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第36話 送球部はずるい

 送球部での練習も終わりが近づいている。


 今年の一年生は昨年の一年生――今の二年生に比べ、かなり運動神経の良い者が多く、飲み込みが早い。そのせいで、途中から送球部対竜杖球部という実戦形式の練習試合が毎回組めるくらいになっている。


 体育館は全ての部が活動できるほど広くは無い。せいぜい二部活。

 体育館を使う部は、送球部の他に篭球部(=バスケットボール)、排球部(=バレーボール)、羽球うきゅう部(=バトミントン)があり、普通に考えると内二つは体育館が使用できない事になる。

 卓球部も体育館を使用しているのだが、観客席を片付けてそこで活動しているので問題は無い。


 そこで、全部合同で準備運動を行い、その後体育館を網で二つに区切り、一面は実戦練習用、もう一面を網の衝立で三つに分けて基本練習用としている。

 排球部と羽球部は真ん中に柵を建てるため、日替わりで、排球部と羽球部、送球部と篭球部という感じで利用している。前半は送球部、後半は篭球部という感じである。

 さらに男女は曜日で別けており、男子送球部が試合形式の練習ができるのは週に一日、しかもそのうちの半分だけ。


 そんなやり方をしているため、これまでは部対抗の試合形式と言ったら送球部対篭球部であった。

 お互い多少は似た部分があり、お互いが良い刺激になっていた。

 それが今年からそこに竜杖球部が追加になったのだった。


 当然、篭球部も竜杖球部が送球部と互角に練習試合をしているのを目撃している。

 そんな篭球部から物言いがついたのだった。



「なあ竜杖球部、篭球もやってくれよ。送球があれだけやれるんだから篭球もやれるように思うんだよ。そうしたらさ、俺たちも良い練習になるんだよね」


 最初、その話を篭球部の部長三沢は同じ学級の荒木に言ってきた。

 じゃあ誰に言えば良いんだと聞かれ、荒木は部長に言えと戸狩に振った。


 三沢は戸狩のところへ行き、全く同じ事を喋った。

 すると戸狩は俺に言われても困ると回答。そもそも練習内容は送球部に全て任せており、自分たちはそれに従っているだけなのだからと。それと送球部での練習はもう残り数日だけで来月からは水泳部だから、再来月の事は送球部と話をしてくれと回答したのだった。


 普通ならもう面倒だからとそこで諦めただろう。

 だが三沢も他の部員から、例え数日でも良いから夏の大会のために篭球部の練習に付き合ってもらいたいと要請されており、退くに退けなかったのだった。

 ならばと、三沢は送球部の長崎部長に談判。

 長崎部長の回答は、俺は良いけど顧問の許可を取れであった。


 最終的に三沢は顧問の土屋先生と共に、送球部の別当先生と竜杖球部の武上先生に事情を説明。

 そういうことならばと、別当と武上は排球部と羽球部の顧問に無理を言って残りの数日、体育館の実戦練習用の一面を借り切る事になったのだった。



 そして送球部での最後の日を迎えた。


「なんでこのくっそ寒いのにお前ら水泳部になんか行くんだよ! ここでうちらと夏の大会まで一緒にやろうぜ! そうしたらさ、もっと互角にやれるようになると思うんだよ」


 そう言って三沢は竜杖球部がいなくなることを惜しんだ。

 同じ篭球部三年の堂上も杉田と長縄がいてくれたら確実に勝ち上がれると思うと鼻息が荒かった。


 そんな事を言われてもと言う戸狩たちに、事態をややこしくする一言が発せられた。


「俺たちは荒木と青野を借りるって事で話は進んでるけどな。俺たちはほら、去年からの支援者だからな。部員も融通してるし。篭球部さんはそうじゃないから、今年は諦めるんだな」


 からからと笑いながら送球部の松原が言った事で、篭球部の面々がふざけるなと怒りだしてしまった。

 俺たちだって郡予選で一つでも勝ち上がりたい。別に同じ部員を貸せと言っているわけじゃないのだから良いじゃないかと竜杖球部そっちのけで送球部と口喧嘩を始めてしまったのだった。


 しかも、その話が体育館で歓談していた土屋の耳に入り、別当と土屋が口喧嘩を始める始末。

 おろおろする武上。


 さらにそこに排球部と羽球部が何事だと言って集まって来てしまい、予想以上の大事になってしまったのだった。



 翌日、この件は各部の顧問の間で非常に揉める事となった。

 そして、最終的に緊急の職員会議が開かれる事態にまで発展。


 会議の意見は大きく二つに割れていた。

 昨年の竜杖球部は部員が足らなくて他の部からの融通はやむを得なかったが、今年はそうでは無いのだから、初心に立ち返り、自分の部の部員だけで出場すべきという意見。

 これは主に野球部、蹴球部といった野外球技の部と水泳部のような個人競技の顧問の意見。


 学校として部の垣根を越えて出場した事で昨年送球部は非常に良い成績をおさめている。さらに応援に来た宮田が送球の職業球団から勧誘を受けた事を考えると、部などという垣根を立ててしまうのは生徒の将来を狭める事になるという意見。

 これは主に室内球技の顧問と文化部の顧問の意見。


 肝心の武上はこれを許可したら自分が部員に責められると感じ、前者の意見に傾いていた。

 ところが、この件の議長ともいえる川上教頭は後者の意見であった。


 会議はとにかく揉めに揉めた。


 文化部は常に廃部危機だから部員を水増して部を存続させたいだけと野球部の広瀬が悪態をつく。

 その発言に文化部の顧問たちが激怒。野球部、蹴球部、闘球部は少し増長が過ぎると技術部の森永が指摘。

 それに対し蹴球部の大沢が、我らは存在価値がよくわからない文化部と違い学校の花形なんだと反論。

 さらにそれに篭球部の土屋が、花形なら花形らしく結果でものを言えと指摘。

 カチンときた闘球部の杉下が他だって結果は出ていないと反論。

 すると、うちは毎年東国予選に進出する子を出しているが、野球部、蹴球部、闘球部は一度だって郡予選を突破した事があるのかと放送部の小林が言うと、技術部の森永もうちだって何度も東国予選に出ていると主張。

 そんなちんけな大会の結果を誇られてもと広瀬が鼻で笑うと、全国大会に大小は無いと一斉に反論を受けた。


 顧問同士がそのうち掴みあいの喧嘩でもするのではないかというくらい、とにかく会議は荒れた。


 そのやり取りを川上は黙って聞いていた。


 一昨年までであれば、野球部、蹴球部、闘球部の顧問の言う事は絶対で、少しでも反論しようものなら、その三人に頭ごなしに罵詈雑言を浴びせられ、それを誰も庇おうとしないという雰囲気であった。

 昨年自分が竜杖球部を守りたいと言った時ですら、彼らは小馬鹿にしてきたような状況であった。漕艇部の山内が賛同し、他に数人の先生が賛同しても、それでもなお彼らはそれを黙らせようとしてきた。


 その竜杖球部があれだけの結果を残した。対して野球部、蹴球部、闘球部は仲良く初戦敗退。


 これまでの彼らならこう言っただろう。

 他の学校に比べ、設備や待遇で劣っているのだから勝てるものも勝てないのだと。


 彼らによる嫌がらせで校庭すら使わせて貰えなかった竜杖球部は決勝まで残り、彼らは全て初戦敗退。その結果が今の目の前の会議である。

 たった一年で変われば変わるものだと川上は感慨深げに、罵倒合戦になりつつある激しい議論を聞いている。



 放送部の小林を野球部の広瀬が口汚く罵ったところで、川上はぱんぱんと手を叩いた。それでもなお黙らない広瀬に向かって、川上は低く響く声で静かにしろと凄んだ。


「まるで素行不良の生徒のような口調で。それが教師の口調ですか! 今のを生徒たちが聞いたらどう思うでしょうな。我々教師は生徒にとっては最も身近な社会人なのです。その我々が口汚く相手を罵るとか。そんな事でどうやって生徒が指導できますか!」


 川上の叱咤で先生たちは全員黙ってしまった。

 広瀬たちも苦虫を嚙み潰したような顔で川上から顔を背けている。


「部同士の交流、大変結構ではありませんか。大いにやりましょう。ただしあくまで部同士一対一の交流に限って、期間は長くて連続一か月」


 夏の大会での助っ人も認めるが元の部の大会を最優先とする事。

 春休みと冬休み期間中は管理の関係で交流は中止。

 それでどうかと言って川上は一同を見渡した。


 異論無し。

 会議が終わると各部の顧問はさっそく交流の話で話し合いを始めたのだった。

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