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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第9話 夏の恒例行事

 ホルネルが入団して数日後、荒木は球団事務所に呼び出された。


 いくつか呼び出しに思い当たる案件はある。

 例の報道の件、美香の借金の調査の件、集客案の件などなど。


 事務所に行くと受付の女性から営業部を案内された。

その時点で、荒木は嫌な予感しかしなかった。


 どうしても昨年の今頃の話を嫌でも思い出してしまう。

 そうでないと良いなと思いながら会議室の扉を開けたのだが、そこにはどんよりとした顔をする栗山の姿が。

 そして机上には何やら見慣れた資料が。


 それを見た荒木は無言でそのまま扉を閉めて帰ろうとした。


「おい! こらっ! 逃げようとするんじゃない!」


 「二人して同じ反応しやがって」と右近課長が文句を言う。

 つまりは栗山も無言で逃げようとしたという事である。


 机上に置かれた資料、そこには『女子竜杖球』の文字が記載されていたのだった。



「昨年の大学訪問が非常に好評でねえ。来年の仮開催に向けて何人か契約が貰えたんだよ。そこで今年もと思ってねえ」


 右近は嬉しそうに言うのだが、どうにも荒木、栗山とは温度差のようなものがある。

右近からしたら水着の女子大生が見れるというだけで、眼福だというに、こいつらは何をそんな贅沢を言っているのだという気分であった。


「そりゃあね、右近さんは女子大生たちに悪絡みされたりしないですもん。俺たちは服脱がされたり、酒を飲めって強要されたり、人によっては股間に手を回して来る娘までいるんですよ」


 そんな荒木の抗議も、右近は一言、「羨ましい限り」と言っただけであった。


「良いのかい? 荒木君、そんな態度を取って。昨年、一色水産大に行った時、君『ずいぶんと楽しそう』だったじゃないか」


 何の話ですかとたずねる栗山に、右近はちらりと荒木を見て、それ以上は言えないと回答。

 その右近の一言で荒木は陥落した。


 「今年はこの大学に行く事になった」と言って右近は資料をめくるように二人に指示。

 そこには今回向かう大学名『今橋農業大学』が書かれていた。


「そこの大学はね、すでに契約の決まっている選手がいるんだ。だから今回は基本的にはその選手を重点的にもてなす感じになる」


 そう言って右近はぱらぱらと『秘』と判のされた資料をめくっていく。

 何枚かめくり、この女性だと言って荒木に差し出した。


 まずぱっと見でその女性に見覚えがあった。

 そしてその苗字に嫌な予感しか覚え無かった。


 無言で栗山に資料を渡す。

 すると明らかに栗山の態度がおかしくなった。普段の爽やかな笑みは無くなり、あからさまに顔が強張っている。


「あの……今回もちょっと辞退したいんですけど……駄目でしょうか?」


 写真をちらちらと眺めながら栗山は右近から顔を背けた。

 この女性が何かあるのかと右近が栗山を問い詰める。


「実は、その……この娘俺の幼馴染なんです。実家も近所で。ちょっとそういう娘に色仕掛けをするというのに抵抗があるんですよね」


 この『労い』の事を栗山が『色仕掛け』と言った事で、右近の態度が明らかに険しいものとなった。

 節度ある大人なのだから、そんなくだらない事が言い訳になるわけがないだろうと指摘されてしまったのだった。


 荒木としても辞退したかったのだが、そのせいで切り出しづらくなってしまった。

 もう一度だけ荒木はその女性の写真を見た。


 『武上咲楽(さくら)


 高校の時の顧問だった武上先生によく似ている。そしてその苗字。これだけ似ているという事は恐らくは妹なのだろう。


 絶対に逃げるなと右近に念を押され、あからさまに渋々という表情で二人は会議室を出た。



 「はあ」とため息をつく栗山に荒木は自分の推測が正しいかどうか確認をした。


「なあ、栗山。さっきさ、あの女性の事をお前幼馴染って言ってたよな。もしかしてさ、武上由香里って人も幼馴染だったりする?」


 武上先生の名前を出すと、栗山はばっとこちらを向いた。

 昼間に幽霊でも見たかのような顔で、「なんでその名前を知っているんですか?」と聞いてきた。


「由香里さんは咲楽ちゃんのお姉さんですよ。三姉妹で一番上が由香里さん、二番目が杏子あんず、咲楽ちゃんは三女です」


 長女がさん付け、次女は呼び捨て、三女はちゃん付け。

 栗山は気付いていないかもしれないが、恐らく年齢的にも次女と栗山が何かしらの関係がある事が、その一言で推察できてしまった。


「そうなんだ。どおりでなあ。実は長女の武上先生って、俺の高校時代の部活の顧問だったんだよ。そうなのか。妹か。どおりで武上先生に顔が似てるはずだ。で、杏子さんとお前はどういう仲なの?」


 すると栗山はぶっと噴き出して、黙ってしまった。

 それでもなお栗山をじっと見つめて無言で問い詰め続けると、ついに観念した。


「……高校時代に付き合っていました」


 過去形で言うという事は別れてしまったのだろう。そして、ここまで嫌がるという事は妹にも顔が知れているという事だろう。

 確かにそれは嫌かもしれない。



 残念ながら日付というものは無常にも過ぎていくもので、今橋農業大学に行く日を迎えてしまったのだった。

 そうは言っても、もう栗山の事は忘れているかもしれないから。右近はそう言って栗山を宥めた。


 だが、栗山の不安は杞憂には終わらなかった。


 栗山を見るなり咲楽は『お兄ちゃん』と呼び、他の部員からきゃあきゃあと囃し立てられる。

 昔一緒にお姉ちゃんと遊びに行ったよね、最近『ちい姉ちゃん』とはどうなっているのと大はしゃぎ。


 まずは一緒に基礎練習を行い、その後荒木たちも混じって練習試合となった。

 咲楽は中盤の選手らしく、他の選手から球を受け取っては別の選手に渡していく。恐らくは『お兄ちゃん』を見て色々と学んでいるのだろう。動きが栗山にそっくり。

 さすがにもう職人選手としての契約が決まっているだけあって、練習試合での咲楽の動きは群を抜いていた。


 練習が終わると、全員水浴びをし、着替えてから居酒屋へ行き飲み会となる。


 栗山を見てから咲楽は栗山にべったりとくっついている。

 そんな咲楽を他の部員たちは二人だけにしてやろうと気を使い、その分荒木に殺到。

 そのせいでなんとなく栗山と咲楽は二人で何やら思い出話に花が咲き始め、最終的にはかなり良い感じの雰囲気を醸し出していた。


 一方の荒木は元気な女子大生に囲まれて、下着一枚になるまで服を剥ぎ取られ、その一枚を最後まで死守。

 では宴もたけなわという事で、右近、荒木、栗山の順に挨拶をしていき、会はお開きとなった。


 当然のように栗山と咲楽は気が付いたらいなくなっていた。

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