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第3話 進路相談

 竜術大会から幾日かが過ぎた。


 部活での最後の大会を終えた中学三年生の荒木は、これからは来年の進路に向けて勉学に励んでいく事になる。荒木も多分に漏れず真面目に授業を聞き、帳面に黒板の文字を書き取っている。


 小さい頃から運動神経の良い子であった。小学生の時には、誰よりも高い跳び箱が飛べた。同じ学級の子とどっちが高い跳び箱を飛べるかを競い合って勝った事もある。

 駆けっこも速かった。学級でも一番、二番を毎回競い合っていた。陸上競技だけでなく、水泳だって誰よりも速く泳げた。

 球技も実に器用にこなした。篭球をやらせれば実にちょこまかと動き回り、決定的な得点機会を演出するし、蹴球をやらせれば相手の球回しを先読みして球を簡単に奪ってしまう。


 そんな荒木だが、残念ながら勉強はさっぱりであった。どこからさっぱりだったのかすら今となっては覚えていない。気が付いたら計算もできなければ漢字も書けなかった。

 ちゃんと勉強をしろと言われるのだが、どう勉強したら良いかもいまいちわからない。さらに言えばどこから勉強したら良いのかもわからない。


 そんな荒木に父親は運動が得意なら徹底してそれを伸ばせと事ある毎に言ってきた。

 人は誰しも欠点がある。その欠点を補って余りあるくらい得意な分野を伸ばしていけと。ただし、何かの競技選手になるにしても最低限の学力は必要になる。早くに何の競技の選手になりたいかを決め、それを目指して勉強をしてみてはどうかと諭したのだった。


 そんな荒木が憧れた競技、それが競竜であった。もちろん賭ける方ではない。


 たまたま『伊級』という翼竜の競争を中継放送で目にした。大空を舞台に何頭もの竜が駆け引きを繰り返して竜を飛ばす映像に荒木は釘付けになった。

 何て面白そうなんだ。

 何て恰好良いんだ。

 俺は騎手になりたい、騎手になって世界を相手に大空で速さを競ってみたい。そう考えるようになった。


 その為にはまず竜に乗れなければならない。そこで父親に乗竜教室に通いたいと懇願した。


 はっきり言って乗竜の資金は高い。乗竜というと『呂級』という駆竜と言われる四つ脚の竜で行うのが一般である。竜の背に鞍を置き、口に生えた竜牙と呼ばれる尖った歯に手綱を結んで制御するのである。だが、そもそも呂級の竜の値段が高いのだ。


 荒木の父はそこまで稼ぎが良いというわけではない。だが子供の将来のため、そう思って小遣いをはたいて息子を乗竜教室へ通わせた。


 自分でやりたいというだけあって筋は良かった。すぐに自分一人で竜を制御できるようになった。さらには乗竜教室主催の竜術大会でも優勝した。


 将来騎手になりたい。そう乗竜教室に相談すると、知り合いに会派の関係者がいるのなら、その人に頼むのが一番だと言われた。もしそういった人脈が無いのであれば、中学で竜術部に入って本格的に乗竜を学んで、大会で良い成績をおさめるしかない。成績次第では会派に所属させてもらえるかもしれないし、学校からの推薦を貰って個別に競竜学校の入学試験を受けるという道もある。


 競竜の世界には、竜主の団体である『会派』というものがある。会派に騎手として所属する子は基本的には両親が会派の競竜関係者の子が大半である。調教師の子、騎手の子、厩務員の子、牧場の子。そういった子は幼少期から厩舎に遊びに来て竜に慣れ親しんでおり、竜の扱いに慣れているからである。また調教師のような非常に目の肥えた人からの推薦が得られたりするので、会派も安心して抱えられる。


 会派によっては関係者以外の所属を受け入れている場合もあるが、その場合は大抵中学校の竜術大会で極めて優秀な成績をおさめた子に限られる。だが、当然ながらそんな子はごく一握り。両親が競竜関係者じゃなく、さらに竜に触れるのも遅かった荒木は、最後に残った『学校からの推薦』が頼みの綱となる。



 その日の午後から進路相談が始まった。荒木の順番は二番目、青山という男子の後である。一日に数人が面談を行う事になるので荒木の日程は初日であった。


 放課後、その日の面談の生徒が居残りさせられ、教室の外に置かれた椅子に座って自分の順番を待っていた。やってきた担任教師と共に青山が教室に入っていく。


 自分の夢の第一歩がこの面談だと思うと、胸の高鳴りが抑えきれない。緊張で若干手が震える。他の男子はああでもないこうでもないとべちゃくちゃ喋っており、実に気楽なものであった。一人荒木だけが異常に緊張している。


 青山の面談が終わり、いよいよ荒木の順番となった。担任の三原先生が教室に入るように手招きした。


「この成績だと進学先はあまり選べる感じじゃないんだけど、荒木はどこの高校を志望しているんだ?」


 近隣の地区でも頭の悪い生徒が行く学校名をいくつか挙げられてどこが良いかとたずねられた。


「あの……俺、高校じゃなく競竜学校に入りたいんですけど、推薦をいただけないでしょうか?」


 明らかに三原先生の顔が何を言い出したんだという顔に変わった。その後、あからさまに気分を害したという顔をし机を叩いた。


「真面目にやれ! お前の進路の話なんだぞ! 大事なお前人生の話なんだぞ! 何が競竜だ、何が推薦だ、ふざけるのも大概にしろ!」


 どうやら三原先生は荒木が進路相談を馬鹿にしていると考えたらしい。確かに荒木は普段からお調子者のところのある生徒ではある。だが別に分別の付かない生徒というわけでは無い。


「……あの、俺の夢なんです。競竜の騎手になるの。だから……本当に学校の推薦が欲しくって」


 威圧に屈してぼそぼそと喋る荒木に、三原先生はさらに怒り出した。


「あのなあ、荒木。推薦ってのはな、成績が優秀だったとか、何かに真摯にうちこんだとか、そういう生徒に対して出すものなんだよ。お前は本当に自分が推薦を受けるにふさわしかったと胸を張って言えるのか?」


 どうにも話がおかしいと荒木は感じた。三原先生の言っているのは高校の推薦で、自分が言っているのは競竜学校の推薦である。竜術部で大会に出て頑張ってましたよという程度の事を書いてもらうだけのものだと聞いている。少なくとも自分は大会には出たし、三年間竜術部でも真面目にやってきた。それなのに推薦が出せないだなんて。


「あの……俺、竜術部で頑張ってきましたよ。大会にも学校代表で出ましたし。推薦書いてもらえないと試験が受けれないんですよ。お願いします先生。推薦書いてくださいよ」


 荒木の懇願に三原先生は荒木がびくりするほどわざとらしくため息をついた。


「高校の推薦なら毎年書いてるけどな、そんな競竜学校の推薦なんてこれまで一度も書いたことなんてないよ。何書いて良いかもわからんよ。そんなくだらないこと言ってないでもっと現実的な進路を考えろ」


 三原先生は呆れ口調で諭すように言った。だが荒木も諦めない。書き方を調べてでも書いてくれ、自分が騎手になるにはそれしかないんだからと再度懇願した。


「荒木。お前が志望校が決まってないというのはもうわかったから。今度三者面談があるから、その時までにちゃんと志望校を考えてこい。今日はもう帰って良いよ」


 三原先生に面談を打ち切られそうになった荒木はちょっと待ってくれと言って跪いて懇願した。だが三原先生は井上の順番だからと荒木を教室から追い出したのだった。

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