよ授業に入った。


 わずか三時間という制約の中、川上は大きな紙を何枚も広げて指揮棒を当てながら、順々に説明していった。ただ、細かい事は一切説明しない。一年で習う内容から三年生で習う内容まで大雑把にざっと説明していく。


 最後に川上は締めの言葉を述べた。


「君たちが三年間で教わる事っていうのは、たったこれだけの事なんだよ。先生たちは今のを一つ一つ丁寧に解説していくんだよ。今日の内容はただ竜を歩かせるというだけ。それを三年間かけて、竜を走らせられるようにする感じだね」


 お疲れ様と言って川上が抗議を締めると、内山、溝口、青野の三人が、何でこれを地理の広瀬先生はやってくれないんだと言い合った。偉そうにふんぞり返って黒板もろくに書かずに教科書を朗読するばっかりでと。


 教頭先生の前で止めてやれよと言って戸狩は笑うのだが、内山たちの憤りは収まらない。そこから授業内容がどれだけ酷いかを戸狩たちに語り出した。


 基本的に社会科目は地理、国史、世界史の選択制で、戸狩たち三年生は全員国史を選択している。大久保と石牧は世界史を選択。福島が地理を選択しているらしく、わかるわかると賛同している。


 内山たちの怒りは徐々に他の部員にも波及していき、数学の杉下先生も説明が下手すぎて何もわからないやら、化学の大沢も説明が下手な上にすぐに白墨を投げるやらと、一年生たちは教頭の前だという事を完全に忘れて教師に対する怒りをぶちまけてしまった。


 さんざん愚痴を聞いた川上は最後に、今のは聞かなかった事にすると言って苦笑いしたのだった。

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