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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第48話 栞からの呼び出し

 アマテ遠征後の狂乱から一月が過ぎようとしている。


 女子の竜水球は最終戦まで幕府球団と浜松球団でもつれて、最終的に浜松球団が二年連続で瑞穂戦に駒を進めた。今年も東国の得点王は貝塚であった。

 男子の竜杖球の方も全く同じ状況で、幕府球団と見付球団で首位を争っている。



 八月に月が替わろうという日の事。雪柳会の御令嬢、栞から会いたいという連絡があった。


 こそこそ隠れて会いに行き、バレたらどういう事になるかわかったものではない。そう思い美香にちゃんと事情を説明した。

 だが美香は露骨に不機嫌そうな顔をし、無言で荒木の顔を見続けている。尋常ではない威圧感に、背中に冷たいものがたらたらと流れる。さらには裕史まで泣き出す始末。


「あのね。栞ちゃんには、美香ちゃんの事を探して欲しいってお願いをしていて、協力してもらったんだよ。最終的には西崎さんの情報だったんだけど、でもまだ、その時の御礼も言えてないんだ。だから、その……」


 なぜか正座をし、額から冷や汗をたらりたらりと垂らしながら、必死に荒木は言葉を繰り出した。


「……わかった。私も行く」


 美香の一言に荒木の顔が凍り付いた。やましい事が無いのなら、問題は無いはずと美香が畳みかける。それでも渋っていると、ついには直接話をつけるから栞に電話をかけろと言われてしまったのだった。


 さすがにそんな修羅場を迎えさせるわけにはいかないと、栞に断りの連絡を入れた。ところが、その返答は意外なものであった。


”ちょうど良かったです。もし来れるのでしたら、美香さんも一緒にいらしてください”



 もしかしたら裕史は産まれて初めての遠出かもしれない。後部座席に赤子席を取りつけ、そこに裕史を寝かし、助手席に美香が乗り込んで、車は駿府へと向かって走り出した。

 途中で裕史が起きてしまい、宇津ノ谷峠の休憩所で車を停めてあやし、泣きつかれて眠ったところで一気に駿府まで向かった。



 ――雪柳会は駿府を拠点にする会派で、駿府の街にはあちこちに雪柳会が経営する商業施設がある。大型商店から、車の燃料売り場、銀行、遊園地、農園、酒造、大宿まで。


 元は清水港を拠点とする廻船問屋で、当初は『朝比奈屋』と言っていた。その後、朝比奈屋は商社となり、金融業と保険業を始め、駿豆郡の経済を徐々に支配し始めた。

 その後、競竜の竜主業を始め、北国と南国に牧場を建てた。競竜で会派制度が始まると『雪柳会』を設立。


 『雪柳』は当時の会長の奥さんが好きで庭に植えていた花の名なのだとか――



 その雪柳会の経営する大宿に荒木一家は呼ばれる事になった。いつもであれば駿府の駅で待ち合わせし、車でどこかに出かけるのだが、大宿に呼ぶあたり栞も気を使ったのだろう。


 受付で話をすると、待合で待つようにと案内された。静かに眠る裕史を見ながら、栞がやってくるのを親子三人でじっと待った。


「お待たせしてしまって申し訳ありません」


 後方から可愛らしい声が近づいてきた。

 いつもと同じ可愛いワンピース。外が暑く、陽に焼けるのを防ぐために薄手のカーディガンを羽織り、白いつば広帽を手にしている。


「初めまして。私、朝比奈栞と申します。ずっとお会いしたいと思ってましたわ」


 あくまで友人、そういう態度で栞は美香に接した。美香も初めましてと簡単に挨拶を交わす。美香の方は、栞の可愛い見た目に若干牽制の眼差しである。


「良かったですね。美香さんが見つかって。私が美香さんの足取りが掴めた時には、もう荒木さんが見つけ出した後だったようでして」


 栞は少し残念そうな顔で荒木に微笑みかけた。そこで栞は裕史に気が付き、「可愛い」と黄色い声を発した。


「うわあ。ちっちゃくて可愛い。こんなに手がちっちゃい!」


 名前は何て言うのか、生後何か月くらいかと、立て続けに美香にたずねる栞。美香も徐々に打ち解けてきたようで、裕史の話で花が咲き始めた。

 ある程度雑談が済んだところで栞がぽんと手を合わせた。


「ここの食堂に予約をとってありますから、まずはお食事にいたしましょう!」


 栞はこれまでのようなどこか引っ込み思案な感じではなく、あくまで荒木の友人の一人であろうと振舞っている。その健気な感じに、荒木の方が少し冷や冷やしている。


 食事の匂いに刺激されたのか、裕史が目を覚まして大泣きしはじめてしまった。美香が抱っこしてあやすのだが、ちっとも泣き止まない。もしかしたらおむつが汚れたのかもしれないと、美香は鞄を持って部屋を出て行った。


「荒木さん、私との約束覚えています? 美香さんを探し出せたら友だちでいてくださいっていう」


 そう言って栞は胸の前で手を合わせた。


「もちろん。だけど、先に見つけ出したからって、友だちである事には変わりはないって思ってるよ」


 その荒木の言葉に「良かった」と言って栞は微笑んだ。


「ありがとうございます。私、そんな荒木さんに、凄い情報を持って来たんです。食事が終わったらお話ししますね」


 少し良い雰囲気になったところに美香が帰って来た。


「裕史もお腹空いちゃったみたいで、今一杯飲んで寝ちゃった」


 そう言って美香は裕史を育児鞄に寝かせた。

 そこから三人はゆっくりと昼食を堪能。非常に高そうな食事に、明らかに美香が気後れしている。


 食事がある程度終わり、甘食が運び込まれたところで、栞の顔から急に笑みが消えた。若干あどけなさの残る顔で美香をじっと見つめる。


「今日お越しいただいたのは、私が会派の弁護士に色々と探ってもらったその報告をしようと思ったんです」

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