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第20話 準決勝

 送球部の四回戦の会場は今橋総合体育館。

 さすがにこう毎日のように移動移動では、宮田も荒木も疲労が蓄積してくる。輸送車の中、二人はぐっすり寝ている。


 今回前半は宮田も荒木も補欠であった。いくらなんでも酷使しすぎたと別当先生も感じたらしい。

 今回は自分たちだけでやれるところまでやってみる。だが、相手は強い。負けても仕方がない。そう別当も送球部の面々も言い合っていた。


 ところが前半が終わって負けてはいるものの福田水産高校は思わぬ善戦。休憩時間、全員の視線が宮田と荒木に注がれたのだった。

 二人は「はあ」とため息をつきうなだれた。



「どうだったよ、送球部の方は? 相手、去年の郡代表だったんだろ? さすがに無理だった?」


 菊川運動公園に向かう輸送車の中で浜崎が目を覚ました宮田にたずねた。

 宮田は通路を挟んで隣の席でまだ寝ている荒木を見て、ため息をついた。


「準々決勝まで行ったよ。送球部のやつら創部以来の快挙だって大喜びしてやがるよ。次は応援部に来てもらうんだってさ」


 すでに野球部と闘球部は敗退。蹴球部、排球部、篭球部、避球部も男女共に全て敗退。

 送球部、竜杖球部以外に残っているのは、運動部の団体競技では卓球部、漕艇部くらいとなってしまっている。

 個人競技も続々と敗退しているが、それでも柔道部と陸上部が個人で何人か残っている状態らしい。


「ここまで応援部が応援に行ったとこ全敗らしいな。応援したら全敗って……いったいどっちの応援してんだろうな」


 そう宮田が毒づくと、違いないと言って浜崎は大笑いした。



 今橋ほど距離があるわけではないのだが、それなりに疲労が溜まってきているのか、輸送車に乗る時、皆一様に疲れた顔をしていた。そんな中でもっとも疲れた顔をしていたのは広岡先生であった。


 朝、明らかに今起きましたという顔で現れた広岡は、髪もどこかぼさぼさで、化粧も明らかにいい加減、露骨にまだ寝足りないという目をしていた。

 輸送車の中でも最前列の席を一人で独占して爆睡。球場に到着しても全く起きる気配がない。

 そんな広岡を一人輸送車に残し、残りの部員はなるべく物音をたてないように静かに輸送車を降りた。しかも運転手に寝かせといてやってくれとご丁寧にお願いまでして。


 広岡が目を覚ましたのは試合開始の数分後だったらしい。前半戦が終わって休憩時間に入る少し前に慌てて競技場に駆けつけてきた。


「酷いじゃないの! 何で誰も起こしてくれなかったのよ! 私は顧問なのよ! 私がいなかったら始まらないとか、締まらないって考えないの?」


 休憩時間に選手たちが戻って来る早々に広岡は苦情を入れた。

 だが、選手たちの反応は実に冷ややかであった。


 そう思ったらちゃんと起こしてると宮田。

 気持ち良さそうに寝てたから起こしちゃかわいそうと思ったと浜崎。

 寝るのは勝手だけど、よだれが垂れてたと川村。

 いい大人が、もう食べれないという寝言はいかがなものかと藤井。

 疲れて戻って来たってのにキイキイ喚くだけなら輸送車で寝てろと伊藤。


「みんな、酷い……勝利の女神の私がいなかったから負けてるのに、そんな言い方ないじゃない!」


 「言ってろ」と言って伊藤が背を向けると、広岡もさすがに少し反省したらしく、ごめんなさいと小声で呟いた。


「ところで戦況はどうなの? 零対一で負けてるってのはわかったけど」


 広岡がそうたずねると、伊藤と浜崎はため息をついた。

 とにかく守備が堅い、それに尽きる。守備が堅いというのは事前にわかっていたから荒木では無く伊藤でいったのだが、あまりの後衛の連携の良さに何もさせてもらえない状況。

 ただ、相手の攻撃はそこまででは無いから失点は一点に抑えれているが、これが二点になったら巻き返せる気がしない。


 浜崎の報告を聞いた広岡は悩まし気な顔で首を傾げる。


「んんん……何で荒木君じゃなく伊藤君だったんだろう? 私、今度の学校は守備特化みたいだから、荒木君いるから余裕って思ってたんだけどな」


 荒木の速さは守備陣を十分攪乱できると思うから、一旦守備陣が崩壊してしまえば、後はやりたい放題と思っていたと広岡は説明した。


 荒木はここまでで疲労が酷い。だからなるべくここぞという時に投入しようと思っていたと浜崎は説明。

 すると広岡は「荒木君疲れてる?」と本人に直球で聞いてきた。


 そんな聞かれ方されて「疲れている」と答えられる人はなかなかいないだろう。

 後半は伊藤と荒木、宮田と戸狩を交代させ、向こうに合わせ攻撃は浜崎、荒木の二枚だけであとは全員守備に重点を置くという戦術を広岡は説明した。


 ここまで来れたのだから、ここで負けても悔いはない。だから言われた通りやってみて、玉砕するなら玉砕しよう。浜崎、川村、藤井はそう言い合っていた。

 荒木は戸狩と杉田に、球が来たらどこでも良いからとにかく大きく敵の後ろに打ち出してくれとお願いした。



 試合開始からわずか三分。

 敵の打った球を杉田が横から奪ってそのまま反対に打ちだした。それを戸狩が拾って、大きく荒木の遥か先に打ち出した。

 荒木は全力でそれを追い、守備についた後衛二人を振り切り、敵の守衛と一対一になった。

 荒木はまず守衛に目がけて真っ直ぐ打ち込んだ。それを守衛が弾くと、弾いた球に向かって竜を走らせ、もう一度打ち込んだのだった。


 あっという間の同点。

 ほら私の言った通りじゃないと伊藤と宮田にからむ広岡の声が鬱陶しかったが、これで試合は降り出しに戻った。


 そこから十五分、試合は一進一退であった。最初の一点で相手の守備陣が明らかに荒木を警戒したせいで、戸狩たちも荒木に球を出しづらくなってしまったのだった。


 その状況を打開したのは藤井に代わって後半途中から入った石牧であった。

 杉田が敵の先鋒から球を奪うと、石牧は敵に警戒されているのもお構いなしで荒木の遥か先に球を打ち出した。球は大きく荒木の上空を超えて行く。

 荒木は全力で竜を走らせ、相手の後衛を振り切り、球に到着。さらに前に球を打ち出した。

 打ち出された球が篭の前に引かれた守衛線の少しだけ外に落ちる。


 絶妙だった。


 相手の守衛も出て行って確保するか、篭を守り続けるか判断に迷った。迷った結果篭を守る判断をした。

 荒木は二人の後衛は、まだ荒木に追いついていない。荒木は守衛線に竜を入れないように大きく弧を描くように球に近づき、竜の背後で竜杖を振り抜いた。

 球は篭の右上に吸い込まれて行ったのだった。


 この一点は大きかった。

 この失点で相手の守備陣は完全に錯乱してしまった。何とかあの背番号十番の選手を止めろと後衛が躍起になったのだが、躍起になればなるほど連携が崩れ、三点目を荒木が叩き込んだところで試合終了。

 結果は三対一。



 帰りの輸送車の中で広岡は、鼻高々で三年生たちにからんだ。


「ほらあ、やっぱりみんな、私がいないとダメなんじゃない! もう、みんな素直じゃないんだから」


 一番近くにいた伊藤が、今日は言わせといてやると言って目を反らした。

 宮田は最初から寝たふりを決め込んでいる。


「なによ、それ! 実際私の作戦が当たったんだから、もう少し私の事持ち上げてくれても良いんじゃないの?」


 浜崎が「はいはい」と言って面倒そうに対応すると、広岡は少し拗ねた顔をした。すると川村が笑い出した。


「いやいや、持ち上げたくても、広岡ちゃん持ち上がるほど大きな胸してないじゃん」


 皆一斉に笑い出した。

 広岡は座席に膝立ちになって、後ろの席の川村の頬をつねった。

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