第59話 勝ち抜き戦に向けて
「右近さんには報告したと思うのですけど、例の北国の事件に巻き込まれて義母が植物状態なんです。その治療ができるような医学の発達した国、都市の球団が良いです」
右近だけじゃなく、見付球団のある程度の役職の人なら、荒木がお世話になったと何度も繰り返し言っていた安達夫妻がどうなったのか報告を受けている。特に妻の葵の状態が報告されると、あまりの内容に皆絶句した。
瑞穂は世界から見ても医療の進んだ国ではある。だが、その瑞穂の医療力をもってしても、治療は極めて困難だと言われてしまっている。
確かに消化器は外科手術によってある程度回復はした。循環器もいつまで働くかわからないという診断だったが、ここまで持ち堪えている。だが、度重なる麻薬の投与によって脳が重度の損傷を受けており、喋る事もおぼつかない。
脳というものは再生はしないらしい。だが、脳には損傷を受けた部分を切り離し、その部分の機能を他が代用するという特性があるらしい。
そこで、毎日話しかけ脳に刺激を与えれば、もしかしたら徐々に回復するかもしれないと医師からは説明を受けている。
劇的に回復する事は望めないかもしれない。だが、だとしても瑞穂と同程度の医療水準の所でなければ、回復の道が閉ざされてしまうだろう。そうなれば荒木は単身で向かわないといけなくなる。
これまでの海外からの選手を見るに、恐らく海外に行けば荒木は酷い差別を受ける事になるだろう。単身で乗り込んで、それに耐えられる精神力など、荒木は持ち合わせてはいない。
「そうなると選択肢はかなり狭められてくるでしょうね。ここライン、お隣のポンティフィシオ、ブリタニス、もしくはペヨーテか。どこも差別の酷さではかわらないですが、比較的ペヨーテが寛容かもしれないですね」
そこで話は終わった。
「次のカルタゴ戦頑張ってください!」と激励して、右近は大宿へと帰って行った。
◇◇◇
現在、二試合が終わり、「Group E」は大激戦。
二試合が終わった段階でもう勝ち抜き戦に進出する二か国が決まった班もあるというに、「Group E」は四か国全てに最終の勝ち抜き戦に進む可能性が残ってしまっている。
首位は一勝一分でポンティフィシオ。二位も同じく一勝一分でマラジョ。
三位は一分一敗でカルタゴ、最下位も一分一敗で瑞穂。勝ち点では同じでも、瑞穂が初戦でポンティフィシオに大敗したせいで、こういう順位になっている。
最終戦はポンティフィシオ対マラジョ、カルタゴ対瑞穂。
ポンティフィシオとマラジョは、引き分け以上で勝ち抜き戦に進出。カルタゴと瑞穂は勝利は絶対で、ポンティフィシオとマラジョが引き分けなければ、得失点差によっては勝ち抜き戦に進出できる。
最終条件に得失点差が反映されるという事は、初戦で大敗した瑞穂が勝ち抜き戦に残る可能性は、もはや針の穴程しか残っていないという事になる。
最終戦は、これまでと異なり、同じ班の試合を二つの会場で同時に行う。「Group E」はこれまでずっとケルンで試合を行ってきたのだが、ポンティフィシオとマラジョがシュトゥットガルトに移動している。
その事を「シュ……何とかってとこに行って、できれば心機一転をはかりたかった」と彦野が言っていた。荒木も同感であった。
控室で大沢は一堂を見渡し、皆の表情を確認した。どの選手も、瞳の奥に炎のような何かが、まだメラメラと燃えている。それを見て大沢は二枚用意された先発表のうちの一枚を丸めてポケットにしまった。
「先発を発表する。守衛は伊東、後衛は秋山と彦野、中盤は岡田と原」
そこまで言って大沢は一旦言葉を区切った。
そして大きく深呼吸し、最後の二人を発表した。
「先鋒は西崎と荒木。荒木にはこの試合、前後半通して出て貰うから、そのつもりで竜を選んでくれ」
ここに来ての布陣そのものの変更。しかも極めて攻撃的な布陣に、この試合に大勝するという強い意志を感じる。
誰も指示はしていない。だが、選手たちが一人、また一人と椅子から立ち上がった。
「勝ち抜き戦に行くぞ!」
大沢の檄に選手たちは「おお!」と腹の底から声を張り上げた。
『ヤナギミズノト』に跨り、場内放送に合わせて荒木が競技場に登場。その放送に会場は一瞬ざわついた。だがそのざわつきはすぐに大歓声へと変わった。
カルタゴは斧刃大陸の国で、かつては地中海の海賊の拠点となっていた国である。そのせいか、どの選手も髭もじゃで、精悍そうな顔つきをしていて、肌が浅黒い。かなり威圧感を感じる風貌している。
審判の長い笛が鳴り響いた。生き残りを賭けた戦いが幕を開けた。
カルタゴの選手たちは、荒木という選手が後半に出てくるから、それまでに試合を決めてしまおうという戦略だったらしい。瑞穂同様、これまで後半から出されていた選手が前半から出場している。
そのせいか開始から攻守の切り替わりが激しい。
瑞穂は荒木が守備がさっぱりで、その分、西崎が繋ぎのような立ち位置となっている。
中盤は攻撃よりも守備。岡田と原の二人で敵の攻撃を事前に摘み、それを西崎に渡している。だが、西崎も慣れない役回りで、上手く荒木に球が回せない。球を奪われ、反撃に入られてしまっている。
そんな西崎に原が何やら指示をした。
これまで同様、岡田が球を奪い、原が西崎に渡す。すると西崎は少し攻め上がって、何も考えずに大きく前方へと打ち出した。
待っていたとばかりに荒木が竜を駆る。
後衛二人を置き去りにし、荒木が竜杖を振り抜く。
思わず荒木は空振りかと思い、後方を確認してしまった。だが、球はそこには無い。
前を見ると、敵の守衛が竜杖を持ったまま地に突っ伏していた。
荒木の放った球は篭の中に納まっていたのだった。
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