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第29話 退職!?

 三学期の最終日、三年生は全員学校を卒業していった。

 瑞穂皇国の新学期は一月である。十二月の短い冬休みの後、新年の祝いが終わると共に新学期が始まる。


 短い冬休みは基本的には家の掃除やら新年の準備やらでどの部活も活動を休止する。荒木たち竜杖球部もその期間は活動休止であった。

 学校も部活も無いとなれば、当然のようにだらだらと過ごしてしまいがち。荒木も朝遅くまで寝て、良く寝たと腹をぽりぽり掻きながら起きて来た。


 荒木には姉がいる。名前はみお。四歳離れていて、現在は近所の会社で事務員をしている。

 年末年始は、学生ほどでは無いにしても社会人も同じように長期休暇に入る。

 澪は弟と違いそれなりにしっかりしており、すでに朝食を取り終え、居間で両親や祖母とテレビを見ていた。


「雅史、あんたこんな時間に起きて来て。新年になったら起きれなくなっちゃうよ?」


 荒木を見るなり澪は小言を言った。

 姉を一瞥し、小うるさい人だと荒木は億劫な顔をする。母親ですらあんなにガミガミは言わないのに。人の顔を見れば何か一つ小言を言わないと気が済まない。あんな人の旦那になる人は大変だなあなどと思いながら朝食の準備をする。


 朝食を食べていると、姉から新聞に学校の異動の情報が出ていると言われた。さすがに朝食を食べながら新聞を読む気にはならないので、朝食を食べ終えお茶を啜りながら新聞を開いた。


 郡内の小学校、中学校、その隣に公立高校の異動情報が記載されている。

 新聞をぱたりと閉じると、荒木は食器を乱雑に流し台に放り込み、洗顔もそこそこに着替えて家を飛び出したのだった。


 姉が後ろで何やらぶうぶう言っていたが、もはや荒木の耳には何も入っていなかった。



 息を切らして学校にやってきた荒木は、真っ直ぐ部室へと向かった。

 扉を前にして、そういえば今は活動休止期間で部室は鍵がかかっているという事を思い出した。

 そうは思いながらも扉に手をかける。

 鍵がかかっていない。

 恐る恐る扉を開けると、中からいつもの汗くさい男子高校生の臭いとは異なるどこか華やかな香りがした。


「あ、荒木くんだ! 遅かったじゃない、でも一番乗りだよ!」


 そこにはいつものどこか野暮ったいスーツ姿ではなく、あからさまに私服と思しき恰好の広岡先生が椅子に座って小説を読んでいた。

 ぴっちりとした短いスカートを履いているわりには、上半身はやけに厚手の外套を厳重に着込んでおり、本気で胸の小ささを気にしているんだという事が察せられる。


 その顔は、言葉の調子とは裏腹に明らかに涙を堪え続けてきたという感じ。


「……新聞でさっき知ったんだ。退職ってどういう事だよ! 俺たちと一緒に来年も大会に行ってくれるんじゃなかったのかよ! 先生そう言ってたじゃんか!」


 荒木の責めるような一言に、広岡は笑顔を強張らせた。


「ごめんね」


 非常に小さな声であったが、確かに広岡の口から謝罪の声が発せられた。


 誤報じゃない。

 心の隅にわずかに残っていた希望がその言葉で割れて砕けた。


 そこから荒木は何も喋らなかった。

 そんな荒木に広岡も何と声をかけて良いのかわからなかった。他の子たちは来るかなあ、ただそう呟いただけであった。


 そんな気まずい雰囲気の中、二人目がやってきた。


「……あれ? もしかして、何か二人でお楽しみの途中でした? 俺、まずいとこに来ちゃったかな?」


 変な誤解をして帰ろうとする大久保を、広岡と荒木が違うからと何度も言って引き留めた。頼むから二人だけにしないでくれと荒木が言った事でやっと大久保の誤解が解けた。


 大久保が最初に広岡に言ったのは、異動なら諦めもつくが何で退職なんだという事であった。広岡はまたもそれには答えず、ただ小声てごめんなさいと言っただけであった。

 そのせいでまた部室が変な空気になってしまった。


 大久保は荒木よりも気が回る性格の為、ちょっと他の人に連絡してくると言って部室を出て行った。ただ結局石牧しか連絡がつかなかったようで、その石牧ももうすぐ着くという返答だったらしい。


 その後すぐに石牧が到着し、杉田が来て、最後に戸狩が到着した。

 皆、第一声は何で退職なんだという事であった。



 戸狩が来ると、広岡は部室の外をきょろきょろと見回し、誰もいなさそうな事を確認して扉を閉めた。部室の窓も全て閉まっている事を確認して、安堵した顔で部員の顔を見回す。


「今から言う事はね、みんなの心の中だけにそっとしまっておいて欲しい事なの。今はきっとわからないだろうけど、いずれきっとわかる日が来ると思うから、だから、それまでそっとしまっておいて欲しいの」


 広岡の第一声がそれであった。

 つまりはいわゆる『大人の事情』、そう荒木たちは理解した。



 ――そもそも話は今年の一月に遡る。


 部活動に関する職員会議の中で竜杖球部をどうしようという話が最後に議題に上った。

 練習用の竜が亡くなり、もう何年も補充ができておらず、さらには顧問が転勤になり、おまけに部員数は大会出場最低人数を満たしていない。

 現状を考えれば選択肢は一つしかない。廃部である。


 竜杖球は非常に広い競技場が必要となる。そのため、竜杖球部が練習すると、他の部――野球部や蹴球部、闘球部といった部が練習できない。

 他の屋外球技の顧問たちからの組織的な反対。竜杖球部が活動の縮小を強いられ続けてきた背景がそれであった。

 ただそれは、北国に行った時に土井から聞いたのだが、北国でも程度の差こそあれどこの学校も同じような状況なのだとか。


 毎年職員会議で議題に上る竜杖球部の件を、広岡は酷い話だと思って聞いていた。

 複数の先生がまるでいびるように竜杖球部の顧問を責める。竜杖球部の顧問も多勢に無勢で要求を一つ一つ飲んでいくしかない。

 後に川上教頭から聞いた話では、最初は校庭の利用は曜日によって決められていたのだそうだ。それが独占するからと言われて真っ先に竜杖球部が弾かれた。

 その頃は雨の日にだけ運動場で練習する変な部という状態だったらしい。


 そこからさらに、運動場が荒れると言われて校庭の外周で竜を走らせただけで苦情を言われるようになった。

 野球部の打球が竜舎に飛び、竜に当たって亡くなっても、野球部の顧問は謝罪一つせずに、じゃあ廃部にしろと迫ったのだった。

 当然そんな状況で代わりの竜を購入などしてもらえるわけがなく。

 年々入る部員も減り、ついには大会出場最低人数を下回ってしまったのだった。


 そんな廃部止む無しという雰囲気の中、川上が手を挙げた。

 これまで先生方が竜杖球部の顧問に対して行ってきた数々の仕打ちを生徒が聞いたらどう思うであろうか?

 先生方は、これまでのやり取りを胸を張って生徒に言えますか?

 二年連続で部員が入らず自然消滅というのであればそれは仕方がない事だと思う。だが、他の部の顧問がこの職員会議で竜杖球部の顧問をいびって廃部に追い込んだとなったら、それを生徒が聞いたら、先生たちは生徒たちから白い目で見られるような事にはなりませんか?


 川上の意見に真っ先に賛同したのは漕艇部の山内であった。自分も以前から胸糞の悪い思いをしながら聞いていたと言って。それに水泳部の梶本、送球部の別当も賛同した。


 多くの先生が野外球技の顧問を責めるような目で見ている。そんな一触即発の雰囲気の中、野球部顧問の広瀬は手を挙げた。

 確かにこれまでの事は自分たちにも少しやりすぎたという反省はある。

 ただ、それと竜杖球部を廃部にするかどうかという件は切り離して考えるべきと主張。

 さらに、顧問を持っていない先生の中で竜杖球の規定を知っている人はいるかとたずねた。

 残念ながら竜杖球は有名球技ではない。当然のように誰も手を挙げない。

 ご覧のように顧問のなり手がいないのだから廃部しかないと広瀬は指摘したのだった。


 たしかにその指摘にはぐうの音も出なかった。

 勝ち誇った顔で広瀬は蹴球部顧問の大沢や闘球部顧問の杉下の顔を見た。顔を見合わせニヤニヤと笑い合う広瀬たち。

 だが、確かに顧問がいないのではどうにもならないと、川上たちの中にも諦めの雰囲気が出始めた時であった。


「はい! 既定なら私がわかります! 私が竜杖球の顧問をやります!」


 そう言って元気に広岡が手を挙げたのであった。

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