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第25話 わずか三人

 夏休みの半分で福田水産の大会は終了した。

 残りの半月、部活動は行われず、淡々と過ぎ去っていった。



 八月に入り、長い長い三学期の開始となった。

 その初日。荒木は一人部室へと向かった。

 部室には誰もおらず、ただただ荒木は一人誰かが来るのを待っていた。


「あ、荒木さん。来てたんすね。今日は誰も来ないんじゃないかって言い合ってたんすよ」


 大久保がそう言って入ってきた。それに次いで石牧も入ってきた。


 二人は椅子に腰かけると、戸狩と杉田の容体をたずねた。

 戸狩については、荒木も何も聞いていない。今日登校すらしていない。

 杉田は左手小指の骨が二本骨折していた事が判明しており、手を石膏で固めて登校してきたのを見た。


「結局、あの花弁学院が郡代表なんですもんね。なんか納得いかないですよね」


 大久保は竜杖を手の平で立て、均衡を取りながら言った。石牧は無言で三年生が使っていた名札の入っていない戸棚を見まわしている。


 石牧がふうと吐息を漏らす。


「俺たち、どうなっちゃうんでしょうね。もしこれで戸狩さんが退部になったりしたら、大会に出場できるようになるまで部員集めるのって限りなく無理ですよね?」


 現に今この場には三人しかない。仮に杉田が戻って来ても四人。出場最低人数は十二人なわけで、どうあっても八人も部員が入部してくるとは思えない。

 口にはしなかったが、『廃部』の二文字が三人の脳裏をよぎった。そのせいで三人ともに無言であり、なかなか次の話題も出ては来なかった。


 夏のうだるような暑さの中、蝉の泣き声だけが部室に響き渡っている。


「やる事も無いし、広岡先生も来ないし、他の部の様子でも見てまわるか。……水泳部とか」


 荒木の誘いに大久保と石牧は良いですねと乗ってきた。

 三人は部室を後にして水泳場へと向かったのだった。


 この暑さの中、しぶきをあげて泳ぐ水泳部はなんとも涼やかであった。見ているだけで体感温度が下がりそう。さらに言えば女子の水着は最高の目の保養であった。


「どした、しけた面して。あれか? このくっそ暑いのにまた筋肉作りでも言い渡されたか?」


 そう言って笑ったのは島谷という二年生であった。荒木とは同じ学級である。競泳用のなかなかに際どい水着一枚ではあるのだが、正直男の方には全く興味は無い。むしろ何かで隠してくれと荒木は思っている。


「暑いから水着の女子見に来たんだよ。顧問も来ないしな」


 荒木の発言に島谷はげらげらと笑い出し、あんな短髪の真っ黒見て何が楽しいんだと言い出した。俺はもっと黒髪の清楚な娘が良いと。

 石牧がわかるわかると言い出したのだが、大久保は水着というだけで点数が高いと笑い出した。島谷はそんな二人をげらげらと笑い飛ばしたのだった。


「そういえば、うちも今日は顧問来ないって言ってたな。重要な職員会議があるとかなんとか。あれじゃねえか? 応援部の一件じゃねえか?」


 応援部が送球部の試合で乱闘騒ぎを起こし、その結果送球部が失格になったという話は既に校内に知れ渡っている。

 そもそも今年の応援部は、応援に行った部がその場で敗退するというので非常に評判が悪かった。それ自体は単に運の要素というだけであり、負けた部の奴らの気持ちもわからなくもないが、いくらなんでもと当事者以外は思っていた。少なくとも水泳部はそういう意見であった。

 だが送球部の件が耳に入ると、そういった擁護の声は全てかき消え、批判一色となった。


 原因は確かに相手にある。

 試合の見学に来ていた潮見坂高校の生徒に素行の悪いのがおり、そいつらに応援部の一年生の女子がしつこく言い寄られ、さらには人気の無いところに連れて行かれ乱暴されたらしい。応援部の部長はその一年生の女子と付き合っており、話を聞いた部員たちが激怒し、一斉に暴行魔をぼこぼこにしてしまった。

 ただ、試合が終わってからやれば良いものを、試合の最中に、それも競技場のすぐ横でやったものだから送球部が失格になってしまったのだ。そのせいで、暴行魔のいる学校が準決勝に進む事になったのだった。


「俺も臨時の送球部員で宮田先輩と試合に出てたんだけどさ、急に試合止められて、はい失格だもんな。やんなっちゃうよ」


 荒木がそう言って笑うと、島谷は何でお前が試合出てるんだよと言って大笑いした。

 するとそこに山田志保という戸狩と同じ学級の女子がやってきた。

 山田はなかなかに胸部が立派で登場するなり大久保と石牧はおっと声をあげた。荒木としても、同学年の女子の切れ込み鋭い競泳水着姿というだけで心躍るものがある。


「何、荒木くんたち、女子の水着見に来たの? やらしいんだ。史菜が知ったら怒るよ?」


 山田が荒木を指差して笑うと、鳥谷は久野さんと荒木ってそうなのと山田にたずねた。山田は逆にそんな鳥谷の言葉に驚き、有名じゃんと言って笑った。


「そんなんじゃないよ。史菜は友達だよ、と・も・だ・ち」


 荒木が全力で否定すると、鳥谷はそれを『もったいない』と言った。数年後には会いたくても会えなくなるかもしれないのにと。


「久野さん、先月の大会で東国大会に郡代表で出たんだぜ? 郡代表ってことはさ、久野さんさえ望めば、卒業してすぐに放送員としてどっかの放送局で採用してもらって、放送局の金で大学行けるって事だぜ?」


 もし人気放送員になったらもう絶対に俺たちの手の届かないところに行ってしまう。今のうちにちゃんと繋ぎ止めておけ、そうじゃなきゃ俺が貰うと鳥谷は笑い出した。


「ところでさ、変な噂聞いたんだけど、荒木くんたちも大会で喧嘩して失格になったってほんと? なんか竜杖球部廃部って噂だよ。一回立ち消えたけど今度はもう駄目だって」


 それまで山田の水着にデレデレしていた大久保と石牧が急にバツの悪そうな顔になった。そのせいで噂は本当なんだと鳥谷と山田は察した。


「別に喧嘩で失格になったわけじゃねえよ。戸狩が病院送りにされて棄権したんだよ。でもまあ喧嘩したのも事実だよ」


 鳥谷と山田は黙り込んでしまった。


「でもさ、今は応援部もまた同情の声が出始めてるじゃない。もしかしたら竜杖球部もわからないよ。広岡先生がきっと頑張ってくれてるだろうから。だからさ、三人ともこんなとこで鼻の下伸ばしてないで、練習したら?」


 山田はそういうのだが、残念ながら顧問がいない間の練習項目が無いのだ。本来はあったのだが、広岡が顧問になってからそれは廃止になってしまっている。 


「廃部か。世の中理不尽だよな。入りたくも無い学校に入って、それでももう一度頑張ってみようって思って竜杖球始めたってのにさ。その竜杖球部もこんな事になっちまうだなんてさ」


 大久保と石牧は荒木の愚痴で完全に心が挫けてしまったらしく、先ほどまで山田の水着に浮かれていたとは思えないほど沈んだ表情をしている。鳥谷も同情の顔である。

 ただ一人、山田は冷めた顔をしていた。


「荒木くん、そういうのって相手の胸を凝視して言わない方が良いよ。そうじゃなかったら可哀そうって母性や同情心も湧くわかもだけどさ、その視線で全て台無しだよ」


 山田は失礼な奴だと言って去って行った。

 鳥谷も呆れ顔で練習に戻って行った。

 荒木たちも何となく興が醒めてしまい、部室に戻り、その日は帰宅したのだった。



 次の日も広岡は部室には現れなかった。その次の日も。

 八月の中頃には応援部の謹慎が解除になったという情報が流れた。だが結局、八月の間、広岡が部室に現れる事は無かった。

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