第27話 報道騒ぐ
新入部員八人。
荒木たち二年が二人、大久保たち一年が二人、どう考えても八人という人数は夢物語か奇跡のようにしか感じられない。
竜杖球部は完全に送球部に吸収合併されたらしいと噂されるほどに、荒木たちは完璧に送球部に溶け込んでいた。送球部は昨年まで主軸だった平松、高本たち三年生が抜け、長崎、松原といった夏の大会にも出場していた二年生が中心となっている。
そんなある日の事だった。
部活が終わり着替えをして帰ろうという時に、長崎がそういえば知っているかと言って荒木に話を振ってきた。
「親父から聞いたんだけどさ、週刊誌に三遠郡の郡予選での暴挙って記事があがってたらしいんだよ。東国大会出場校のとんでもない実態って写真まで載ってたんだって」
長崎の父は自分の住む郡の話であり、どこの高校だろうと調べてみたのだそうだ。
どの新聞にもそれらしい記事がない。
だが一点だけ気になる事があった。片方の決勝が相手校の棄権によって『試合が行われなかった』と書いてあった。郡予選の対戦表を調べたら息子の通っている学校だったのである。
息子に話を聞いた父は驚いてしまった。こんな事が起こって良いはずがない。もしかしたら、これから大事になってしまうかもしれないと父は言っていたのだそうだ。
「今さらあんなもんが記事になったところでなあ。現にうちの部員はもう四人しかいないからな。どうしようもねえよ。正直ほっといて欲しいね。晒し者にされるのは御免だ」
荒木の発言に杉田が賛同し、大久保と石牧も賛同した。辻と福島もですよねと言って同調した。
辻と福島は実際に現場に居合わせただけに四人の気持ちがよく分かっている。自分たち二人は確かに数合わせだったかもしれない。だがあの時あの瞬間、確かに自分たちは福田水産高校竜杖球部の一員であった。
補欠席で観ていただけ。だが、戸狩が竜から落ちる姿は偶然だが二人とも目撃している。顔が真っ青になって、白目をむいて、口から泡を吐き完全に気絶している戸狩の姿を。
沸々と怒りが沸き起こり、乱闘になった時には駆けつけて相手の高校の選手を殴ったし殴られた。
「戸狩は運動障害が残るかもって言ってたな。まだうまく左手が動かないんだってよ。頭も自分では洗えないって言ってたよ」
それを学校の先生が指導してやらせていただなんて、正直にわかには信じがたい。
その長崎の意見に、送球部ではなかなかそういう話は聞かないが、ごくまれにそういう学校はあると松原が言った。相手の生徒の将来なんて路傍に落ちた石程度にしか考えていない先生がいると。
送球部の長崎が言っていたように、翌日から連日学校の校門に報道の記者が取材にやってきた。
校門前で登校中の生徒に取材したりしていて、連日学校と報道は揉める事になった。もう一方の花弁学院側が早々に裁判をちらつかせて報道を追いやったため、その分の報道まで福田水産高校にやってくる事になった。
毎朝のように担任が報道に何を聞かれても一切話さないようにと箝口令を敷いている。それでも報道に聞かれると興奮してべらべらと喋ってしまう者がおり、徐々に報道の中で事件の全容が明るみになり始めてしまった。
元々、報道というのは組織による隠蔽というものに異常な食いつきをする性質がある。
当初、地元紙では喧嘩で棄権となったという報道になっていたために、報道の矛先は学校の体制に向けられていた。部が廃部になっていない、当該の生徒たちがお咎め無し、そんな話を聞き込み、福田水産高校に会見を開けと迫っていた。そのせいで校長が郡の教育委員会に呼び出しを受けるという事態にまで発展してしまっていた。
しかし福田水産高校の生徒たちから漏れた情報によって事実が少しずつだが明るみになり始めると、徐々に大会管理委員会が責められる事となった。
そして決定的な事が起きた。
三人の証言者が報道に口を開いてしまったのだった。
一人目は戸狩の両親。
息子は試合中に審判の見ていないところで竜杖で殴られ脳挫傷を負い、生死を彷徨ったと証言してしまった。さらに弁護士に相談して今裁判の準備を行っていると。
二人目は郡大会で準決勝で敗れた高校の竜杖球部の選手。
自分たちの学校にも花弁学院の張本という選手に骨折をさせられた選手がいるといって選手名を公表しての証言であった。
そして極めつきだったのが花弁学院の竜杖球部の卒業生。
自分も一年の時にあの堀内という監督から向こうの選手層は薄いから審判に隠れて選手を殴って潰せと命令を受けたと証言してしまったのだった。
それまで花弁学院から訴訟をちらつかされて、なかなか取材に行けなかった報道が、これによって連日花弁学院に殺到する事になってしまった。さらに大会管理委員会の本部にも押しかけ、何故にこんな事がまかり通っているのか説明せよと迫った。
こうして報道は全国に波及し、ついには皇都左京区にある瑞穂竜杖球連盟の本部を報道が取り囲む事態にまで発展してしまったのだった。
こうなってくると職人選手たちまで、報道されている件をどう思うかと聞かれる事になる。
花弁学院は郡代表の常連であるから、これまで何人か職人選手になっている卒業生がいる。そういった選手は集中的に報道の取材を受ける事となった。
秋も終わり、そろそろ木枯らしが吹き始めようというある日。
競技放送の中継として瑞穂竜杖球連盟の本部の大会議室が映った。
そこに一人の人物が姿を現した。その辺の飲み屋で飲んでいそうなごく普通のおじさん――会長の渡辺三郎である。
渡辺は記者を前に、今回の騒動についての謝罪を行った。
高校の竜杖球の大会には協会から必ず一人大会組織委員として人が派遣されている。三遠郡の郡大会に派遣した者に聞き取り調査を行ったところ、この事を把握していたという事が判明した。
大事になり両校の生徒たちが退学処分になってしまうという指摘をされ、生徒たちの将来を考えて事態の鎮静化を図る方が大切という判断を下したと報告を受けた。
ただそれはあくまで試合後の乱闘の件である。試合中の話はどうだったのかと問うと、その者は黙ってしまった。両者の話を聞く限り、没収試合は明らかに一方的すぎたと感じているとその者は述べた。
少なくとも相手の高校は逆転していた。それを竜杖で殴りつけて、それも脳挫傷を負わすほどに強く殴りつけて、それで相手高校を棄権させる。そんな事はあってはならない暴挙だと感じるとその者は言った。
報告を聞き私も同様に感じる。
確かに審判が見ていないところで行われた行為について追って判定を行うという事は規約には無い。規約にないから相手を傷つけて良いなどという事が許されれば竜杖球は怪我人の山となってしまい、来年の大会ではいったい何人の死者が出るかわかったものではない。
「私、瑞穂竜杖球連盟会長、渡辺三郎の名で、当該の花弁学院は向こう十年、郡大会への参加を禁止するという決断を下しました。また、犠牲となった生徒の治療費、裁判に関わる諸々の費用その他について協会から全額支援するという事も決定いたしました」
そこまで言うと渡辺は、このような騒ぎに発展してしまい世間をお騒がせしてしまった事を深くお詫びいたしますと言って集音機を机に置き、深々と頭を下げたのだった。
その会見から数日後、渡辺会長は大勢の報道を引き連れて福田水産高校を訪れた。
校長室で渡辺は校長を前に丁寧に謝罪をし、二度とこのような事が起こらないように規約の見直しを行っていくし、海外にもそう働きかけていくと宣言した。
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