第28話 送別会
季節は移り、気が付けば長かった三学期も残り幾日となっていた。
渡辺会長が学校にやってきて事で、報道の熱は一気に冷めていった。
報道が報じたところによれば、花弁学院のあの堀内という教師は懲戒免職になったらしい。さらに暴行を加えた張本という生徒も停学処分となり、自主退学となったのだそうだ。
その日の放課後、練習開始前に広岡先生が体育館にやってきて、今日の練習は中止だと言われ、竜杖球部の部室に戻る事になった。
わずか四人の部員。
四人は広岡の後を付いて部室へと歩を進める。
見ると部室の扉が少し開いている。
どうやら誰かがいるらしい。
「みんなお待たせ! 可愛い部員たちを連れて来たよ!」
そう言っていつもの底抜けに明るい態度で広岡が扉を開けると、中から聞き慣れた声で遅いぞという声が聞こえてきた。
部屋の中を覗くと、浜崎たち三年生が勢ぞろいしていたのだった。しかも誰が買ってきたのか果汁水の大容器がいくつも置かれている。紙コップも。
「一足先にね、三年生の卒業をお祝いしてあげようって思ってるの。どうかな? 嫌だったかな?」
広岡はそんな聞き方をした。当然嫌なわけがない、というよりここで嫌ですと言える奴はなかなかに心の歪んだ奴であろう。
浜崎たちは、さっさと入って来いといって紙コップを荒木たちに手渡し、果汁水を注いだ。荒木たちもお返しに果汁水を注ぐ。
全員に果汁水が行きわたったところで広岡が椅子から立ち上がり乾杯の音頭を取ろうとした。すると、そこに慌てて一人の生徒がやってきた。
「すみません。遅くなってしまって」
戸狩であった。
いつも整えていたさらさらの髪は短く刈ってしまっていて、側頭部に手術の痕が生々しく残っている。だが本人は至って元気で、久々に三年生たちを見れて満面の笑顔であった。
浜崎たちもそんな戸狩を、遅いぞ、何してたんだと囃し立てる。
まるで今日だけはあの忌まわしい大会前に時が巻き戻ったかのようであった。
改めて広岡が乾杯の音頭を取る。
皆一斉に乾杯と言って紙コップを掲げ一気に果汁水を飲み干した。
そこから暫くは三年生の進路の話になった。
卒業まで数日なわけで、すでに三年生は全員進路が決まっている。五人のうち三人が進学、二人は就職となった。
まず部長の浜崎。
浜崎の父は船の網元である。浜崎も漁師になる為に水産学校である福田水産に入学した。水産大学に進学という話もあったようだが、浜崎はそのまま漁師になる道を選んだ。その為、大会が終わってからは自動車免許を取得。なお、船舶免許は全員授業で取得する事になっている。
伊藤も就職組である。
ただ浜崎と違い、漁師ではなく海上警備隊に入隊する事になった。
元々は漠然と漁師になろうと思って入学したのだが、そこで得た海洋知識を活かし海上警備隊という道を選んだのだそうだ。
藤井は頭の出来はそこそこで、海洋大学へと進学が決まった。将来的には陸上での養殖事業の研究を行いたいらしい。
川村は何気に頭の出来が良く獣医学の大学に行く事になった。
将来的には止級(=泳竜)の牧場で牧夫をするか、止級の厩舎で厩務員をしたいと思っているのだそうだ。
宮田も一応は進学なのだが、他二人とは異なり就職が決まっての進学となった。
準々決勝までの送球部での活躍を職業球団の調査員が注目してくれていたらしい。今橋の球団が育成選手として採用してくれたのだそうで、球団の支援で体育大学への進学が決まったのだそうだ。
まさかの竜杖球ではなく送球で評価されたという宮田の進路に一同は爆笑であった。
夏の大会が終わって、宮田は普通に体育大学への進学を目指して受験勉強をしていた。将来的には体育教師になろうなどと思っていた。そんな時に校内放送で呼び出しがあった。
実はその時は例の大会での暴行の件で事情聴取を受けるために呼ばれたと思っていたらしい。
ところが通されたのは職員室の奥の応接室。
三年間通って初めてこんな部屋があった事を知り、それはそれで驚いた。さらに部屋の中に川上教頭がいた事に二度目の驚き。川上の前に座っている人物が職業球団の人物だと知って三度目の驚きだった。
ただ、その人物が差し出した名刺に『送球』と書かれてあり、椅子から転び落ちそうになった。
何にしても試験無しで体育大学への進学ができるのだから文句はない。宮田はそう言って大笑いした。
そこから話題は先日の大会までの話になった。
もちろん、三年生たちにも決勝のあの試合は心傷として大きく刻まれてしまっている。そのため、水泳部に行った時の広岡の貝殻水着と干し貝柱の話やら、準決勝で広岡が輸送車で居眠りして前半戦に来れなかった話など、今ならばこそ笑い話になるような話で盛り上がった。
その後はやはり春の北国合宿の話である。
三年生たちの部活動の中で、あれほど強く印象に残った日々は無い。
そもそも、これまで三年生はいつも五人一緒だった。それが別々に別れて一年生、二年生と労働を共にする事になった。それが実に新鮮で本当に楽しかった。
最後にみんなで遊んだ花火と青臭い西瓜の味は、恐らく一生忘れないのだろう。
さんざん盛り上がった後で、そろそろお開きにしようというところで浜崎が椅子から立ち上がった。
「あんな事があったせいでさ、俺、大事な事をずっと忘れたままだったんだよ。その忘れてた事をここでやっておくことにするよ」
浜崎は全員を見渡し、一人の部員を無言で指差した。
全員の視線がその部員に注がれる。
「戸狩。お前を部長に任命する。先輩命令だ。運動部の先輩命令が絶対だってのはお前もよく心得てるだろ。体が動かない、医者から運動を止められてる、そんな事は関係無い。お前が全員の精神的な支柱になってやってくれ」
戸狩は浜崎から視線を反らし唇を噛んで俯いた。
全員無言で戸狩の返答を待ち続けている。
隣に座っていた藤井がそっと戸狩の肩に手を置いた。
「そうですね。このまま部を辞めたら、何だか逃げるみたいですもんね。両親は怒るだろうけど、選手としてはもう無理だけど、補佐なら」
少し照れた感じで戸狩は言った。
大久保と石牧はすぐに戸狩の手を取り、戸狩を部長と呼んでよろしくお願いしますと頭を下げた。
荒木と杉田もよろしく部長と戸狩に微笑みかけた。
最後に浜崎から労いの言葉があった。
二年生と一年生が全員立ち上がって姿勢を正す。
「俺たちが至らないばっかりに、これだけしか部員を残してやれなかったけど、お前たちも見ただろ? 諦めなければ大会には出れるんだよ。出れれば結果は残せるんだ。だから最後まで絶対に諦めるなよ!」
残された五人の部員は大きな声てありがとうございましたと礼を述べた。
最後に卒業おめでとうございますと言って、三年生たちと握手を交わした。
その光景に広岡は一人涙していた。
そんな広岡に三年生たちは、一人一人握手してありがとうと礼を言った。
最後に伊藤が「楽しかったぜ」と声をかけると、広岡は感極まってわんわん泣き出してしまったのだった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。