第15話 仰木の方針
翌日、練習場に集められた選手たちだったが、仰木監督からまずは会議だと言われ、会議室に再集合する事になった。
仰木は一同をゆっくり見回して、まずは代表を引き受けてくれた事に感謝すると述べた。
「目標は世界大会の優勝……言いたいとこやけども、それが遥か遠い夢である事くらい俺かてわかってる。そこでや、まずは二次予選の首位突破を目指してこう思うんや」
選手たちは、その発言でかなり騒然としてしまった。
そもそも首位突破という事は、上位六か国のうちの三か国に勝利しないといけないという事である。確かに勝利できれば、自然と本戦での結果も付いて来るだろう。だが、現状では極めて難しいと言わざるを得ないと誰もが感じている。
そんな選手たちを仰木は制した。
「君らはびびりすぎなんや。相手も同じ人間やで。人数かて同じや。なんやったら呂級の生産、調教でいうたら、うちらの方があの衆らよりも技術は高い。それやったらうちらが勝てへんわけないやろ」
失笑が選手たちから洩れる。はっきりそれとわかる愛想笑いをうかべている。
そんな選手たちの反応を見て、仰木はさらに言葉を続ける。
「今までやったら俺もこないな事は言わんかったやろ。そやけども、先の国際球技大会、そこで若いのが可能性を見せたんや。少なくとも俺には見えたよ。お前さんたちが彼らと互角にやりあう姿がな」
仰木の熱量は凄いのだが、残念ながら、それが選手たちまで届いていない。むしろ、選手たちは冷めてしまっていた。
そんな雰囲気を感じ、掛布が手を挙げた。
「うちらも監督が言いたい事がわからへんわけやないんですがね、なんちゅうか、足が同じ二本なんやから八級の竜と同じくらい早よ走れるやろ言われてるみたいな、そんな感覚なんですよ」
掛布の例えに島田と高橋が大笑いした。まさにそれだと言って。
「君らに無くて、あの衆らにあるもんがあるんや。それをな、君らも身に付けてったらええんや。簡単な事やろ。あの衆らは八級の竜やなく人間や。その彼らができてるんやから、君らにできへんわけが無いやろ」
選手たちは全員競技選手である。そんな風に言われて、俺たちには無理ですと言う者は誰もいないだろう。選手たちが全員黙ってしまった。
そんな選手たちを見て仰木はほく笑む。
「あの、うちらを見てという事でしたけど、具体的にはどの辺りの事を言っているんでしょうか?」
国際球技大会の選出者を代表して原が手を挙げてたずねた。
仰木は無言で手を掲げて原を制す。
「他の国にうちが勝ってる事、それは速さや。それと粘り強さ。ただ、残念ながら他の国が、特に上位の国が当たり前にやれとる『戦術』いうもんがなってない。ようは頭が悪いんやな。そやから頭を良くしてこう思うてるんや」
はっきりとアホだと言われ、全員が憮然とした顔をする。特に最年長の村田は露骨に不快だという顔をした。
だがそんな選手たちを仰木は鼻で笑う。
「気に食わんか。ほな、一つ例を挙げたるわ。島田。お前が球を奪ったとする。まず何をする?」
突然話を振られ、島田は一瞬黙ってしまった。
だが周囲の選手たちを見まわして、考え込んだ。
「誰か空いてそうな奴を探します。俺は後衛なんで、いなかったら大きく打って競技場の外に出しますね」
島田の回答を仰木は即座に鼻で笑った。
「他の国の後衛やったらそないな事はせえへんやろな。まずは速攻がかけられそうかどうかを確認する。その時にはもう自軍の選手たちは攻撃に向けて動いてるからや。だがうちはまずそこからしてできてへん。そやからそういう選択肢になってまうんや」
その仰木の指摘に、選手たちは黙ってしまった。思い当たるフシがあるのだろう。
そんな選手たちを見て仰木がにやりと笑う。
「常に頭を動かすんや。グーを出してみた、負けた。それが今や。相手はパーを出して来るやろうから、うちらはチョキを出す、それをこれからはやってくんや。いかに上手にグーを出すか、もうそういう時期は終わった思うんや」
何となく仰木がやろうとしている事が見えてきたのだろう。
選手たちの目は真剣そのものになっている。もう一押しだと仰木は感じたらしい。
「そやけど同じ事しても勝てるわけやない。それやと良くて同点やからな。そこで必要になるんが、君らの持ち味の速さ。こっちが速かったら、相手は付いて来られへんやろ。そしたら対応が後手後手になる。そこに隙ができるんや」
そこまで言うと仰木は荒木の顔を凝視した。それに気付き、荒木が息を吞む。
「国際球技大会で荒木はそれをやってのけた。金田さんは荒木を失うて奥の手が無うなってもうたけども、皆の速度が上がったら、荒木やなくても、村田や西崎でもできる思うねん。どうやろか?」
やれる。少なくとも荒木はそう感じた。
大きく頷くと、両隣の選手、秋山と高木も大きく頷いた。
何か質問はあるかと仰木がたずねた。
だが、今の段階で質問のある者はいなかった。
「おし。ほな午後から具体的にどうしていこういうのを実践を踏まえてやっていこう思う。ええか、頭を使うんやで。瞬時の判断に体を付いて来させるんや。それができたら、目標は夢でもなんでもなくなるんやからな」
仰木が頷くと、選手たちは立ち上がり、大きく頷いた。
会議室を出て、選手たちは練習を開始したのだが、やっと竜の体がほぐれたくらいの段階で、仰木は全選手を呼び付けた。
「もっと流れるように! 次に打つ奴がどんな動きをするか予測してその先に球を打つんや! 常に先を読め! 先に、先にや! これから試合形式の練習をしてもらうけども、それを意識してやるんやで!」
仰木はそう簡単に言うのだが、これが頭ではわかっているのだが、いざやるとなると簡単では無いらしい。
特に中盤の選手たちはいつもと異なりやたら空振りが目立つ。
後衛の選手たちは少しばたばたしている印象。
いつもはまさに正確無比という感じの竜杖の扱いをする若松や落合、掛布も、何度も空振りしている。
それでも仰木は満足そうな顔で頷いている。
初日の練習が終わると、仰木はもう一度選手たちを会議室に集めた。
まずは一人一人感想を言ってもらった。
ほとんどの人の感想は同じ事でうまく竜杖に当てられないというもの。
すると仰木は荒木の顔を見た。
「荒木、みんなこう言うてるが、お前はどう思う? お前は今日、全く空振りしてへんかったように見えたんやが」
実際には村田も西崎もあまり空振りはしていない。だが、仰木からしたら荒木だけが全く空振りしなかったように見えたらしい。
「初めて違う事をやれば誰だってやれないと思います。感覚の問題だと思うので、すぐに慣れるんじゃないでしょうか」
それを聞いた選手たちは黙ってしまった。
だが仰木だけが笑っている。
「だそうや。二次予選までまだまだ時間がある。ゆっくりと慣れて行こうやないか!」
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