第18話 久々の見付
「はぁぁ。気が重いなあ。俺たちがいない間に優勝が決まっちまっただなんてさ」
東海道高速鉄道の車内で新聞片手に若松がぼやいた。
若松は昔から競技新報を愛読している。昔に比べると最近は競技新報もかなり竜杖球に紙面を割いてくれるようになったらしい。
ただ、若松は競技新報の親会社である瑞穂政経日報は読まないらしい。新聞の経済面の理論が破綻しているからなのだそうだ。
以前その事を猪熊に話した事がある。すると猪熊は大爆笑していた。「あの新聞は大蔵省の役人が書いた記事をそのまま載っけているだけですから当然だ」と言って。
――瑞穂皇国は連邦制を敷いている。その為、税制というのは各国によって異なる。
それを決めているのは各国の総督と国会議員で、総督府の中の歳入局が徴税し、各国の大蔵局と大蔵部長が予算として振り分けている。
その税収の中から、各国は『供出金』というものを中央政府である連合政府に支払っている。
この金額は各国一律ではなく、相対的な歳入額によって割合が決まっている。
連合政府はあくまで四国の代表にすぎない。
そんな状況なので、例えば連合政府で何か問題が起こると、各国の総督は真っ先に供出金の減額を脅しで使ってくる。
そのせいで中央の大蔵省は国の最高機関のはずなのに全く大きな顔ができない。
そんな状況ではあるのだが、連合政府が行っている事はそれなりに多い。
外交関係、社会保障関係、各街道の管理、医療関係、貿易関係など。それを全て予算という財布を握って牛耳っているのが大蔵省なのである。
大蔵省の役人は供出金をあたかも自分たちが稼いだ収益であるかのように思っている。そのせいで支出の話はとことん渋り、口を開けば供出金を増やす為に各国に増税を促せと言う。さらにへんてこ理論を書いた記事を新聞に提供して増税の雰囲気作りをしている。
そのへんてこ理論の記事が頻繁に掲載されているのが、若松が嫌っている瑞穂政経日報である――
「俺はまだしも、若松さんは予備選手ですもんね。若松さんがいたらもしかしたらっていうのは、ちょっと思っちゃいますよね。守備酷かったですもんね」
荒木がため息交じりで言う。
するとそれまで荒木越しに窓の外を見ていた若松が新聞に目を落とした。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだが。俺が出てても結果はあまり変わらなかったかもな。篠塚の野郎の言じゃないが、付け焼刃じゃこの辺りが限界なのかも」
そこまで言うと若松は新聞のある部分を見て、「おっ」と声を発した。
その部分を指差し、これを見ろと促した。
「おお! 獅子団が首位じゃないですか! 去年は惜しくも二位でしたけど、日野監督はやっぱり有能ですね」
勝ち点の差は四とそこまであるわけではないが、恐らくは一試合を残して次の試合で優勝が決定というところだろう。
「聞いたところによると、獅子団の監督、夏頃にうちが飯田を一軍にって言ったら、それだけは勘弁してくれって泣きをいれてきたらしいな。せめて来年からにしてくれって言って」
入団してきた時、飯田は守衛だったらしい。
だが体は全体的に線が細く、背も低く四肢もそこまで長いわけではない。指導者の石井から見て、どう考えても守衛という感じでは無い。このままでは恐らくは何も芽が出ずに無為に五年を過ごして引退という事になってしまうだろう。
そこで石井は飯田にきっぱりと守衛を諦めさせて後衛として教育した。
最初こそ竜の扱いがぎこちなかったのだが、毎日のように石井は飯田を徹底指導。すると飯田はどんどん竜を速く追えるようになっていった。
竜杖の扱いは元々守衛なので長けたもの。
一年ですっかりいっぱしの後衛となったのだった。
だが、こういう選手をすんなり後衛で使わないのが日野という監督。
日野は飯田に中盤の選手、それも得点も狙えるような前目の位置の中衛で使った。
すると飯田は中盤を完全に支配。しかも相変わらず宇宙開発が続く渡辺を押さえて、一時は獅子団の得点王であった。
残念なのは、荒木の時と同じく竜の疲弊が酷く一試合丸々は使えないという事。だが、それを上手く使いこなすのが日野である。
「俺も荒井から聞きましたよ。俺の『相棒』が来年一軍に昇格するって。そんな事よりお前がさっさと上がって来いって言っておきましたけどね」
荒井は今年の中頃から正規選手としてやっと呼ばれ出したらしく、恐らくは渋井と同様に五年契約ギリギリでの昇格になるんじゃないかと言っていた。
「完全に北国生活を謳歌してやがる」と荒木が毒づいた。それに若松が大笑いした。
週末の一戦に向けて、多賀城球団が見付にやってきた。
試合を前に、池山が呑みに行こうと誘って来た。多賀城の阿波野と飲みに行こうという話になったらしい。
池山はお調子者で、荒木を誘ってくる事は決して珍しい事ではない。だが、この日はどうも池山の様子がおかしかった。
その原因は待ち合わせ場所の呑み屋で判明。
先に荒木たちが入店し、そこに阿波野がやってきた。
そして、一緒に大石がやってきたのだった。
「俺ちょっと大石さん苦手なんすよ……」
阿波野に合図をしてすぐに池山が耳打ちしてきた。
わからないでもない。大石とは国際競技大会の際に代表で一緒になったのだが、とにかく喋らない。試合中はそれでも指示を出す際に喋るのだが、それ以外では喋ったら損とでもいわんばかりに喋らない。
恐らくは前回の呑み会にも付いて来て、何も喋らなかったのだろう。
「大石さん、お久しぶりっすね! こうして呑むのは裾野の合宿以来っすね」
そう声をかけてみるのだが、大石ははにかんだだけで無言。
その後も阿波野と池山が二人で盛り上げているのだが、大石は乗って来ない。
ただ、見ている感じでつまらなそうという風では無く、阿波野たちが笑うと大石も顔は笑っている。
しばらく酒が進んだところで阿波野が便所に行き、池山も一緒に付いて行き、荒木と大石の二人だけにされてしまった。
「どうだい? 代表は。二次予選には残れそう?」
まさかの大石の方から声をかけられたのだった。
「あの仰木って監督、結構面白そうですよ。もしかしたらもしかするんじゃって思ってます。それより、大石さんが呑み屋だなんて珍しいですね」
そう言って荒木が微笑むと、大石は麦酒に喉に流し込んでからはにかんだ。
「俺は引っ込み思案で人見知りだからね。なかなか自分からはね。こうやって阿波野は誘ってくれるんだけど、どうにも喋れなくてね。ここまで酒が入ってやっとだよ。俺、盛り下げちゃったりしてないかな?」
不安そうにたずねる大石を荒木は殊更大きな声で笑った。
「呑んだ時の事なんてその場だけの話っすよ。気にするだけ無駄ですって。何を言ってるんだか。面白い人だなあ大石さん」
そう言って笑っている所に阿波野と池山が帰って来た。
「どうしたんすか? えらい盛り上がってるじゃないっすか」
池山がびっくりした顔で荒木にたずねた。すると荒木が何かを言う前に大石が口を開いた。
「今度は報道と揉めて代表をクビになるなよって言ってたんだよ」
すると阿波野と池山が大爆笑。
一人荒木の顔だけが引きつっている。
残りの二試合、見付球団は二連勝し、東国戦を二位で終えた。
その二試合、見付の選手たちは荒木に球を送りまくり、五得点をあげる荒稼ぎ。
がっちり得点王を確保した。
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