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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第19話 紅蓮社事件

 各地域での優勝球団が全て決まり、いよいよその四球団での瑞穂戦、そんな時期に瑞穂戦を差し置いて別の事が大きな話題となっていた。


”女子竜杖球『竜水球』来夏仮開幕”


 荒木たちは球団の広報部などから既にこっそりと聞かされてはいたのだが、こうして新聞の記事になると、いよいよなのだという感じがする。


 瑞穂球団も竜水球の球団を立ち上げる事になり、その最初の選手たちが見付の球団事務所に集められて立上式が行われた。

 半数は社会人だが、残りの半分はまだ現役の大学生。


 集合写真が新聞に掲載されていたが、選手一覧の中に武上と貝塚が写っていた。

 これまで見付球団主催で大会を開催していたと聞くので、恐らくはお互い対戦して面識はあるだろう。

 あの武上先生の妹と知った時、貝塚がどういう反応をしたのか想像すると思わず顔がにやけてしまう。


 記事を読んでみると、当初は各地四球団程度からの開催を想定していたようだが、結局竜杖球の六球団全てが準備をしていたようで、いきなり二十四球団からの開催となる見通しらしい。

 北国の一部はかなり難しいという話だったが、旭川球団が留萌に球団を作った事で全ての球団の準備が進む事になったと記事には書かれている。

 その為、七月だけの開催の予定だったのが、いきなり六月から九月までの開催となり、八月、九月は瑞穂戦という日程になったのだとか。


 この記事で初めて知ったのだが、竜杖球職業球技協会は競竜の協会から資金提供を受けて運営されているらしい。

 競竜の協会は一つではなく、瑞穂競竜協会という組織が代表というだけで全部で五つあるのだそうで、そのうちの瑞穂競竜執行会と競竜生産監査会という組織から資金が出ているのだそうだ。


 確か以前聞いたところでは、竜主の集団である会派も球団に資金を提供してくれているらしい。

 見付球団も雪柳会という会派の支援で設立されたと聞いている。

 そのため、球場には必ず『緑地に五弁白花』という雪柳会の会旗が掲げられている。


 現在会派は全部で二四。竜杖球の球団も二四。

 職業球技戦が始まった時、新興会派である秋水会はまだなかった。

 幕府球団は単独で資金が潤沢だった事もあり、当時断トツの首位会派だった雷雲会と竜を提供する契約だけ結んだ。

 こうして幕府球団を除く二十三球団を二十三の会派が支援するという体制となっていた。

 その後、紅葉会という会派から秋水会が別れた際、それまで雷雲会が支援していた網走球団を秋水会が支援する事になり、雷雲会が幕府球団を支援する事になった。


 今回、新球団の設立などという非常にお金のかかる事を貧乏球団の見付球団がやれたのは、恐らく雪柳会からかなりの資金提供があったからだと推測される。



 瑞穂戦の開幕を終えた翌週、荒木は裾野の代表合宿の宿舎へと向かった。

 いよいよ初戦のククルカン戦が数日後に迫っている。


 もう予選本番であり、予備選考の若松は招集はされるものの、完全にただ呼ばれているだけという状況。

 重要な瑞穂戦の真っ最中に呼ばれた篠塚と原は、完全に心ここにあらずという感じであった。西府球団の掛布、函館球団の島田と西崎、台北の新井も同様。


 逆に瑞穂戦には全く縁のない荒木たちはお気楽なものであった。

 今年は函館球団が強そうだとか、いやいややはり幕府球団なんじゃないかとか、好き勝手に言い合っている。


 そんな中、落合と村田が非常に渋い顔で新聞を見ていた。


 彦野に誘われ、落合の下へ行き、「何か新聞に変な記事でも載っているのか?」とたずねた。

 すると落合ではなく村田が新聞を折り畳み、この記事を読んでみろと指差した。


 その記事は経済面の記事で、およそ荒木にしても彦野にしても、今まで見た事も無いし、興味すら持った事が無い記事。いつも何やら大量の数字が細かい字で書かれていて、パッと見ただけで目が潰れそうに感じる、そんな記事である。


 村田が指差したのは、そんな経済面には珍しい事件の記事であった。

 この二人を前に読まずに逃げるという選択肢は無い。体育会系の悲しい性である。

 よくわからないながらも読んでみると、記事は『紅蓮社』という会社が経営破綻の申請をしたという内容であった。


「この紅蓮社というところの株でも買ってたんですか?」


 彦野がそうたずねると、落合は馬鹿野郎と一喝。

 「記事をよく読め!」と言って落合は自分が読んでいる新聞を渡した。


 紅蓮社という名前で、荒木と彦野も、競竜の会派の一つ『火焔会』傘下の製鉄会社『紅蓮製鉄』をすぐに連想した。だが、記事によると両者は無関係であるらしい。近年電脳事業の成功で急激に大きくなった赤竜商事の社員が起業した会社と書かれている。


 荒木と彦野は互いに顔を見合わせ愛想笑いを村田たちに返した。


「……すみません。学が無さ過ぎて、ここに書かれている内容が全くわかりませんでした」


 荒木がから笑いを交えて言うと、村田は正直でよろしいと大笑いした。


「お前らなあ、社会人なら社会人らしく、少しは経済記事も読めよ。どうせあれだろ、競技の記事以外には、食い物屋と逢引き場所の記事ばっかり読んでるんだろ」


 その落合の指摘が事実であるだけに、荒木も彦野もぐうの音も出なかった。



 ――村田は産業日報、落合は瑞穂政経日報を読んでいたのだが、少しづつ情報が違うらしく、まだ情報が錯綜しているという状態ではあるらしい。


 ただ大筋の内容は同じで、紅蓮社という会社が紅蓮製鉄の関連会社と見せかけて、投資詐欺を働いたらしい。その際、紅蓮社は赤竜商事と資本提携があるという書類を提出したのだとか。

 ところが、この書類が偽造である事がわかったらしい。

 問題は、この紅蓮社に火焔会という大きな企業集団の後ろ盾があると信じて、ブリタニスの『ランカシャー・グループ』という投資銀行が超多額の投資を行ってしまった事にある。


 ランカシャー・グループはブリタニスでもかなり大きい金融機関で、もしこの銀行が破綻という事になると、ブリタニスだけじゃなく、世界経済への影響は甚大なものとなる。

 現在ランカシャー・グループは投資先の確認を急いで行っており、幕府に拠点を置いている『ランカシャー瑞穂』も中小企業を相手に投資金の回収を行っているらしい。


 今後瑞穂では中小企業を中心に倒産、連鎖倒産が急増する事になるかもしれない。

 すでに世界同時株安が発生しており、もしかするとこのまま世界経済が停滞してしまうという危険すらあると記事には書かれているらしい――



 村田から丁寧に説明を受けた荒木と彦野は、「なるほど」と言って頷いた。

 だが、隣の落合はかなり懐疑的な目で二人を見ている。


「……本当は何にも理解できてねえんだろ?」


 そう問われ、荒木と彦野は素直に頷いた。


「がはは。正直でよろしい」


 そう言って村田は新聞を丸めて二人の頭を小突いた。


「ようは、景気が悪くなって俺たちの給料が出なくなるかもって事だよ。さすがに球団が潰れるってところまではいかないとは思うけどな。でも火焔会が支援している徳島球団はかなり厳しい事になるかもしれん」


 村田に結論を言ってもらった事で、荒木も彦野もやっと事の重大さに気が付いた。


 竜杖球もそうだが、競技というものはいわゆる娯楽に属する。

 生活に余裕があるからこそ娯楽にお金が出せる。景気が悪くなって市民に余裕が無くなれば、真っ先に切り詰められるのは嗜好と娯楽。景気の悪化は自分たち娯楽産業に属する者には致命的な事だと落合は説明した。


「わかったか。だから俺は最初に言ったんだよ。社会人らしく少しは経済記事も読めって」


 荒木も彦野もぐうの音も出なかった。

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