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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第11話 特別市の開催

 月が替わって八月。

 一週目の幕府遠征を終え、多賀城戦を翌日に控えた土曜日。


 杉浦、秦、伊東、栗山、荒木の五人は球団の職員たちと共に輸送車に乗って、朝早くに福田ふくで漁港へ向かった。

 福田漁港にはすでに球団職員たちが来ていて、随所に見付球団の球団旗が掲げられている。

 あちこちに明日試合があるという宣伝広告も貼られている。

 さらに臨時の入場券売り場も作られ、球団職員の方が白群色の法被を着て販売している。


 口コミでお客も結構来てくれていて、初回にしてはかなり盛況といった感じ。

 よく見ると荒木の家の近所の商店街の人が来ていて臨時のお店を出している。他にも臨時のお店が出ているところを見ると、他の選手の地元の商店街から店を出してくれているのだろう。


 するとお客様をかき分けて浜崎がこちらにやってきた。


「荒木! 見てくれよ! 見付中からこんなに人が来てくれたんだよ。大成功だよ、大成功!」


 そう言って浜崎は荒木の背をぱんぱん叩いた。

 浜崎も見付球団の法被を羽織っている。

 「その法被はどうしたのか?」とたずねると、「今回のために急いで発注した」と嬉しそうに言った。「到着したのが昨日で、間に合わないかもしれないと冷や冷やした」と浜崎は笑っている。


「そうだ、荒木。法被の背中に著名してくれよ。著名用の筆は受け取ったんだろ?」


 そう言って浜崎が荒木に背を向ける。みんなに見えるように大きく書いてくれと注文まで付けた。


 気が付くといつの間にやら実行委員会の面々が集まっていた。よく見ると、かつての同級生の見知った顔がある。その委員たちに浜崎がテキパキと指示をしていく。

 とにかく選手の方たちには、実行委員、保安会社の警備員と一緒に市場内をぶらぶらしてもらい、商品を薦めてもらったり著名をしたりしてもらう。

 実行委員はお客様の整理と明日の試合の案内。

 お昼になったら市場の事務室に集合だと浜崎が周知。

 実行委員が一斉に「はい!」と返事を返した。



 そこから荒木は浜崎、保安会社の部長と市場内をぶらぶらと回る事になった。


「代表戦、録画して観たよ。正直、これが本当にあの荒木なのかって目を疑ったよ。高校時代とは全然竜を駆る速さが違うんだもんよう。いや、高校時代も人並外れてたよ。だけど今はそれ以上なんだよ」


 そこまで浜崎が言うと、荒木の熱狂的な応援団の女の子たちががやってきて、荒木に著名をお願いしてきた。

 浜崎はそれを一人づつ一品だけと整理して荒木に署名をさせていく。

 署名をすると荒木は握手をして「いつも応援ありがとうございます」と声をかけた。

 きゃあきゃあと黄色い声をあげる応援団たち。

 「特別市を楽しんでね」と声をかけると、応援団たちは御礼を述べて人ごみに消えていった。


 また浜崎たちは市場を巡り始めた。

 あの会議の後、浜崎たちは見付球団が営業に伺っている商店街に出向き、出店を依頼してまわったらしい。

 それなりに色々な店が手を挙げてくれたのだが、後々、生鮮市場でも同じような取り組みがされるだろうから、今回は鮮魚市場という事を踏まえてやりたいと趣旨を説明。

 結局はお惣菜屋だけが出品するという形になった。

 大型商店からはお菓子屋を出品してもらう事にしたのだそうだ。


 すると一件の暇そうな出店が目に入った。

 浜崎と荒木はそのお店に顔を出し、売っているものを見せてもらった。

 恐らくは普段お店で出しているものを持って来て並べただけという感じなのだろう。これという目玉商品が無い。


「おばさん、この中で自信があるのってどれなの? 俺、それが食べてみたいんだよね」


 そう荒木が言うと、おばさんはこれだと言って肉じゃがを指差した。

 三人で一つを購入し食べてみる。確かに味は良い。だがいまいち訴えかけるものがない。きょろきょろと商品を見渡す荒木と浜崎。


「そうだ! ねえおばさん、これをさ汁ごとご飯にまぶして、一口大の小さなおにぎりにしてみようよ!」


 そう荒木に言われ、おばさんは半信半疑でお櫃に詰められたご飯に肉じゃがを汁ごと入れて混ぜていく。じゃが芋、人参を小さく潰し、お寿司より少し大きいくらいの大きさに握っていく。

 こんな感じかなと二人に渡した。


 一口食べた浜崎が口元をニヤリとゆがめる。

 おばさんにここにある肉じゃがを全部これにしてしまおうと提案した。


「浜崎さん! この肉じゃがおにぎり、めちゃくちゃ美味しいですね!」


 荒木が急に大声を出した。

 その意図に浜崎も気付いたようで荒木を見て笑う。


「おい荒木! あんまり大声で言うんじゃねえよ! まだ作ってる途中なんだからよ!」


 そんなやり取りを聞きつけたお客が一人、また一人と集まって来る。

 そんなお客を警備会社の部長が整理していき、荒木は待っているお客に著名をしていった。


 明らかに軌道に乗ったと感じた二人は忙しそうにするおばさんに背を向け、またぶらぶらと市場を回りはじめた。


 ふと見ると、食堂がとんでもない人だかりとなっている。

 それを見て浜崎が「大当たりだ!」と言って柏手を打った。


「他の漁港でやっていて好評という『自分で作れる海鮮丼』ってのをやってもらったんだよ。一皿に刺身が三、四切れ盛られててな。ご飯だけが入った丼と、その刺身を購入して自分で乗っけるんだよ」


 刺身の値段を考えれば、実はそこまで他で食べるのと値段は変わらない。だが自分で中身を選べるというのが良い。それと刺身を作った時に出たアラはアラ汁として無償で提供している。


 そう説明する浜崎の目は非常に生き生きとしていた。


 市場の時計が目に入った浜崎は、そろそろ集合時間だと荒木に告げた。


「楽しい時間ってのは、すぐに過ぎちゃうもんなんですね。もう終わりの時間だなんて」


 そう言って寂しそうにする荒木に、浜崎は「来月もやるんだからそんな顔をすんな」と笑った。

 それから荒木が何人かに著名をし、集合場所の事務室に向かう途中、浜崎は足を止め、大盛況の特別市をもう一度眺め見た。


「嬉しかったよ。この特別市計画の企画書の中にお前の名前を見た時は。またお前に会えるって思ってな。高校を卒業してから、漁師仲間以外にはほとんど会えなくなっちまったからなあ」


 そう言って浜崎は荒木の顔を見て微笑んだ。

 そこで荒木は昨年の春に川村先輩に会った事を思い出した。

 その時の様子を話すと、浜崎は少し遠い目をして「そうか」と一言呟いた。


 あの時の出来事は胸糞悪い思い出として、未だに浜崎も時折思い出すらしい。

 広岡は浜崎たちにも『社会に出たら良くある事』と言っていたらしい。

 だがやはり浜崎も、良くあってたまるかと内心では反発していたのだそうだ。


「おし、荒木。こうして再会したのも何かの縁だ。呑みに行こう。さすがに今日は明日の試合に差し障るだろうから、明後日くらいにどうだ?」


 そう言って肩に手を回す浜崎に、「いいですね」と言って荒木は微笑み返した。

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