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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第10話 企画会議

 七月の初週に多賀城に遠征、見付に帰って、今橋農業大に『慰労』に行った後、直江津球団との一戦。そして小田原遠征。


 最終週の稲沢球団戦の前に、荒木と栗山は再度球団事務所に呼ばれる事になった。

 通された会議室の机上には、またもや例の資料が。


 予想はしていた事ではあったが、二人はがっくりと肩を落とした。

 ただ、前回と一点だけ異なる点がある。会議室に相馬部長が来ていたのだった。


「君たちも知っている事とは思うのだが、うちの球団は稲沢球団、小田原球団に挟まれている。そのため、その境となる地区の選手の争奪というのは非常に重要になってくるんだ」


 郡西部の大学は残念ながら一色水産大を除いて稲沢球団の手が付いてしまっている。稲沢球団と見付球団では資金力に大いに差があるのだから、これはどうしようもない。

 ただ、小田原球団は稲沢球団ほどには資金があるわけではない。


 小田原球団は相模郡にある球団なのだが、その経営基盤は駿豆郡にも及んでいる。見付球団の経営基盤も駿豆郡に及んでいる。


 今回目を付けたのが『焼津産業大』。

 すぐ東の駿府の大学はすでに小田原球団も手を付けているが、宇津ノ谷峠を挟んだ西側にはまだ手が付いていない。

 稲沢球団と小田原球団とのやり取りというのは、もはや陣地合戦の様相を呈してきており、なんとか今回の訪問を成功させ、藤枝、焼津という辺りを見付球団の影響範囲としてしまいたい。


 頼んだぞと相馬部長は言うのだが、荒木も栗山も何とも気の抜けた返事しか返さない。


「これで今回四度目になるんですけど、これまで成果みたいなのってあるんですか? 少なくとも俺たちは全く手応え的なものは感じていないんですけど」


 その荒木の指摘に栗山も頷く。


「少なくとも、これまで行った三か所は、うちの提携先になると言ってきてくれているよ。これこれこういう懸念があるからその辺りを考えて欲しいという要望も貰っている」


 これまではどれだけお願いしてものんびりと回答をはぐらかされていたが、訪問した後は向こうから積極的に提携の話に乗って来てくれたらしい。



 渋々という感じで二人は承諾した。

 ところが、訪問前日になって、荒木だけが呼び出される事になった。


 会議室に神妙な面持ちの右近が座っており、荒木を見ると椅子に座るように促した。


「荒木君。実はね、今回の訪問なんだけどね、先方から荒木君を変えて欲しいという申し出があってね。急遽秦君に行ってもらう事になってしまったんだよ」


 右近の表情には無念さがにじみ出ている。

 そもそも荒木は進んで行きたいと思っていたわけでは無く、行かなくて良いならそれに越したことは無い。

 ただ、突如、それも向こうから交代を要請してきたというのはただ事ではない。その原因が知りたかった。


「例の虚偽報道だよ。殺人容疑のかかっている人が来るのは好ましくないと言ってきたんだ。あれは事実に基づかない中傷報道だって私も言ったんだけどね。目的を考えたら向こうの感情に合わせた方が良いだろうという事になってしまって」


 実に腹立たしいと右近は憤った。

 しかも、向こうの部員の多くは荒木が来る事を望んでいるという。だが監督としてはそういう噂がある以上は看過はできないという事なのだそうだ。


「仕方ないですよ。報道は未だに俺が犯人だって記事書き続けてるんですもん。さらに言えば、警察に連れて行かれて取り調べまで受けたんですからねえ。あの時、法務部の市川さんがいなかったら、今頃俺は冷たい牢獄の中でしょうから」


 仕方無いと口では言う荒木であったが、その表情は決して穏やかなものではなかった。ため息をついたところを見ると、右近も仕方がないと思いながらも、どこか納得のいかないものがあるのだろう。


「今回の代わりといってはなんだけど、例の特別市の件ね、福田ふくで漁港さんが乗って来てくれてね。試しにやってみようって話になってるから、荒木君はそっちをお願いできるかな?」


 申し訳なさそうな顔ですまないと謝罪する右近に、荒木は何も言えなかった。


 「わかりました」と言って部屋から出た荒木だったが、廊下を少し歩いてから何か違和感に気が付いた。

 よく考えたら、面倒事の代わりに面倒事を押し付けられたのに、なんでそれに感謝をしなければいけなかったのだろう。


 ……しまった。上手い事騙された。



 稲沢球団戦が終わった二日後、練習を終えた荒木と杉浦は、広報部から呼び出しを受ける事になった。

 例の特別市の打ち合わせのために漁港から担当者が来る事になったのだそうだ。


「最初は生鮮市場も鮮魚市場も話をした時には渋っていたんだがね。鮮魚市場の方が若手の漁師さんたちから是非やって欲しいという意見があがったようでね」


 という事でこれから鮮魚市場の担当者と漁港の担当者、それと漁師から一人、計三人が来る予定になっていると吉野課長が説明した。

 まだ決まっている事は何も無く、これから全て詰めていく事になるのだが、当然こちらと向こうで色々と意見の食い違いは出るだろう。

 なお、生鮮市場の方は鮮魚市場の評判を見てと言ってくれている。なので初回からある程度成功と言える結果を残したいというのが広報部の総意なのだそうだ。


 吉野は時計を見ると、「そろそろお見えになる頃だ」と言った。

 そこからほどなくして、扉がこんこんと叩かれ、三人の男性が入って来た。


 その一人が荒木に向かって手を振る。

 思わず荒木は硬直してお辞儀をした。


 若手の漁師の意見をまとめ上げ、漁港に申し入れた人、そして今回漁師の代表としてやってきた人、それはかつて福田水産高校で部長をやっていた浜崎であった。


「お久しぶりです浜崎さん。しばらく見ないうちに真っ黒に日焼けして、すっかり漁師さんですね」


 真っ先に荒木がそう言って声をかけた。

 「そうだろう」と言って浜崎が笑う。

 すると市場の担当と漁港の担当が、「本当に荒木選手と知り合いだったのか」と驚いた。

 「だから最初からそう言っている」と笑う浜崎。


 お茶が各人に配られ、まずは吉野の方から企画のあらましが説明された。

 その後、市場の担当から、こちらはこういう催しを考えているのだがどう思うかという提案がなされた。


 球団からどれだけ企画の提案をしても、実際にそれを開催してくれるのは市場である。市場の担当者は、企画の内容から市場の権限でやれる事をいうものを提示してくれた。


 浜崎たち漁師はお金が貰えればそれで良い。

 漁港としては、なるべく水揚げしたものが多く売れる事が重要となる。


 その一方で市場はいわゆる『仲買い』であるから、そもそもの通常の販路というものがある。その商品を特別市に出すわけにはいかない。

 そうなると出すのは普段市場の自分の店で売る物という事になる。だがそれでは特別市の意味が無い。

 その日のために生簀に貯めて置くとしても、それにしても何か目玉となるようなものが欲しい。


 漁港で出ている案は、漁師の奥さんたちで構成されている『婦人会』という組織があり、そこで何かしらのお惣菜を作って売ってはどうかというものらしい。奥さんたちも小遣い稼ぎができるし、福田漁港の特産も宣伝でき一石二鳥ではないかと。

 その案に吉野が面白そうだと賛同した。


 すると、こういうのはできないのかと杉浦が手を挙げた。

 それは市で魚を捌いて切り身にして売ってもらうというもの。実は杉浦は結構魚が好きなのだが、杉浦も奥さんも魚を捌けないらしい。

 だが市場の担当は渋った。仲買いはそこまで余裕が無いから人手が足らないと指摘。


「そんなの、若手の漁師に小遣い稼ぎしないかって声かければすぐに集まりますよ。魚の捌けない漁師なんていないんだから」


 浜崎の指摘に市場の担当はなるほどと頷いた。

 そこからも、浜崎はこんな事ができるかもしれない、あんな事はどうだと案を出していった。


 すっかり社会人になった浜崎を見て、自分と浜崎は乗った列車が違うんだと強く実感したのだった。

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