第7話 退団
今年の見付球団は実に好調で、首位こそ幕府球団に譲っているものの、稲沢球団を抜いて二位に付けている。
その原動力は四点だと監督の関根は分析しているらしい。
一点目は若松、杉浦、広沢の三人による鉄壁の守備。
若松、杉浦はこれまでも鉄壁の守備を誇っていた。だが毎回その二人が出場というわけにはいかない。
交代要員として青木がいたのだが、杉浦と青木の時が微妙に息が合っていなかった。
それが広沢に変更になって、若松が欠場しても守備に安定感が出た。
二点目は中盤の栗山。
栗山はとにかく支配範囲が広い。竜を休ませるのが上手で、移動距離が多いわりに竜の疲労があまり溜まっていない。さらに守備も上手く、竜杖の扱いも正確。
恐らく現在の見付球団の中でもっとも優秀な選手といっても過言では無いだろう。
三点目は先鋒の荒木。
その竜を走らせる速さは恐らく瑞穂一であろう。
栗山の同期の太宰府球団の渡辺がもしかしたら最速かもという噂はある。だが、渡辺は荒木のように正確に竜杖を扱えない。おまけに竜杖を振る際に竜の速度が落ちる。荒木にはそれが無い。
そして最後が中盤のヘラルト・ファン・デル・レー。
これまでの見付球団の最大の欠点が後衛から先鋒へどうやって球を繋ごうかというものだった。
渋井、渡辺、大杉という面々では、安定して先鋒まで球が届けられなかったのだ。
初速の早いヘラルトは確実に後衛から来た球に追いつき、それを前線に送り届けられる。
六月の最終週、本拠地にて首位の幕府球団を迎える一戦を前に、見付球団に衝撃が走った。
六月の初週の多賀城戦の後、南府球団から交渉人がやって来たという噂があり、誰かが引き抜かれるのではという噂が立っていた。
最初は荒木じゃないかと噂されていたのだが、荒木はそれを否定。では栗山かという話が出たのだが、栗山も否定。
元々選手の金銭移籍は規約で六月いっぱいまでとなっており、どうやら交渉は決裂したらしいと言い合っていた。
だが、残念ながら交渉は成立してしまっていたのだった。単に移籍の日付が月末だったというだけであった。
引き抜かれたのはヘラルトであった。
どこの球団も外国人選手を一人二人獲得している。
だが、外国人選手は基本的に瑞穂人を見下している。ヘラルトのように自分から瑞穂人の一員になろうなどと努力してくれる人は希少なのだ。
実はこの話には引き金のような事件があった。
昨年の十月、多賀城球団のニクソン・デービスが麻薬使用で逮捕されている。しかも多賀城球団の選手が数人同様の容疑で逮捕され、球界を追放処分となっている。
デービスは国外追放となり、契約も強制解除となった。
今年に入り、多賀城球団はデービスに代わる選手としてパウロ・リベラというマラジョの選手と契約した。ところが他の選手と喧嘩し、四月の中頃に一方的に契約を破棄して帰国してしまったのだった。
慌てた多賀城球団は、南府球団からスロボダン・オグリヴィッチという選手に金銭移籍を仕掛けた。
瑞穂の選手に比べると外国人選手というのはその球団への愛着というものが薄い。オグリヴィッチはあっさりと移籍に合意。
ところが南府球団はそこから敗戦が続き、慌ててオグリヴィッチに代わる選手を探した。
そして南府球団が白羽の矢を立てたのがヘラルトであった。
ヘラルトは拒んだ。今の環境が自分は気に入っているからと言って。
だが、その南府球団の提示した金額を見たヘラルトの妻が南府が良いと言い出し、抗えなくなってしまったのだった。
「ミナサンと、モット、イッショがヨカッタヨ」
選手たちだけで集まって、いつもの『居酒屋 鼈甲蜻蛉』でヘラルトの送別会を開いた。
乾杯する時には、皆で笑顔で送り出そうなんて言っていたのだが、少し酒が入ったところで真っ先にヘラルトが号泣してしまった。
「嫁さんに反対されちまったんだろ? 仕方ないじゃないか。俺たちだってずっと一緒にやりたかったさ。ヘラルトみたいに一員になりたいって思ってくれる外国人を俺は初めて見たからな」
そう言って慰めたのは人情家の八重樫であった。
八重樫もよく見ると瞳が潤んでいる。
その後、ヘラルトが母国語で何やら喚きながら言ったのを通訳が訳した。
いまいち聞き取りづらいのだが、どうやら見付球団は今まで所属してきたどの球団よりも暖かかったと言ってくれているらしい。
これまではどの球団でもお前が俺たちに合わせろ、合わせられないならお前には用はないという態度を取られた。
ところがこの球団は全くの逆で、私の良いところを何とか見つけようとしてくれた。おかげで自分がどんな特徴の選手なのか自分でも気付く事ができた。
皆さんのおかげだと泣きながら言っているらしい。
「うちは他所と違って貧乏だからな。一度金を出したらとことん利用しなきゃ損って思ってるだけだよ。そういう貧乏根性が沁みついてるんだよ」
「だからそんな風に重く受け止める必要は無いんだ」と笑いながら大杉がヘラルトの肩を叩く。
それを通訳が笑いながらヘラルトに訳すと、ヘラルトはまたも何やら泣きながら母国語で言い始めた。
「南国球団に行きたく無い」と駄々をこねてしまってると通訳は困り顔をした。
「ヘラルトが来てからの一年、確かに俺もこんなに一緒に呑みに行った外国人はいなかったなあ。言葉は通訳さんいないとよくわからないんだけどさ、何か楽しいんだよな」
そう言って若松は麦酒の入った器を口に付けた。
若松が一軍に来てからも何人もの外国人が入団している。
中には露骨にこっちを見下して、「跪いて酒を注げ」と言って来た奴もいた。
話しかけると「気安く声をかけるな下郎が」と言って来た奴もいた。
試合で自分の思ったところに球が来なかったと言って「差別を受けた」と喚き散らした奴もいた。
薩摩合宿の初日に酔っぱらって机を蹴り飛ばして警察沙汰になって強制送還なんて奴もいた。
選手の私物を盗んで質に売っていたなんて奴もいた。
本当に思い起こせばこれまで来た外国人は、どいつもこいつも、ろくでもない奴ばかりだった。いや、まともな奴が一人もいなかったと言っても言い過ぎでは無いかもしれない。
あまりにも道徳心が無く自己中心的。これが本当に同じ人類なのだろうかと疑問を覚える事も多かった。
もしヘラルトが来なかったら、外国人というのは皆そういう奴らなんだと信じて疑わなかっただろう。
麦酒の瓶をヘラルトに向け、若松はヘラルトの名を呼んだ。
「だんくう ヘラルト。楽しかったぜ。南府球団で優勝して、瑞穂戦で再会しようじゃないか」
通訳が訳し終えると、涙でぐちゃぐちゃの顔のヘラルトは席を立ち正面の席の若松の手を両手で取った。
「ダンクー、ワカマツ! ミズホセン、ワタシ、ゼッタイ マケナイネ!」
「もう勝った気でいる」と杉浦が指摘すると皆が笑い出した。
「問題はうちらが瑞穂戦に出れるかどうかだ」と秦が指摘すると、ヘラルトまで笑い出してしまった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。