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第26話 廃部危機

「ねえ、聞いたよ。竜杖球部、また廃部の話が出てるんだって? しかも今謹慎中なんだってね」


 そう言って史菜は荒木の席にやってきた。

 無作法にも前の席の机に腰かけている。そのせいで太腿の奥に薄緑色の布が見えてしまっている。


「え? 謹慎? 聞いてないぞ? 確かにもう一月近く広岡先生は来てないけど。そのせいで活動停止みたいにはなってるけど」


 そもそもそれ誰から聞いたんだと荒木がたずねると、史菜は放送部の杏那あんなちゃんだと答えた。放送部の顧問の広瀬先生の下に行った時に今日も職員会議だと言われたので、毎日毎日何をそんなにと言うと、広瀬先生がぽろっと漏らしてしまったのだそうだ。


 実際問題として杉田は戻ってきたものの、いまだに戸狩は戻ってきていない。

 なんとか病院は退院し学校には来ているものの、部室には来ていない。廊下で会った時に戸狩の方から部活どうなったと聞かれたが、開店閉業状態だと伝えると、そうかと言っただけであった。


「それより、東国大会に出たんだって? 凄いじゃん」


 荒木から凄いと言われて史菜は顔が真っ赤になった。

 色々と喋っているのだが、明らかに舞い上がっているのを自分でも感じているらしい。荒木の肩をぺたぺたと触って照れている。

 聞いた話だともう卒業後の就職も安泰なんだってねと言うと、史菜は唇を軽く噛んだ。


「先日ね、放送局の人が来たんだ。放送部の大会に出たという事は、その道に興味があるという事だと思うので、一度うちの放送局に見学に来ませんかだって」


 見るだけなら見てくれば良いと荒木が言うと、史菜はああいうのは行ったらもう後戻りはできないんだと少し怒り気味に言った。


「来年の大会が終わるまで待ってって今は言ってるの。私、実は別の道に行くために放送局に入ったんだよ。でも、ちょうど競技の放送局だからね、それも良いかなとか今は思ってて……」


 別の道ってとたずねる荒木に、史菜は指をもじもじさせながら、あからさまに照れた顔をした。「笑わない?」と何度も確認をして、それでもなお照れくさそうに言った。


「私ね、昔から漫画が好きでね、声優になりたかったの。中学の時はほら放送部も演劇部も無かったから。だから高校で放送部に入ったんだよ。でも、放送局に入っちゃったら放送員しか道が無いじゃない。それで悩んでるの」


 もじもじしながらも自分の夢について語る史菜を荒木は羨ましいと感じていた。


 自分はそもそも競竜の騎手になりたかった。ただそれだけを目指して、中学で竜術部に入って大会に出た。にも関わらず教師の怠慢が原因で三年間の努力は水泡に帰してしまった。気を取り直して竜杖球部に入れば、今度は違反行為で怪我をさせられ棄権。しかも来年が自分の本番だというに、ここに来て廃部という話が出ているという。


 目の前の女子は開かれた複数の扉のどれを開くかで悩み、片やこちらは目の前の扉に次々と鍵をかけられていく。史菜を見ると世の中というのは何とも理不尽なものだと改めて実感する。



 月が替わり九月となった。

 暑かった日々も、少しづつではあるが、その攻撃力を弱めて来ているように感じる。蝉の鳴き声もいつしか別の曲に変わった。


 杉田は完全に復帰し、荒木、大久保、石牧と四人で部室に集まっては、毎日どうしたもんかという話を続けていた。

 以前、広岡は竜杖球部に顧問として来た時に言っていた。


”先に言っておくけど、少なくとも私は今年一年で終わりにしようなんて気はさらさら無いからね。今年二年と一年の子たちには経験を積んでもらって来年主力で頑張って貰おうって思ってるから”


 今はもうその言葉をただ信じるしかない。

 荒木はそう言うのだが、大久保と石牧は愛想笑いするだけであった。杉田も正直あの時の広岡は竜杖球部と一緒に大会に出場したいというだけの一心でそう言い繕っただけと感じている。


 こうなってくると、またぞろ一月の頃に言っていた廃部になったらどこの部に行くかという話が再燃してくる。

 大久保も石牧も、もう運動部は嫌だと言い出している。球技を名目にあんな一方的な暴行を目撃しないといけないならもう運動部なんてこりごりだと。それは無理もないと荒木も感じている。


 先月の末に一度戸狩が部室に顔を出している。

 あの後、戸狩は脳内出血で一時期生死を彷徨っていたらしい。今も頭骨を開いた跡があると言って戸狩は坊主頭を皆に見せた。残念ながら半年間は運動は厳禁なのだそうだ。体育の授業すら駄目だと医者からは言われてしまっている。だから退部しかないというのが実情なのだとか。

 ただ戸狩としては、このまま竜杖球部が継続するのであれば補佐として残ろうと思っているのだそうだ。


 戸狩の両親は激怒し、殺人未遂だといって警察に届け出ているらしい。警察も調査に乗り出しているそうで、もしかしたら大問題になるかもしれないと戸狩は言っていた。



 つまりは部員はこの四人しかいないという事である。

 出場最低人数は十二人。ここから八人をどうやって集めるというのだろうか。



「やっほ! みんな元気にしてたかな? ごめんね、ご無沙汰しちゃって。ちょっと色々とごたごたしちゃっててね。なかなか来れなかったのよ。寂しかった? 寂しかったよね。ごめんねえ」


 本当に唐突であった。

 何の前触れもなくいきなり広岡が部室に現れたのだった。


 四人が四人とも、今頃何しに来たんだという顔で広岡を見る。その冷たい視線に広岡は若干怯みながらも、精一杯の笑顔と明るさを振りまいた。


「あのね、あの時の試合の事がもの凄く物議をかもしちゃってね。何だか話がどんどん大きくなっちゃって。今もまだ揉めてる最中なんだけどね、それでもね、一つだけ決まった事があって、それを伝えに来たのよ」


 「なんだと思う?」と広岡は一人一人にたずねた。

 三年生たちであったら、こんな時、広岡を言葉責めして愉悦するのだろうが、残念ながら二年生と一年生はそこまでの大きな態度は先生にはとれない。鬱陶しいなあという顔で黙っているだけである。


 だが広岡としては、どうも三年生たちの態度の方が反応としては性に合っているらしい。荒木たちの態度に息が詰まるという感じでふうと吐息をもらした。


「なによ、もう。もっと何かあるでしょ? いつもみたいにさ、大好きな先生が来るの俺たちずっと待ってたんだよみたいなさ」


 ねえよ。

 そうぼそっと呟いた荒木に広岡は少しだけ明るい顔をして、生意気な口だと言って頬をつねった。


「わかったから。その決まった事ってのを早く話してくれよ。こっちはそれをずっと待ってるんだからさ」


 業を煮やした杉田がそうまくしたてると、広岡はそれよそれと言って笑い出した。

 広岡の言う『それ』が、決まった事を指すのか、それとも杉田の反応を指すのかはわからないが、とにかく広岡は聞いてよと言って話し始めた。


「あのね、じゃじゃん! 竜杖球部の存続が決定いたしました! はい、ぱちぱちぱち……あれ?」


 広岡と部員たちにもの凄い温度差が生まれている。この差は何なんだろうと広岡も困惑気味である。


「どうしたの? もっと喜ぼうよ! 教頭先生が味方に付いてくれてね、竜杖球部の存続を一緒に訴えてくれたおかげで、やっと存続が決まったのよ? また来年北国に一緒に合宿に行けるんだよ? 嬉しくないの?」


 そう広岡は言うのだが、目の前の光景が全てであろう。

 四人でどうしろと?

 それが荒木たちの言いたい事であった。そんな先の事だけ言われても士気なんて上がるわけがない。それを四人を代表して荒木が指摘した。


「部員数が何よ。来年ごそっと入るかもしれないじゃない! 足りなければまた他所から借りれば良いじゃない! 部が無くなったらそこで試合終了なのよ? あなたたちだって竜杖球部の部員なんだからわかるでしょ?」


 出なければ試合には勝てない。

 逆に出られれば、相手がどんなに強くても勝てるかもしれない。


「それはまあ、その通りだよ。でも八人はなあ。この倍の人数が来年新人で入ってくるって本気で思う? もしそんな事になったら俺は奇跡を信じるよ」


 荒木が鼻で笑うと、杉田も同感だと言って笑い出した。


「奇跡は待ってて起きるものじゃないの! 自分たちで起こすものなの! ということで、来週からまた送球部で預かってもらえる事になったから、頑張ってね!」

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