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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第58話 首の皮一枚

 荒木が一点を返した後、すぐにクレメンチ選手が点を取ってきた。

 さすがはマラジョ代表、なかなか二点差が縮まらない。


 だが、後半も半分が過ぎた頃、徐々に大沢の策が効果を発揮し始めた。


 前半から瑞穂代表は、とにかく竜を速く走らせてきた。マラジョもそれに合わせて竜を速く走らせている。これは瑞穂が競竜の生産力が高く、さらに調教力も高いという、競竜の先進国であるという事を活かした戦術なのだが、それにマラジョが合わせてきていた。

 瑞穂の選手たちは普段から竜をそのように鍛えているのだが、マラジョはそうではない。前半もそうだったのだが、試合時間が半分を過ぎた辺りから急にマラジョの竜の動きが悪くなってくる。


 前半はそれでも選手が疲れておらず、騎乗姿勢も良いから竜の疲労も少ない。だが、後半は疲労で姿勢が悪くなり、竜の疲労が大きくなる。


 最初に目に見えて動きが鈍ってきたのはブレット選手以外の中盤の二人であった。

 特に高木に付いていた選手の疲労が酷い。最早、全く付いて来れなくなってしまっている。その関係で高木が自由に動けるようになっている。

 次いで川相に付いていた選手の動きが悪くなった。高木に付いていた選手の分まで竜を走らせた事で体力切れを起こしたらしい。


 先ほど高木が川相に言っていたのはこれを待てという事であった。


 そこからは完全に流れは瑞穂に来た。

 川相、高木の二人で攻め上がり、途中から高木が荒木に球を打ち出す。

 そもそも荒木は疲労など関係無しに後衛を引き剥がせる。打ち込みには竜の速度も乗るので、荒木の打ち込みは他の誰よりも早い。


 そこから立て続けに二点を叩き込み、瑞穂は一気に同点に追いついた。



 そこでマラジョは最後の選手交代をしてきた。それまで高木に付いていた中盤の選手を別の選手に代えてきたのだった。

 その交代に関して瑞穂側では、竜の疲労を考えれば当然くらいにしか思っていなかった。


 その選手に球が渡り、高木が守備に入る。するとその選手は、審判の陰になっているのを確認し、高木の竜の前脚に向けて竜杖を振り抜いた。


 急に体勢を崩し横倒しになった竜に高木が下敷きになってしまう。その際、持っていた竜杖が相手の竜の脚に引っかかり、相手の竜がその上に乗ってしまった。


 慌てて川相とブレッド選手が駆け寄り、川相が竜から降りて竜をどけようとした。マラジョの竜は片方の前脚を引きずりながらも、すぐに立ち上がったのだが、高木の竜が失神してしまっていてどかせられない。

 秋山も慌てて駆けつけて、竜から降りて川相と二人掛かりで竜をどかす。

 現れた高木は口から血を流し、ピクリとも動かない。秋山が竜から降りて状態を確認。完全に失神しており、呼吸もしていない。手袋を取り手首を触ると、何とか脈はある事は確認できた。


「エクトレミリ デインジェラス シチュエイション!」


 極めて危険な状況と秋山は審判に報告。

 競技場に救急車が乗り込んで、慎重に高木を乗せ病院に搬送して行った。


 その後、主審が大会本部に呼ばれ映像確認を行う事態になった。その結果、先ほどの反則が故意であると判断され、中盤の選手とマラジョの監督に赤札が出され、退場処分となった。


 高木に代り、原が投入されたのだが、試合時間もそこまで残っていたわけでは無く、さらに高木の搬送で竜の体力が回復してしまい、結局そのまま試合は終了。



 瑞穂代表は引き分けで勝ち点一を獲得し、首の皮一枚、決勝進出の可能性を残した。

 この試合の裏で、ポンティフィシオもカルタゴと引き分けてしまい、二強二弱という前評判だった「Group E」は大混戦となってしまった。



 搬送された高木は、胸部圧迫による胸骨の骨折とそれによる内臓の損傷で緊急手術が行われる事になった。

 手術は五時間以上にも及び、かなり難航したのだが、深夜に無事終了。まだ予断を許さない状態ではあるものの、辛うじて一命は取り留めた。


 試合の翌日の朝、それが帯同している連盟の部長から選手たちに報告された。

 片翼をもがれた。荒木はすぐにそう感じた。代表に呼ばれてからここまで、荒木と高木は後半に入って同時に投入される事が多かった。前半で少しでも体力を消耗させ、高木と荒木の速さで粉砕。それが大沢の基本戦術であった。

 だが、その高木が負傷。残念ながら、今の代表に高木の穴を埋められるような駒は無い。


 何かが終わってしまった。そんな、諦めにも似た感情を荒木は抱いた。



 ◇◇◇



 その翌日。班別戦の最終戦を翌日に控えた日の午前中。荒木を訪ねて、宿泊している大宿に見付球団の右近課長がやってきた。


 「せっかくのラインだから食事でもご一緒しましょう」と言って、左近は事前に調べて来たらしき食事処に荒木を連れて行った。実に値段の高そうな店構えに、思わず腰が引けてしまう。だが右近は、役得だなどと言って少しはしゃいでいる。


 移籍先でも決まったのかと荒木が切り出したのだが、右近は「まずは食事を楽しみましょう」と言って昼食を注文。

 食事のほとんどを終え、後は甘食のみという状況で、右近は口元を布巾で拭って微笑んだ。


「先日のマラジョ戦、お見事でしたね。あれを見た海外の球団が是非にと声をかけてきています。これがまあ、とにかく数が多くて。しかも、国もバラバラ、金額もバラバラという状況でして、我々もどこを推薦して良いか絞れませんで」


 そこで、荒木選手に直接移籍の優先順位みたいなものを聞いて、それでふるいにかけて行こうという話になったらしい。具体的にどんな球団から来ているのかとたずねると、右近は「聞いたら驚きますよ」と言ってクスクス笑った。


 ブリタニスのマムシム球団、ロンデニオン球団。

 ゴールのシテ球団、マルセイユ球団。

 ポンティフィシオのタウリーニ球団、メディオラナム球団。

 イベロスのトレド球団、バルチーノ球団、ポルト球団。

 ラインのフランクフルト球団、ミュンヘン球団、ドルトムント球団。

 ここ中央大陸西部だけでも、これだけの球団が手を挙げている。


 他に瓢箪大陸からも、ペヨーテのクミアイ球団、レナペ球団、オーロネ球団、マサチューセッツ球団、ポタワトミ球団が手を挙げてくれている。

 他にも数多の球団が手を挙げてくれているらしい。どの球団も世界最高峰の球団と言われて名の挙がる球団ばかりで、思わずくらくらしてしまう。


「どうですか? 荒木選手の希望次第と言った理由がわかったでしょう」


 なるほどと言って机の上で手を組んだ荒木の目に、自分の薬指が見えた。美香とは結婚をして籍は入れたものの、結婚式もしていなければ、結婚指輪も贈っていない。

その関係でその指には何もはまっていない。

 贈っていたとしても、危険防止の為に試合中は結婚指輪を外すのだが。


「正直、どこでも良いのですけど、一つだけ希望があるかもしれません」 

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