第8話 新入団選手
こんなギリギリの時期にヘラルトが退団してしまい、補充はどうするのだろうという事が選手たちの間でしきりに話題となっていた。
「さすがにこの時期に新たな外国人って事はないだろうから、その分二軍から昇格なんじゃねえか?」
そんな話を尾花がすると、それなら恐らく荒井、池山、高野といった辺りだろうと小川と秦が言い合う。
「面白いのは池山ですかねえ。荒木とは相当相性良いと思いますよ。何せ打った本人ですら、打球がどこに飛ぶのかわからないってんですから」
そう言って秦が大笑いする。
口には出さなかったが、高校時代にそんな奴がいた事を荒木は思い出していた。
それと同時に当時の一年生たちの事を連鎖で思い出し、貝塚の事を思い出した。
そして……
「どうした、荒木? 顔が赤いぞ? 池山となんかあったのか?」
荒木が話を聞いていない間にどうやら池山の話で盛り上がっていたらしい。
荒木が首を横に振ると、秦と小川は何やら納得した。
「だよなあ。荒木には決まった女性がいるんだもんな。池山と風俗通いなんてしたら、例の彼女が許さないよなあ」
そう言って小川が大笑いした。
池山のやつが北国でそんな事をしてた事の方に荒木は驚いている。
「何? 小川は荒木の彼女って見た事あるの? 若松さんは知ってるらしいんだけど、俺どんな娘か知らないんだよね」
尾花が興味津々で小川にたずねる。
普段飄々とした態度の尾花にしては、ずいぶんと嬉しそうな顔をしている。
変な事を言うなと荒木が視線で小川に合図を送る。
「いやあ、俺は何だかんだ言って毎回空振りで、実際に見たのって一回だけなんですよね。苫小牧の裏路地で腰まで切れ目の入った際どい服装着て、けばけばしい化粧してて」
小川がそこまで言うと、秦もそんな感じだったと頷いた。
「へえ。荒木ってそういうのが好みなのか。それは確かに池山と趣味が合うかもしれねえな。年俸上がってそういう店で使いすぎないように気を付けろよ」
そう言って尾花が荒木の肩にぽんと手を置いた。
「いやいやいや。違いますって。あの時は仕方なく変な店で働いてたってだけで。小川さん酷いじゃないですか。小川さんだって大型商店でお惣菜作ってたとこ見た事あるでしょうよ」
荒木が本気で怒りだしたのを見て、小川は「そう言えばそんな姿も見た」と慌てて発言を修正。
「……昼は総菜屋のおばちゃんで夜は娼婦? なんかずいぶんと生活に疲れてんだな、その娘」
そう言った尾花に、もはや荒木は訂正する気力を失ってしまった。
六月の末日。
見付球団の選手たちは二日後に迫る多賀城球団戦のために、多賀城で最終調整を行っていた。
ところがいつまでも経っても監督の関根が多賀城に来ない。
「丸山さん、監督はどうしたんですか? お爺ちゃんだから腰でもやりましたか?」
秦としては何気ない会話のつもりで指導者の丸山にたずねた。
それを聞いていた荒木と広沢が大笑いし始めた。荒木は「痛風なんじゃないか」と言って笑い、広沢は「階段を降りて膝を傷めたんじゃないか」と笑い出す。
「おいおい君たちねえ。いくら温厚な関根さんでも今のを聞いたらさすがに怒るよ。今日入団の選手がいるから挨拶に行ってるんだよ」
なんだそうなんだと、三人は丸山の発言を流そうとした。
だが少しして、丸山が重大な事を言った事に気が付いた。
「え? 新入団選手? 俺たち何にも聞いてませんけど」
そう言った荒木の声は驚きのせいで少し大きく、他の選手も何の事だと言って集まって来てしまった。
「仕方ないよ。何せ入団が正式に決まったのが昨日なんだもん。関根さんも急遽挨拶に行く事になっちゃってね。そうそう、そんな事だから今度の試合の指揮は俺が取るから、しっかりと頼むよ」
どうにも丸山の話はふわふわとしていてよくわからない。
そんな丸山の話を最初に理解したのは若松であった。
「それってもしかして、今、関根の爺様は瑞穂にいないって事?」
そう若松がたずねると、選手たちが急にざわつき始める。
「そうだよ。今、ポンティフィシオに行ってる。良いよね。俺も行ってみたいよ。ポンティフィシオ」
一瞬静まって、選手たちは一斉に驚愕の声をあげた。
ポンティフィシオ法国は中央大陸の西部の国。
竜杖球の最も盛んな国の一つである。
国家元首は中央大陸の西部で広く信仰されている一神教の教皇。
国内には大昔の遺跡が数多く残っていて、観光業で非常に潤っている。だがそれだけの国ではなく、工業と農業も非常に盛ん。
競技を見るのが好きな国民性という事もあり、色々な競技が職業化しており、代表戦にも異常な強さを誇っている。
丸山の話によると、新たに契約した選手はサルヴァトーレ・ホルネルという中盤の選手。代表には呼ばれるという事は無いのだが若手の有望株なのだとか。
ロベルト・パウの失敗から、見付球団の海外視察団は、他の球団がよく視察に行く瓢箪大陸南部を完全に見限ったらしい。例え良い選手だとしても、素行が悪かったり、道徳が無かったりしては意味が無いという事にやっと気が付いたとみえる。
ただ、中央大陸の西部は気位の高い人が多い。
以前にもこの地区の選手とは契約した事があるのだが、とにかく瑞穂人を見下す者が多い。正直なところをいえばヘラルトと契約をしたのだって、駄目で元々という感じだったのだとか。
話を聞き、若松もそこをかなり心配している。
「その辺は大丈夫じゃないのかな。瑞穂が好きで前から行きたいと思っていたって言われたそうだから。まあ、言って俺もそれ以上の情報は持っていないんだけどね」
そんな事だから勝ってその外国人選手をお迎えしようじゃないかと言って、丸山は選手たちを練習に戻らせた。
七月に月が替わった。
代理の丸山の指揮で多賀城球団戦には勝利。
見付に戻った選手たちに球団事務所から招集がかかったのだった。
大会議室で思い思いに腰かけていると、関根が営業部長の相馬と共に入室してきた。
二人ともポンティフィシオで購入したと思しき感じの良い襟締めをしている。よく見るとお揃いの襟締めである。どうやらかなりポンティフィシオ観光を満喫してきたようで、手には土産の菓子まで持っている。
相馬が外にいる人物に入れと声をかけた。
竜杖球の選手なのでそこまで背は高くは無いのだが、とにかく四肢が長い。髪は結構な癖毛で色は焦げ茶。顔が細長い。普段はかなり髭が濃いのであろう。剃り跡で頬だけでなく口の周りも青くなっている。
注目を浴びて少し緊張していると思しきホルネルは、激しく身振り手振りを交えて通訳と何やら話をしている。
相馬から紹介を受けると、ホルネルは何やら母国語でごちゃごちゃと挨拶をした。 子供の頃に写真で見てからずっと瑞穂に来たかったんだとホルネルは言っているらしい。
すると通訳越しでなくともはっきり何を言ったかわかる単語が飛び出した。
「オニギリ、スシ、ラーメン、オセンベー、マンジュー、ヤキソバ、ウドン、ソバ……」
選手たちは一斉に笑い出した。
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