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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第17話 優勝争い

 荒木と若松が代表に招集されている間に見付球団は二試合を消化している。

 一戦目は自球場での稲沢球団戦、二戦目は幕府遠征。


 先月末の時点で見付球団は東国二位。

 首位の幕府球団との勝ち点の差はわずかに四。


 この荒木と若松の不在の二戦に勝てれば、優勝が見えると先月末の時点では皆の士気は非常に高かった。


 ところが、代表で裾野に行った週、稲沢戦に引き分けてしまった。それも後半二五分まで一点勝ち越していたのに、最後の最後で同点にされてしまったのだった。


 その時の若松は、試合を観ながら合宿後の最後の二試合が楽しみなんて言っていた。


 後半十五分が過ぎたところで小松選手に代わって稲沢球団は最後の交代枠として鹿島選手を投入。

 一方の見付球団は、それまで獅子奮迅の活躍してくれたホルネルに代えて池山を投入。


 鹿島選手が池山を振り切った時に、何となく悪い予感はしたのだ。

 若松が不在のため、杉浦と広沢の二人が後衛をしている。ところがどうにもこの二人の連携が悪い。先鋒が一人の球団相手では良い連携をみせるのだが、二人の球団相手だとどうにも勝手が異なるらしい。

 これまで守備範囲の広い若松がそれを庇ってきていたせいで、どうやら二人の守備範囲が徐々に狭くなってしまっていたらしい。


 結局鹿島選手がそのまま一気に篭前まで球を運び、そのまま竜杖を振り抜いた。

 秦も反応はしたのだが、打ち込みが強烈で弾き出せずに失点してしまったのだった。


 荒木も若松も口を半開きにしたまま呆然であった。

 その横で落合と彦野はなんとか引き分けに持ち込めたとほっと安堵していた。


 一方の幕府球団はきっちりと勝利しており、勝ち点の差は六に開いてしまったのだった。



 そして翌週。

 幕府球団との直接対決。これに勝てなかったらその時点で幕府球団の東国優勝が決まってしまう。


 宿泊所の会議室で荒木と若松は祈るような気持ちで試合を観ていた。

 同様に原と篠塚も期待の眼差しで試合を観ていた。


 試合は一進一退という感じで、見付球団の尾花が点を決めれば、槇原が点を取り返すという感じであった。


「お、これで槇原の得点が鹿島に並んだな。誰かさんがこっちに来ている間に追いつけると良いんだけどな」


 篠塚が荒木をちらりと見てくすりと笑った。

 原も荒木を見て鼻を鳴らす。

 もちろんその声は荒木にもばっちり聞こえており、憮然とした顔をしている。


 手元の新聞を見ると、得点王争いは首位が荒木、二位が稲沢球団の鹿島、三位が幕府球団の槇原となっている。

 しかも二位の鹿島と荒木の差はわずかに二点。四位が稲沢球団の山本、五位は多賀城の阿波野。


 開幕戦の頃は、今年は東国優勝と荒木の得点王だなんて皆で酒を呑みながら言っていたのに。優勝はもはや首の皮一枚となり、その上得点王まで逃したとなったら……


「ば、馬鹿野郎! 広沢! てめえ、なにやってんだ!」


 若松が興奮して椅子から立ちあがって、中継の画面に向かって叫んだ。


 川相選手からの打ち出しに広沢が見事に釣られて中畑選手の守備に向かってしまったのだった。どう考えても追いつけないのに。

 当然のように中畑選手はそれを槇原選手へ。

 杉浦が守備に当たっているのだが、槇原選手の方が竜の扱いには長けているらしく、簡単に弾かれしまった。

 槇原選手が竜杖を振りかぶる。


「おお! 槇原、今日はのってるなあ。これは優勝も得点王もうちがいただきかな?」


 篠塚がこちらを見ながら高笑いをする。

 ぎりぎりと歯噛みする若松。

 原と荒木は顔を見合わせ、少し居心地の悪そうな顔をしている。


「おい、原よ。中休憩の間に部屋から麦酒持って来いよ。呑みながら見ようぜ」


 完全に調子に乗って篠塚がそんな事を言い出した。


「おい、荒木! 中休憩の間に部屋から麦酒持って来い! 呑まなきゃやってられねえよ」


 原と荒木が同時にため息をつく。


「この部屋は飲酒と喫煙は禁止ですよ。牛乳なら買ってきますよ」


 ここで果汁水や炭酸水じゃなく、牛乳を持ち出して来たところが原の妙だっただろう。

 篠塚も興が醒めてしまったらしい。それ以上は何も言わず、中継映像に集中し始めた。



 どうやらこのまま前半戦が終わりそうというところで原が椅子から立ちあがった。

 荒木の肩を叩き、付いて来るように合図する。


「全く、先輩たちにも困ったもんだな。あれじゃあ観戦に来たその辺のおっさんと変わらないじゃんなあ」


 そう言って同意を求めた。


「若松さん、普段はあんな熱くなる人じゃないんですけどね。何を興奮してるのやら」


 両手を広げて荒木がやれやれと言うと、原はくすっと笑った。


 宿泊所の売店で生姜炭酸を四つ購入し、原と荒木は会議室へと戻った。


 扉を開けると、驚いた事に篠塚と若松が互いに胸倉を掴んで一触即発の状態であった。

 それを見て原が吐息を漏らす。


「何やってんですか! 良い大人が! ほら、これ飲んで頭冷やしてください。若松さんも」


 そう言って原は生姜炭酸の缶を篠塚に渡した。

 若松には荒木が手渡した。


 篠塚と若松は互いに背を向け、同時に生姜炭酸を口にした。

 そんな二人に原が何があったのかとたずねる。


「そいつが、どうせ優勝しても瑞穂戦では通用しなさそうとかぬかしやがったんだよ!」


 するとそれを受けて、若松が「都合の良い部分から話を始めるな!」と抗議。


「てめえが最初に、付け焼刃じゃこの程度が限界とかほざきやがったからだろうが!」


 椅子から立ちあがって若松が篠塚を指差す。


「ガキか……」


 二人の言い合いを聞いた原が呟いた。

 

「くだらねえ……」


 同じく荒木が呟いた。


 後輩から冷たい言葉を浴びせられ、篠塚と若松は我に戻ったらしい。

 無言で生姜炭酸をちびりちびりと飲み始めた。


 四人が無言で生姜炭酸を飲んでいる中、後半戦が開始となった。


 後半関根はかなり大胆な手に出てきた。

 杉浦と広沢の連携がどうも悪いと見て、杉浦を下げて栗山を投入した。

 それまで中盤をやっていた小川を後衛に下げ、中盤に栗山を入れたのだ。

 今年、小川と栗山は同時に使われた事が無い。

 ここに来て初めての起用であった。

 さらに角に代えてホルネルが投入された。


 その采配が功を奏したのか、後半は打って変わって見付球団が優勢に試合を運んだ。

 一点を返し、さらに二点を返した。

 そこで体力的に限界な尾花に代わり伊東が投入された。


 投入されてすぐに槇原選手に代わって入った斎藤選手に点を取り返された。だが、それでも見付球団の優勢は変わらなかった。

 伊東が得点を決め、再度試合は均衡に。


 前半とは打って変わって乱打戦となっている。


 残り時間はわずか。

 だが、そこで千載一遇の機会がやってきた。

 伊東がクロマルチ選手と松本選手を振り切って球を篭まで持ち込んだ。


「行け! 伊東! 決めろ!」


 若松が吠える。


「村田! 止めろ!!」


 篠塚も吠える。

 荒木も原も興奮して立ち上がっている


 伊東の打ち込んだ弾に村田が竜杖を伸ばす。

 その竜杖の先に球は飛んで行く。

 だが、弾は篭の梁をかすめ外に飛んで行ってしまったのだった。

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