第37話 合宿に行ける
職員会議の内容はすぐさま全校生徒に知れ渡った。
生徒たちはこれまで一つの部に入る事を強制され、その部での活動を強いられてきた。その部にしか興味が無く、全く他の部には興味が無いという人も当然いる。だが多くの生徒はそうではなく、他の部にも興味がある。
どこの部と連携しようという話が、翌日から持ち切りとなったのだった。
中には女子運動部が華道部や茶道部と連携をするなんていう話も出ている。どういう判断なのか史菜たち放送部は応援部と連携しようという話が出ているらしい。
大義名分を得たと言って、篭球部の三沢部長はすぐに戸狩に連携を持ちかけてきた。
だがそれを戸狩は丁重に断った。自分たちは次に水泳部に行く事が決まっている。これは竜杖球部としての正式な活動で、ここに行かないと春合宿が乗り切れないからやむを得ないのだと。
来月になったらまた体育館に行く事になると思うから、その時に考えるという事にしたのだった。
昨年、広岡先生が漕艇部の後で水泳部に送り込んだのには理由があった。
荒木は気づいていなかったが、戸狩と杉田は何となく理由に気が付いていた。これは荒木の頭脳が少し弱いという事もあっただろうが、元々竜に乗れる荒木と、初めて竜に乗る二人とでは『竜に乗る』という感覚に違いがあったためである。
荒木は中学の乗竜部で、竜に乗るコツは竜と呼吸を合わせる事だというのを体得している。だが戸狩も杉田もそうではない。そのせいで、まず竜から落ちないようにというのが大前提となる。その為に必要なのは脚力と体幹になってくる。それを鍛えるのに水泳部がうってつけだったのだ。
昨年の三年生たちはもっと暖かくなってからじゃ駄目だったのかと怒っていたが、そう言う理由で、どうしても春合宿の前に水泳部にいかないといけなかったのだった。さすがに二月は論外だったが。
部活も三か月を過ぎると、徐々に一年生たちも慣れてきて、態度もだんだん砕けてくる。
この頃になると、武上先生が『めんどくさい女』というのは部員たちの共通認識になっていた。
本人はやたらと淑女ぶるのだが、部員たちの反応が薄いとすぐに不貞腐れる。仕方なく相手をすると、泣きそうになる。そして最後は怒り出す。
最近では部員たちも扱いを心得始め、露骨に持ち上げて気分を良くさせてやり過ごすという態度に出ている。
貝塚も最初こそ可愛い見た目から竜杖球部の看板娘扱いされ、ちやほやされていたのだが、徐々に秘めていた性格が表に出始めている。
とにかく口やかましい。二言目には部室が汚い、部室が臭いと言ってくる。一年生たちはげんなりしているが、二年生たちにとってはまだまだ看板娘であり、戸狩にとっては可愛い下級生なのであった。
そんなある日の事であった。
まだまだ冷たい空っ風の吹く寒空の中、これから水泳場に向かおうという時に、武上と戸狩、貝塚がやってきた。
ちょっと聞いて欲しい事があるから集まって。そう言って武上は水泳場の近くの調整室に部員を集めた。
かったるいという顔で部員たちは調整室に入って来て、思い思いに筋肉作りの器具に腰かけている。
ところが肝心の武上が中々話し始めない。どういうわけか、部員たちから目を反らして窓の外を見ている。
何か用事があったんじゃないのかと杉田が指摘すると、武上はちらりと部員たちの方を見てまた視線を反らした。
「いや……あの……その……みんな裸なものだから……その……」
頬と耳を真っ赤に染めて、武上は指をもじもじさせてる。
そんな武上に部員たちは一斉にため息をついた。真面目にやってくれと貝塚も武上に抗議。
「だって……そんな事言われたって……私女子高だったから、こういう光景見るの久々なんだもん……」
そう言って武上が顔を真っ赤にすると、戸狩が、とりあえずみんな体操服か何かを着て来てくれとため息交じりに指示した。
再度部員たちが戻ってくると、すぐに貝塚が噴き出した。武上もお腹を抱えて笑い出した。
ほとんどの部員が体操服姿でやってきたのだが、体操服が無いからと言って内山が大きなタオルを体に巻きつけてやってきたのだった。ご丁寧に頭には小さめのタオルを巻いている。まるで女優が番組で露天風呂に入るかのような恰好である。
さらに溝口は小さなタオルを肩にかけ、大きいタオルを腰に巻いている。こちらも完全に温泉に入る恰好である。
そんな二人を見た戸狩は誰がそんなネタを仕込んでこいと言ったと言って笑い出した。
何にしても武上の目の保養時間は終わったようで、やっと本題に入る事になった。三年生と二年生たちには時期的に何となく察していたが、春合宿の話であった。
昨年お世話になった土井牧場という広岡先生の先輩が嫁いだ北国の牧場に川上教頭が連絡してくれて、今年も受け入れてもらえる事になったのだった。
そこから戸狩が昨年の合宿の様子を簡単に話した。
ちょっと年季の入った民宿だが、食事は旨いし寝具はふかふかだった。朝まだ暗いうちに二人一組になってそれぞれの牧場に向かい、竜房の掃除を行う。その後食事を取って、牧場の方の指導で竜の騎乗訓練を受ける。日程の後半ではどこの牧場も竜杖球の指導をしてもらえた。食事は飽きるほど肉が出る。日程の最後に、職人選手の試合を観て、地元の高校と練習試合を行った。最後に花火をやった。
凄い楽しそうと大盛り上がりの一年に比べ、荒木、杉田、大久保、石牧の四人はそこまで盛り上がってはいない。
「戸狩、一個忘れてるぞ。帰って来てから教頭のありがたい講習がみっちりあるってやつを」
そう荒木が指摘すると一年生たちはすんと盛り下がった。
昨年広岡から『勉強の時間』があるから帳面をちゃんと持って来るようにと言われていた。まあせいぜい一時間程度の自習で、それが終われば自由時間だろうくらいに甘く考えていた。
ところが民宿に戻ると教頭がなにやら色々と準備して待っており、ニコニコ顔で講習を始めたのだった。
とは言え、三年生、二年生、一年生と全員学年がバラバラ。
そこで川上は今日は国語、明日は数学といった感じで教科を定め、一時間ごとに一年分、二年分、三年分と授業をしていった。一年にとっては予習、二年にとっては復習と予習、三年にとっては復習という講義内容である。
当然、一時間という短い時間であるから、どうしても駆け足にならざるを得ない。だがそこは川上はさすがに教頭。事前に喋る内容と資料を紙にまとめてきており、それを広げて説明。
部員たちが牧場に行ってる間も、喋る内容をちゃんと精査していたらしく、非常に手際が良かった。
広岡先生の世界史が一番わからなかったと荒木が笑うと、杉田と戸狩も確かにと言って大笑いした。そうだったんだと言って武上もけらけら笑っている。
すると大久保が武上に専攻は何なんですかとたずねた。武上はすぐに古文だと返答。
「へえ、そうなんだ。古文なんだ……やうやう白くなりゆくなんちゃらとかでしょ。俺苦手なんだよね、あれ」
荒木が嫌そうな顔で言うと、武上は『やうやう』じゃなく『ようよう』ねと指摘。
「『てふてふ』一つ覚えるだけで、かなりまで古文ってわかると思うんだけどなあ。くずし字を読めって言ってるわけじゃないんだから、むしろあんなに簡単な文章で点が貰えるって考えたら緩い教科だと思うんだけどな」
わからない単語を辞書で引くのなんて現代文でもやってるんだから、そう考えたら何も難しい事なんて無い。
そう説明する武上に、部員たちは一斉にそれは無いと反論した。そんな風に言うなら、普段からそういう教え方をしてくれと杉田は文句を言った。
「じゃあさ、北国合宿で、国語系は私専門だから勉強の仕方みたいなのを緩く教えてあげるね!」
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