第6話 焦る連盟
結局、連盟は荒木を代表に復帰させられないまま、アマテ戦を行う事になった。
それでも善戦できればまだ良かったのだろうが、〇対五と試合も惨敗。
最終的に瑞穂代表は七か国中五位で予選敗退となった。
一時期二位に付けていただけに、報告会議ではこの結果について喧々諤々の議論が巻き起こった。その中でもっとも話題となったのは当然荒木の代表追放の件であった。
その際に資料として提出された一つの新聞記事が会議に出席した人たちを愕然とさせた。
今回、荒木の件を大々的に報じたのは、かわら新聞系の競報新聞。
そして、それに対抗した記事を書いていたのは、産業日報系の日競新聞。
かつて瑞穂は五大新聞、通信二社と呼ばれる報道体制であった。
かわら新聞、子日新聞、瑞穂政経日報、日進新聞、産業日報。それと日報通信、東西通信。
その中の日進新聞は反社会組織『竜十字』と共に国内の内乱に加担した事が明るみになり倒産。
子日新聞は中傷記事による賠償請求裁判に敗訴、多額の賠償金を支払う事になり、こちらも倒産。
さらに両社から支援を受けていた東西通信も連鎖倒産する事になった。
その関連で週刊誌などを発行していた出版社や、放送局、放送製作会社などが軒並み連鎖倒産。
その後、残った三新聞と日報通信社によって各放送局や週刊誌といった多くの報道機関を含めて、新たに設立された報道協会の下で報道の信頼回復に努めてきた……はずだった。
ところがその中心となる四社の内、かわら新聞と日報通信が手を組んで荒木選手に対し中傷報道を行った。
両社は事実だと言い張っているのだが、今回ここまで傍観し続けていた瑞穂政経日報がこれまでの経緯という記事を掲載したのだった。
その記事には、ここまでのかわら新聞と日報通信の記事が時系列純に紹介されていた。その後ろには、それによって発生した出来事が記載されている。
記者が空港で出待ちし、荒木選手が逃走を余儀なくされた事。
記者たちが連盟本部を取り囲み、荒木選手の追放を訴えた事、さらにその際に複数の女性職員が記者から暴行を受けている事。
連盟がそれに屈し荒木選手を代表から追放した事。
記者たちが見付球団の事務所を取り囲んで解雇を訴えた事、その際にも複数の女性職員が記者から暴行を受けている事。
そうした数々の記者による事件の後で、発端である証言者の『景子(仮)』が仕立て上げられた嘘の人物であった事が記載され、最後に本物の『景子(仮)』が殺害されていた事が記載された。
そして、その殺人容疑で荒木選手が警察で取り調べを受けた事も記載。
客観的に見て、これら一連の騒動は、全てかわら新聞と日報通信による捏造報道で、それを信じ込ませる為に強引にあらゆる権力に働きかけたものと推測され、断じて許されざる行為だと言わざるを得ないと記載されている。
最後に、かわら新聞と日報通信の脅しに屈した室蘭郡警、連合警察、並びに竜杖球連盟は、今すぐに何かしらの声明を発表すべきと考えるという一言で記事は締められていた。
第三者である瑞穂政経日報の記事は非常に重かった。
会議でも荒木選手への記事が中傷報道だった事に異を唱える者はほとんどいなかった。これまでと異なり、異を唱えても冷ややかな目で見られるだけであった。
問題は連盟としてこれからどのような対応をとっていくべきかという事に移っている。
こうして、六月の末、連盟会長の武田が記者会見を開く事になったのだった。
まず武田は、今回の件を最初から捏造だと記事にして報じ続けてくれた日競新聞に対し深く礼を述べた。
次いで、この記事をまとめ上げてくれた瑞穂政経日報にも礼を述べた。
その後、以前も同じ事を述べたがと前置きをして、連盟が行った荒木選手への扱いは完全に不当であったと述べ陳謝した。
ただ、荒木選手に対し逮捕状が出され、調べが行われたという件は警察から一切報告を受けていない。そもそも記事には他殺とはどこにも書かれていないのに、どうしてそのような事になったのか、連盟としてその経緯の報告を強く望むと述べた。
「何にしても、これでお前さんへの過熱報道はひと段落だろうな」
昼休みに球団事務所の食堂で一緒に食事をしていた若松が中継を見てそう言った。
「連合警察はまだ俺が殺人犯だって言って捜査を続けているらしいですよ。俺、婆ちゃんのお見舞いに行ってるから、どうあっても北国で宿泊して犯行に及ぶなんて無理なのに」
中継に報道の記者が映り、荒木はその記者を睨みつけた。
若松が画面を見ると、記者は腕に競報新聞という腕章をしていた。
警察に連行され取り調べを受けた後、日競新聞の猪熊から連絡が入っている。
猪熊がその事を吉田局長に報告したらしい。吉田は競竜の会派を通じてあらゆる方面に広く情報網を持っているそうで、その経緯を探ってくれたらしい。
それによると、どうやら室蘭郡警から連合警察に対し複数の証拠の提出がされ、荒木を逮捕するようにと要請があったらしい。
産業日報の北国支部からの報告では、どうやら一部の記者がしつこく室蘭郡警を焚きつけているのだそうだ。
その記者は地元の室蘭新聞の者なのだが、背後に何かあるのではないかと北国支部が調べているらしい。
連合警察の捜査本部は、調べれば調べるほど当日荒木が見付にいたという証拠が出てきてしまい、困惑してしまっているらしい。
ただ、取り調べをしてしまった以上、無実の証拠が出てもそれを無視して犯人であるという方向で捜査すべきという意見も連合警察の捜査本部内にあるらしく、まだ予断を許さない状況なのだそうだ。
「はあ? それじゃあ今、連合警察の奴らはお前を冤罪でとっ捕まえようって必死に証拠探ししてるってのか? おいおい冗談だろ? どうなってんだこの国の治安維持は……」
眉をハの字にして秦が憤っている。
どうなっているんだは、荒木が聞きたい事である。
「そんな事のためにうちらの税金が使われてるって思うと、なんであんなくっそ高い税金を払わにゃならんのだって思いますね。この件が明るみになったらまた前みたいに総督が集まって供出金を下げるって騒ぐかもしれませんね」
そう言って栗山が笑うと、若松もゲラゲラ笑い出した。
だが、荒木はいまいちわかっておらず、愛想笑いを浮かべている。
秦もどうやらよくわかっていないらしく似たような表情をしている。
「その『供出金を下げる』って連合政府で何かあった時によく報道なんかで聞きますけど、何の効果があるんです?」
そう秦が若松にたずねた。
すると若松は呆れ顔をし、栗山の顔を見て説明するように促した。
「瑞穂皇国って国はあるんですけど、うちらはあくまで東国の国民なんですよ。連合政府ってのはあくまでうちら東国や西国たち各国を調整するためにあるんです。ようは各国が連合政府を雇ってるみたいな形なんですよ」
そう栗山が説明すると、秦はポンと手を叩いた。
「なるほど。つまりはあんまりいい加減な事やるようなら、お前らの給料を下げるぞっていう脅しって事なんだ! 総理大臣なんて偉そうに肩書付けてるけど、存外立場が弱いんだな」
秦がゲラゲラ笑い出すと、「中学生の時に習ったはずなんだが」と若松がチクリと指摘。
秦の笑い声が一気に乾いたものに変わった。
栗山と若松が秦と荒木を交互に見る。
荒木はそっと若松たちから顔を背けた。
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