第22話 決勝開始
はっきり言って荒木の竜を走らせる速度は郡内でも随一、いや、もしかしたら全国でも随一かもしれない。そんな選手がいるんだから、その選手を最大限に使っていくのが戦略というものだと思う。敵が格上ならなおの事、その宝刀の一振りに賭けるのが上策というもの。
「もちろん、竜杖球は団体競技だよ。そんなの言われなくても私だってわかってる。でもねうちには武器があるの。あいつらよりも優れた武器が。もちろんすぐに対処されると思う。だったらその対処の上をいくしかないと思うのよ」
どうかなと広岡先生は全員に問いかけた。
誰も何も言わない。
静寂が周囲を包み込む。
すると宮田が鼻で笑った。
「なんだかんだ言ってやがるけど、ようは無策ってことじゃねえか。よし、じゃあ、いつも通り行くか!」
宮田の檄に皆がうなづいた。
浜崎が荒木に微笑みかけて背中をぱんと叩いた。
川村も荒木の肩にぽんと手を置いた。
藤井も荒木の尻をぱんと叩いた。
広岡は紙に先発の名前を書いていき、こんな感じでどうかなと言って浜崎に渡した。守衛が大久保、後衛が杉田、藤井、中盤が川村、浜崎、宮田、先鋒が荒木。
浜崎から紙を受け取ると、広岡は選手表の提出に審判の下へと向かった。
帰って来た広岡は、いつもと違いデレデレと顔を緩ませていた。誰からも何も聞かれていないのに、ねえ聞いてよと言って三年生たちにからみはじめた。
「向こうの先生ね、めちゃくちゃ恰好良いの! それでね、私の事を一目見てね、『こんなに綺麗な方に指導してもらえるなんて部員さんたちは幸せ者だ』なんて言うのよ!」
真っ先に伊藤が大欠伸をかました。
宮田は小指で耳の掃除をしている。
浜崎は竜杖を布で拭いている。
川村は藤井と最近話題の女優の話で盛り上がっている。
「ちょっと! 聞いてるの? ああ、わかった! みんな私が他の男性にちやほやされたからって嫉妬してるんでしょ! もう、みんな可愛いんだから!」
そう言って広岡は川村の肩をぱんと叩いた。
三年生たちは同時にため息をついた。その光景に送球部から来ている辻と福島は大爆笑であった。
決勝開始の笛が審判によって吹かれた。
これに勝てれば次は東国大会。当然のように福田水産高校は創部以来、一度も東国大会に出場した経験は無い。なんなら一回戦を突破できるかどうかが毎回の課題である。公式戦一勝くらいしたかったね、半数以上がそう言って卒業していく。
対して向こうは郡代表の常連校。とにかく連携の高さが段違いであった。球を追いかけるのではなく、選手間で球を回している感じ。
これが篭球、送球であればある意味できて当然なのかもしれない。竜杖球の球は丸いのだが、丁子の杖で叩くため、必ずしも思った場所に飛ぶとは限らない。さらに走るのは竜であり、これも必ずしも思った所に走ってくれるとは限らない。にも関わらず花弁学院の選手は上手に球を選手間でまわして、じっくり攻め上がってくるのだ。
しかも競技場を広く使い、右翼に球があるかと思えば、気が付いたら左翼が確保していたりする。
気が付けば、一度も球に触れる事無く一点失点していた。
試合が再開し、福田水産からの攻撃となったのだが、二回ほど球回しをした段階であっさり相手に奪われ、気が付けば二失点目。
とにかく何もさせてもらえない。守備は一対一ならかなりまで通用するが、とにかく攻撃が何もできない。
いつものように荒木に球を打ちだすのだが、その荒木が二人掛かりで動きを押さえられ、抜け出すのに一苦労。その間に駆けつけた中盤の選手に防がれてしまうような状況だった。
ただ時間が経つにつれ、花弁学院は守備の巧みさと連携だけで、攻撃の技術はそこまででは無いという事がわかってきた。
ならばと、宮田、浜崎も参加して徹底して守備に徹した。その結果、零対二からはどちらも得点できず、花弁学院の攻撃をただただ福田水産が防いでいるという状況がしばらく続いた。
前半残り七分。
浜崎が大きく打ち出した球が相手の後衛の奥へと抜けた。
後衛の一人が荒木の竜に自分の竜をぶつけて進路を遮ろうとする。だが、荒木はその前に竜の首を前後させ、その後衛を振り切った。もう一人の後衛が竜を寄せてきたが、荒木はその前に球を前に小さく打ち出し、その後衛も振り切った。
竜は急には止まれないし、急な方向転換もできない。
後衛二人をかわし切った荒木は篭に向かって竜杖を振りかぶった。
振り下ろした竜杖の丁子の頭が正確に球を捕らえる。
球は守衛の反応とは逆の方に飛んで行き、篭へと吸い込まれた。
これで一対二。
試合が再開されると花弁学院はかなり激しく点を取りに来た。
だが、焦っているのか最後の打ち込みが外れてしまう。逆に藤井によって大きく打ち出されてしまい、それを川村が拾ってさらに大きく打ち出され、後衛の奥に球を送られてしまう。
またも荒木に後衛の二人が振り切られ、追加点を許してしまったのだった。
前半終わって二対二の同点。
思った以上の善戦に三年生たちも士気が高かった。若干押され気味ではあるが、試合開始直後の印象と異なり何ともできないという感じでは無いように思う。
だが、そんな雰囲気の中、藤井は渋い顔をしていた。
気になって広岡がどうしたのかとたずねると、藤井は自分の右手を広岡に見せた。
「相手の先鋒の奴、汚ねえんだよ。事故のふりして竜を叩いてきやがるんだ。それを杖で防ごうとして……たぶん薬指の骨を折っちまったと思う。だんだん痺れて感覚が無くなってきてる」
見ると藤井の手は二度竜杖で叩かれたような腫れがあり、薬指が青黒く変色している。
じゃあ藤井君を下げて石牧君に、そう広岡が言った時だった。
杉田が手を挙げた。
「あの八番の奴でしょ?、あいつ、あの反則を練習してきてますよね。俺もやられましたよ。俺は小指の感覚がもう無くなってます」
見ると杉田の左手の小指が二倍くらいに腫れあがっていた。
じゃあ、さらに戸狩君と杉田君を交代。
これで交代できる人員は伊藤の一枚だけとなってしまった。次負傷者が出たら、たとえこの試合に勝てても、東国大会への出場が困難となってしまう。
「みんな、怪我には気を付けてね。怪我したらもうそこで終わっちゃうから」
広岡の忠告に、選手たちは無言であった。
後半戦開始の笛が吹かれた。
藤井と杉田に怪我を負わせた相手の八番の選手は引き続き出場してきた。
開始してすぐに戸狩は藤井たちが言っていた意味がわかった。相手の先鋒の八番は後衛が球を持つと審判の位置を確認し背を向けて向かってくる。
近くに来るとまるで球を打つようなふりをして後衛の竜や手綱を持つ手、竜杖を持つ手を叩いてくるのだ。球は一切見ていない。ただ相手を狙ってくる。
戸狩はなんとかその反則を交わして川村に向けて球を打ち出した。
戸狩から球を受けた川村は大きく荒木の先に打ち出す。
それを荒木が抜け出して勝ち越し弾を決めた。
東国予選に出場できるかもしれない。
さあもう一点とって相手の士気をへし折ってやろう。
そう思った時であった。
試合再開の笛を吹こうとした審判が何かに気付き試合を止めたのだった。
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