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第23話 大乱闘

 最初、荒木たちは何で試合が止められたかわからなかった。だが、審判が自陣の後方に竜に乗ったまま向かっていくのが見えて、後衛の方で何かがあったと察した。


 竜を少し歩かせ後方を見ると、戸狩が竜から落ちて倒れていたのだった。しかも戸狩が乗っていた竜がいない。

 皆が戸狩に向かって竜を走らせる。すると審判が危険だから近寄るなと言って荒木たちを制した。


 審判は救護班に担架を持って来るように要請。担架を持ってきた二人の医療係員は、戸狩の状況を確認すると、すぐに携帯電話で救急車を要請した。



「おい、川村! 何があったんだよ!」


 宮田が竜の上で川村に問いかけた。恐らく川村なら何か見ていただろうと感じたのだろう。だが、川村は首を横に振った。


「あいつに、あの八番に竜杖で頭を思い切り殴られたんです……」


 石牧が拳を握りしめて、声を絞り出すように言った。

 すると川村は審判に詰め寄り胸倉を掴んだ。


「あんた一体今まで何を見てきたんだよ! うちの選手がすでに二人骨折させられて交代してんだぞ! このまま戸狩が目を覚まさなかったら、傷害罪であんたも警察に訴え出るからな!」


 審判は川村が掴んだ手を払いのけ笛を吹き、胸のポケットから赤い札を出し川村に提示した。


「警告だ! 速やかに竜から降り、競技場を出なさい!」


 審判がそう言って競技場の外を指差す。さらには救護班に倒れている戸狩を早く競技場の外に運び出すように命じた。救護班は今運び出すと本当に危険だと進言したのだが、審判は笛を吹き早くしろと命じた。


「おい! 審判何してんだよ! 交代の選手ならいるんだろ? さっさと交代させて試合続けさせろよ!」


 相手の八番がにやにや笑って肩に担いだ竜杖をぽんぽんと上下させて挑発。激怒した宮田は竜杖を構えて相手の八番に向かって行った。だが荒木が追いつき、宮田の服を引っ張った。


「離せ、荒木! もう試合なんてどうでも良い! あの野郎ぶっ殺してやる! 戸狩と同じ目に遭わせてやる!」


 宮田の怒声を聞いた相手の八番はげらげらと笑い出した。


「あんだ? 実力じゃあ勝てそうにないからって今度は暴力か? なんでこう公立の貧乏人ってのは野蛮なのかねえ」


 宮田を制していた荒木は八番の選手に向かって竜を走らせ、思い切り顔を殴りつけた。竜から落ちた八番の選手を、竜から下りた宮田が馬乗りになって殴りつける。荒木も竜から下りて蹴りつけた。

 当然そんな事に花弁学院の選手もただ見ているはずもなく、補欠の選手も競技場に入り込んで大乱闘になってしまった。


 花弁学院の顧問と、広岡先生も間に入って止めようとするのだが、宮田、荒木、浜崎、川村の四人は完全に頭に血が上ってしまい、喧嘩を止めようとせず、相手の選手を殴りつけている。

 補欠にいた辻、福島、伊藤も乱入し、特に伊藤は喧嘩慣れしており、竜杖で殴ろうとする花弁学院の選手をボコボコに殴っている。

 審判もぴいぴいと何度も笛を吹くのだが全く喧嘩は収まらない。


 そうこうしているうちに球場に救急車がやってきた。喧嘩は運営係員が総出で乱入し、選手一人一人を取り押さえやっと収まった。


 戸狩は慎重に救急車に乗せられ、付き添いとして伊藤が乗り込み、近くの病院へと搬送されていった。


 選手たちは一旦それぞれの輸送車に帰される事になった。さらに藤井と杉田は近所の外科に運営係員の車で向かう事になった。



 輸送車に戻った荒木たちは無言であった。

 広岡は学校に一報を入れてから輸送車に戻ってきたのだが、選手たちの顔をやるせないという顔で見て、そこからは無言だった。


 そこに大会責任者がやってきた。


「そろそろ頭も冷えた頃だと思いますが、何があったのかお話しいただく事はできますか?」


 広岡が席を立ち選手を見渡し、荒木と宮田を呼びつけた。浜崎に静かに待つようにお願いして、三人で責任者と共に球場の事務室へと向かった。


 どうやら別室では花弁学院の選手たちが事情聴取を受けているらしい。何やら声が漏れてきている。

 二つの部屋に明かりが点いているという事は花弁学院の選手以外にも誰か事情聴取を受けている人がいるという事になる。恐らくは審判だろう。


 三人は大会責任者の後ろに付いて薄暗い部屋へと入った。大会責任者は椅子に座るように促し、部屋の灯りを灯して自身も席に着いた。


「何があったか、代表して先生から伺います。生徒の方には後ほど伺いますので、それまでは落ち着いて聞いていてください」


 大会責任者からそう言われ、広岡は自分が見た光景と、休憩時間に二人から恐らく骨折したという報告を受けた事、それと相手の八番の選手がひたすら危険な行為を繰り返していたのに、審判が全く笛を吹かなかったという事を申告。ただ戸狩が何をされたかは残念ながら見れていないと報告した。


「危険な行為が行われる事はよくある事で、それに対し審判が見逃す事も残念ながら良くある事です。だからと言って、それに暴力で報復するというのはあってはならない行為だと考えますが、先生はどのような指導をされているのでしょうか?」


 大会責任者から指摘され、広岡は反論できずに黙ってしまった。すると宮田がダンと机を叩いて大会責任者を睨みつけた。


「俺たちを『公立の貧乏人』って罵ったんだよ。あの八番の奴。自分は竜杖でこっちを散々殴りつけておいて。前半だけで怪我人二人だぞ? で、開始早々救急車だぞ? それでもあんたは俺たちが悪いって言うのかよ!」


 宮田が低い声で唸るように訴えかけた。だが大会責任者は、同情はするが賛同はできないと宮田をたしなめた。違反行為は球技の内で、お前たちがやったことは暴力行為であると。


「へぇ! 審判が竜の向き変えたのをちゃんと確認して三回も竜杖で頭を殴りつけたのが競技のうちだってのかよ! 俺には単なる暴力行為にしか感じないんだけどね。むしろ俺たちは竜杖を武器に使ってない分、あいつらよりマシに思えるんだけどなあ?」


 荒木の指摘に大会責任者は眉をひそめ、その場面を直接見たのかと荒木にたずねた。自分は見ていないが、後衛の石牧と守衛の大久保がちゃんと見ていてそう証言していると報告した。


 大会責任者はここまでの話を聞くと、しばらくここでお待ちくださいと言って部屋を出て行った。



「乱闘の時ね、相手の選手酷いんだよ。どさくさに紛れて胸揉んできたの。お尻も触られたし。本当にあんなのが郡代表で東国予選行くのかな? それとも強豪校ってどこもあんななのかな?」


 広岡は目に涙を浮かべて震える声で言った。

 揉まれるような乳無いだろうと荒木は喉まででかけたが、今それを言う時ではないと必死に飲み込んだ。


「なんにしても、倫理観も無ければ良識の欠片もないですよね。あの先生でしょ? あいつにああいう事しろって指導したの。恐らくこっちが補欠いない事とか気付いてやってやがったんですよ」


 竜杖球部は人数が揃わなくて大会に出場できないという高校も多く、今回の福田ふくで水産高校のように他の部から人を借り急ごしらえで出てくる学校も珍しくない。そういう高校は、たいてい守衛がおらず、別の選手が守衛として出るためバレバレなのである。荒木の意見に宮田も賛同した。


 宮田は今にも泣き出しそうな広岡の肩にそっと手を置いた。


「でもよ、嬉しかったぜ。ちゃんと喧嘩止めに入ってくれてさ。俺はまたいつぞやの時みたいに背中向けて見て見ぬふりされると思ってたからさ。広岡ちゃんもちゃんと教師なんだなって思ったよ」


 宮田はそう言って鼻で笑った。


「やめてよ……泣いちゃうじゃない……」


 広岡がしおらしく言うと宮田と荒木は笑い出した。


 そこに先ほどの大会責任者がやって来て、広岡だけを連れて部屋を出て行った。

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