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第35話 部活巡り開始

「ねえ荒木君、今度の顧問の武上先生ってどんな感じなの? 若くて体形も良いから荒木君たちも目が離せないんじゃない?」


 いつものように史菜が前の机に腰かけてそう聞いてきた。

 今日はふりふりの付いた白。この清涼感、やっぱり白は良い。


「どんな感じって言えば、一言で言ったらめんどくせえって感じかな。とにかく情緒が不安定でさ。広岡先生より中身が子供なんだよ。まいっちゃうよ」


 「はあ」とため息をつく荒木に、史菜は少し安堵した顔をする。

 どうせ荒木くんたちが先生をからかったりしてるからじゃないのと史菜が指摘。それに対する荒木のバツの悪そうな顔が回答の全てであった。


「いや、俺たちも悪かったとは思うよ。広岡先生の後輩だって知ってて、広岡先生の名前ばかりあげてさ。だけど、あんなに泣いたり怒ったりするかね。貝塚まで先生の側に立っちまって。まったく……」


 やってられんと言って荒木は不貞腐れた顔をする。

 だが、史菜はその中の貝塚という部分にぴくりと反応した。

 史菜の耳にも噂は入っている。どうやら竜杖球部に一年生の美少女が補佐で入ったという事は。


「ねえ、その貝塚って噂の一年生の補佐の娘の事? その娘はどんな感じなの? 噂では美少女だって話だけど」


 そう聞いた史菜の顔を荒木はじっと見た。

 その視線に照れて史菜はそっと目を反らす。


「貝塚だよ、同じ学校の。竜術部入ってた。覚えてないかな? 見た目がまだ小学生みたいだったやつ」


 そう指摘され、史菜は「ああ」と言って手を合わせた。

 史菜も何となく覚えている。小四みたいな子供っぽい一年生が竜術部に入ったという噂を。ただ実際に見た事は無いし、もし見ていたとしても覚えてはいない。


「でも、美少女なんでしょ? しかも顔見知りで。荒木君は気になったりしないの?」


 改めてそう言われ、荒木は目を細めて考え込んだ。

 そんな荒木を史菜は不安そうな目で見つめる。


「ねえな。子供だもん、色々と。雰囲気だけじゃなく内面も女児だし。戸狩たちは色々と刺さるものがあるらしくてデレデレしているけど、俺は中学の時を知ってるだけに、余計にな」


 そうなんだと言って史菜は安堵した顔をした。




 武上は広岡と異なり、毎日のように漕艇部まで練習を見に来ている。

 恐らく昨年の今頃だと、野球部の広瀬先生と職員会議でやりあっていた頃だろうから、広岡は来たくても来れなかったのだろう。

 武上がこうして毎日のように来れるという事は、それなりに竜杖球部に対する風当たりが弱まったという事なのだろう。


 武上はそれなりに見た目が良い。そのせいで武上が現れると漕艇部の部員たちが張りきる。漕艇部には女子部員もおり、武上と色々とお話をして笑い合っている。


 そんな武上を竜杖球部の部員たちは全くちやほやしない。

 漕艇部の一年生の中にもそんな部員が何人かおり、竜杖球部に対する態度を教室でも取っているであろう事が容易に想像できる。


 ただ、若くて成熟した大人の見た目なのに子供っぽい内面という武上は教師にとってはかなり背徳的な存在らしい。

 強面で有名な『かりんとう』こと顧問の山内先生も、終始でれでれして武上に冗談を飛ばしている。



 今なら何で広岡が最初に漕艇部で練習に合流と言ったのかがわかる気がする。

 櫂で左右に漕ぐ漕艇は、どことなく乗り心地が竜の背と似ているのだ。

 四月の春合宿の時、久々のはずの乗竜にそこまで抵抗が無かったのは、恐らくこの為だと実感する。昨年はあんなに三年生に悪態をつかれていた広岡だったが、本人も言っていたように、それなりによく考えての事だったという事が改めてわかる。


 最初は漕艇部の足を引っ張りまくっていた竜杖球部の一年生たちだが、一月の練習期間が終わる頃には普通に漕艇が操れるようになっていた。部長の土肥が、このままここで漕艇続けろよと冗談を飛ばすほどには上達していた。



 一月の漕艇部での練習の後は、予定を変更して送球部に行く事になった。

 一年生だけでなく、二年生と三年生も猛反発したからである。さらに水泳部からもお薦めしないと言われてしまい、ならばと予定の水泳部と送球部を入れ替える事になった。



「今年は誰を借りようかなあ。まあ、荒木は必須として、去年の宮田先輩みたいな人が一年にいると良いんだけどなあ」


 部活終わりに送球部の長崎部長がそう言って一年生を物色し始めた。


「ふざけんな! 去年はそっちから人を借りたからやむを得ないけど、今年は俺たちだけで出れるんだぞ。冗談じゃねえよ。ちゃんとお前たちだけで完結しろよ!」


 そう言って抗議する荒木の肩に長崎は手を置き、人数が揃ったのは福島がそっちに行ったからだろうと指摘。

 さらには三年生の松原から、そんな事を言って来年以降また人手が足りなくなった時に困るのはそっちじゃないのかと指摘されてしまった。


「悔しい……不人気競技な事が、こんなに惨めな事だなんて……」


 そう言って悔しがる大久保の肩に石牧は手を置き、黙って賛同した。


「仕方ないな。荒木は貸すよ。でも傷は付けないでくれよ。嫁入り前の大事な体なんだから」


 そう杉田が言うと、送球部の部員たちが一斉に笑い出した。

 そんな杉田に荒木は勝手に決めるなと抗議した。


「でもさ、去年うちらの先輩はどこからもお声がかからなかったってのに、宮田先輩は育成選手で職業球団と契約してるんだもんな。荒木も今年の大会が終わったらそういう誘いがあるのかもな」


 そう松原が言うと、昨年、試合を観察していた職業球団の人と思しき人たちが、荒木を指差して何かを言ってたのを見たと二年生が言い出した。


「竜杖球じゃあ若松選手くらい有名にならないと、なかなか認知はしてもらえないけど、送球はそれなりに有名になれば、ちやほやしてもらえるからな。年俸も段違いだし。荒木にとっても悪くない話だと思うけどな」


 そこからは、その若松選手と結婚する事になった広岡の話になった。


 広岡の事を若松選手は『一般人女性』と結婚と表現した。報道からどのような女性かと問われ『明るくて、楽しくて、家庭的な女性』と答えていた。


 その話が話題に上ると、荒木たちは『楽しい』じゃなく『おもしろい』の間違いじゃないかと言って笑った。

 ただ広岡は去年の三年生たちを一年時から受け持ってきた先生で、今の三年生と二年生にはあまり面識が無い。そもそも広岡は専攻が世界史で、世界史は地理、国史と選択式であるため授業をとっていなければ全く接点が無い。しかも三年生たちのように『広岡ちゃん』なんて言ってからかう人はいないので、送球部たちからしたら、あまりどんな先生なのか印象が無いのだそうだ。


 そんな送球部の部員たちに、大久保が昨年の今頃に起きた『干し貝柱事件』の話をした。

 三月に水泳部に行く事になり、当時の三年生たちが広岡をからかい始めた。その際に話が転々とし、最終的に『広岡の干し貝柱』という話になった。それに広岡が激怒したという話である。


 詳細を知ると送球部の部員たちが一斉に笑い出した。さらに竜杖球部の一年生たちも大きすぎだと言って大笑いした。最終的にそんなに大きくないと言って拗ねたという話をすると、さらに笑い出した。


「広岡先生ってそんな感じだったんですね。それは武上先生じゃあね。あのめんどくさい性格の人よりは、若松選手もそっちを選ぶってもんですよ……」


 そこまで言うと、長縄は突然『貝柱』と言って噴き出してしゃがみ込んでしまった。

 そこから何人かが『干し貝柱』という単語にじわじわと笑いが込み上げてきてしまったらしく、なかなか笑いが収まらなかった。


「さすが干し貝柱、噛めば噛むほど味が出ますね」


 そう言って岡本が笑うと、大喜利やってるんじゃないと言って長崎部長に背中を叩かれた。

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