第14話 代表招集
若松と荒木は二人揃って集合場所である裾野市の総合運動公園へと向かった。
前の日の夜は若松宅でどんちゃん騒ぎであった。
美香も駆けつけてくれて、広岡先生もわざわざ春野町まで行って猪肉を購入して、猪鍋を振舞ってくれた。
若松夫妻の娘双葉は美香がお気に入りで、美香が泊っていくと聞いて、一緒にお風呂に入ろう、一緒に寝ようと大はしゃぎであった。
浜松の紅花会の大宿で働いている美香は、最近部屋の整備から外れたらしい。
きっかけは、たまたま休みの日に仲良くしてくれている同僚の女性が寮に遊びに来た事らしい。そこでお酒を一緒に呑む事になり、美香が作ったおつまみを食べて、うちの部署に来て欲しいと言ったのだそうだ。
その同僚は大宿の中の酒場で給仕をしており、ぜひこの味をお店で出したいと上司に強く要望。それが支配人の耳にも届き、いくつか作ってもらうという事になった。
ただ、美香は人目に付くところで働けないという制約がある。その結果、昼から夕方の酒場が開店する前に厨房で料理を作り置きする事になった。いくつか新しいおつまみを増やしており、今は落花生を味噌で絡めて胡麻をまぶした『味噌らっか』がかなり人気らしい。
ここに来て、球団の法務部から美香の借金に関する調査の報告が少しづつだが入り始めている。
一度目の借金も二度目の借金も、銀行に借金完済の履歴が無いらしい。
窓口に古屋という人物を訪ねてみたところ、支店長が出てきて、『古屋聖』なる人物はいないと言われてしまった。
もしかしたら『古屋聖』は偽名かもしれない。だが、銀行の行員で偽名を使うという事は容易には考え難い。
最終的には詐欺案件として警察に動いてもらう事になるだろうが、荒木を逮捕しようとした今の警察に捜査をさせるのは少し不安が残る。
そこで日競新聞の親会社である産業日報に協力してもらって、『独自取材』という形で情報を小出しにして行こうという事になったらしい。
翌朝、若松と荒木は荷物を持って、車に乗り込もうとした。
すると、双葉の面倒をみるために家に残る美香に呼び止められた。
すぐに済むからと玄関で待つように言われた。
何だろうと待っていると、何かを取りに行っていた美香が戻って来た。
美香が手にしていたのは伊級の竜の羽根。伊級の竜の落ちた羽根には好運が宿ると言われているらしく、それを加工したものが最近販売されている。
羽根の根本に金具を付けて根付のようにしたものを美香は渡した。
羽根の周囲がほんのり水色に染まっている。
お揃いだと言って少し照れながら美香が同じ物を見せた。
ありがとうと言って軽く抱きしめると、美香がそっと瞼を閉じた。
その柔らかな唇に荒木が唇を当てる。
美香の温度を唇越しに感じる。
唇を離し、荒木は再度、行ってきますと声をかけた。
荒木と若松を乗せた列車が裾野駅に停車。
降りてすぐに若松は両手を高々と掲げて深呼吸をした。
「んん! 久々だな、この空気! 高原独特の何とも言えない澄んだものを感じるぜ! これで荒木の付き添いじゃなきゃなお良かったんだがなあ」
ぶすっとした顔の荒木を見て、若松がからからと笑う。
そんな二人に後ろから人影が近づいて来た。
「なんだ。若松たちも同じ列車だったのか。知ってれば席を移ったのに」
荒木と若松は同時に後方を振り向く。
そこにいたのは国際競技大会の時の主将だった原と、幕府球団で川相と交代で出場している篠塚だった。
「おお! 篠塚じゃんか! 二大会連続の選出おめでとう!」
若松は篠塚の肩に右手を置き、左手で腕をぽんぽん叩いた。
「若松だって予備だけど、三回連続じゃんか」
篠塚はそう言うのだが、実際には初回の世界大会は出場は一試合しかなく、今年は予備。素直には喜べなかった。
「何とか今回も三番手か四番手でって思ってたんだけどな。あの秋山ってのに席を追い出されちまったよ」
口では悔しそうな事を言ってはいるが、顔はあまり悔しそうではない。
まあ仕方がない、そんな顔である。
これまで後衛で若松と一緒にやってきた函館の山本と台北の門田は、今回お呼びもかからなかった。
予備でも名前を挙げてもらえただけマシだと若松は言った。
「今回、平均が若いよな。まあ大御所の村田の爺様は置いておくとしても、ほぼ全員が二十代だよ。何か意図でもあるのかな」
篠塚の疑問に、若松は「うちでは年齢よりも選手の特徴に注目していた」と返答。「今回呼ばれたのは、技術よりも速度を重視する選手が多い」と。
すると原が荒木を見て、「確かに」と言って頷いた。
「今回の中で技術で勝負するのって、俺と掛布さん、落合さんくらいですか。確かに仰木監督は何か企んでそうですね」
そんな事を言い合いながら宿舎となる大宿へと向かった。
受付を済ませ、部屋の鍵を貰い、荷物を持ったまま受付横の待合所に向かった。
合宿初日は顔見せだけ。
既に何人かの選手が飲み物片手に歓談をしていた。
そこはやはり、国際球技大会に呼ばれた荒木と、前回の世界大会の選手である若松とは交友の層が違う。
荒木と原はすぐに西崎を見つけて駆け寄っていく。
若松は年齢の近い落合や掛布の下へ向かう。
西崎は同じ函館球団の島田を荒木と原に紹介した。
島田は前回大会で若松、門田の三番手の後衛として数試合に出場している。快速自慢の後衛として北国では非常に評価の高い選手である。
原は何度か瑞穂戦で対戦の経験があり、お久しぶりですという感じだが、荒木は完全に初めましてであった。
なかなか話題に入れないでいると、そんな荒木の肩を誰かがぽんと叩いた。
振り向くと、そこに立っていたのは国際球技大会で一緒だった太宰府球団の伊東であった。
「久々やな、荒木! お前がおらんくなってから、国際球技大会の予選は散々やったんやぞ。今回はくだらん事でおらんくなんなや」
かっかっかと笑いながら、伊東は荒木の背をパンと叩いた。
荒木がバツの悪い顔をすると、それを見た西崎と原がげらげら笑った。
一通り笑うと、伊東は隣に立っていた秋山に、その場の選手を紹介した。
皆が秋山とはあまり面識が無く、どこか余所余所しい挨拶をかわす。
すると原が、「どうやら同じ年齢らしいが、二軍の時には顔を見なかった」と話を振った。
――秋山の話によると、高校時代に芸府球団から勧誘を受けて、育成枠という事で大学に進学していたらしい。
正直なところをいえば高校時代の秋山はそこまで光る所のある選手ではなかったのだそうだ。
大学に進学した後も、ずっと補欠で応援席で応援をしていた。
ところが秋山が二年の時、後衛の選手が怪我をし、急遽秋山が出場する事になった。そこから秋山は徐々に才能が開花し始める。気が付けば大学で不動の後衛となっていた。
そんな秋山に太宰府球団が目を付けた。
当時、太宰府球団は優秀な選手は中盤選手ばかりで完全に後衛が不足していた。そこで急遽金銭移籍される事になった。
即一軍登録はされたものの、それでも最初は五番手。そうなると補欠席に座る機会すらほとんどない。
ところが、その年一人後衛が引退し後衛は四人となり、補欠席に座る機会が出てきた。ただ、それでもやはり出場の機会というものはなかなか得られなかった。
昨年の春、薩摩合宿で後衛の一人が落竜し怪我をした。
繰り上がりで三番手の後衛となった秋山に出場機会が巡って来る事になったのだった。その試合で獅子奮迅の活躍をし、無失点に抑えた事で一気に監督のお気に入りとなった。
そこから秋山は太宰府球団の守備の要となった――
「それで今度は世界大会の選手なのか。何という出世街道……」
そう言って島田が驚嘆すると、他の選手も秋山を憧憬の目で見た。
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