第4話 さらなる集客案
多賀城戦を終え、直江津遠征を終えた後、久々に浜松の大宿に美香に会いに行った。
梅雨の晴れ間、空気は澄み、浜松の町は昨夜の雨で汚れが洗い流されたかのように、水滴が輝いている。
駅前の喫茶店で待ち合わせをしたのだが、先に来ていたのは美香の方であった。
今まで見た事の無い、恐らくは買ったばかりの若緑のワンピース。そして長く伸びた髪は綺麗に編んで肩から前に垂らしている。
お店に入ってすぐに美香はこちらに気が付いたようで、手を振って合図してくれた。
向かいの席に腰かけて、珈琲を注文。
「ほんとに見付球団って応援団が少ないよね。なんであんなに圧倒的に応援団がいないんだろうね」
美香の第一声がそれであった。
久々に会った二人の会話の一発目がそれなのかと思うと、思わず乾いた笑いが口から洩れる。
だが、考えてみれば美香は応援団一号。二人の共通の話題としては無難な所なのかもしれない。
「あれでもさ、昨年一年で応援団はもの凄い増えたんだよ。昨年のこの時期は俺が点を決めたって、観客はうんともすんとも言ってくれなかったんだから」
少し拗ねたような顔で言う荒木を美香がクスクスと笑う。
あれから色々な選手が地元の商店街に掛け合って、宣材広告を貼ってくれたり、見付球団の旗やのぼりを立ててくれたり、見付球団が勝ったら安売りを仕掛けてくれたりといった事を行ってくれている。
地元の商店街に入場券を配布し、ある程度買い物をすると入場券が貰えるという制度も作ってもらった。
そのおかげで商店街は活気づいている。
これまでもこうした地元との取り組みというのは行ってきてはいた。
だが、それは見付駅前通りや大型商店に限られており、見付市内の他の商店街は蚊帳の外であった。
今回、荒木の地元の掛塚以外にも若松宅のある白拍子など見付市内のあちこちの商店街に同じ取り組みをしてもらっている。
今では、漁港のある福田、球団事務所のある大之郷、球場のある三ケ野台を中心にかなり地元商店街は盛り上がりを見せている。
大型商店に流れがちだったお客を商店街に引き留める事ができたらしく、これまで見なかった客が増えたと商店街の方たちは喜んでくれている。
確かに集客は増えた。普段来ない人がそれを機に球場に来てくれたというだけでなく、家族や友人を連れて来てくれたという事も実際に結構起きている。
ただ、残念ながら現状はそこで止まっている。
元々商店街はどの店も閉店寸前で、それが延命できたというだけで、球団に支援してくれたお店はごく一部のみ。思っていたほどには、球団の収益には繋がっていないのだそうだ。
「俺、単純に観客が増えれば球団の収益が増えるっていう認識だったんだけど、そういうわけじゃないんだね。入場券の収入って球団の収入からしたら、一部でしかないんだって」
飲んでいた珈琲を机に置き、荒木はため息をついた。
その態度から、恐らく裏で何かあったんだろうなという事は美香にも察しがついた。
「今の話からすると、つまりは入場券よりも出資者が増えないと根本的な球団の収益改善にはならないって事なんだね。でもさ、私もちょっと大宿で聞いたんだけど、出資金一口ってそんなに高額じゃないみたいだよね」
美香の働いている大宿は紅花旅館会という競竜の会派「紅花会」が運営している。
競竜の各会派はそれぞれの球団を支援してくれており、見付球団は雪柳会という会派が支援してくれている。紅花会は現在順位一位の会派で、北府球団を支援している。
ただ、紅花旅館会は各地の大宿には地元球団を支援するようにと言ってくれており、浜松、豊川、駿府の大宿は見付球団を支援してくれている。
というのを荒木は球団から説明されて最近知った。
「球団の人たちはさ、一口がそこまで高額じゃないから、地元商店街の各店に出資してもらえるって思ってたみたいなんだよ。当てが外れたって言ってた」
球団もいくつか出資の案を用意しているのだが、地元の商店街はあまり儲けが無く、最低金額の出資もままならないお店がほとんどなのだとか。
「じゃあさ、雅史君たち選手が夕方に行って、売り子か呼び込みやってみたらどうかな? それでお店の売り上げが上がれば、出資してもらえるようになるんじゃないかな。しかも、選手を身近に感じてもらえるかも。それで見に来てくれて、その選手が活躍したら、あ、あの時の人だ! って喜んでもらえるかも」
美香の提案に荒木は急に表情を明るくし、それだと言って喜んだ。
子供のように喜ぶ荒木に美香も思わず頬が緩む。
「ありがとう美香ちゃん! これで秦さんの『筋肉美を魅せる裸広告』案を潰せるよ!」
突然荒木がいかがわしい提案名を出し、美香は柳葉のような細い眉をひそめた。
「実は……」と言って、荒木は裏の事情を説明した。
前回、幕府球団との対戦の際、杉浦が秦たちに集客案を出せと迫っていた。
それ自体は関根監督も考えている事だし、球団上層部も考えている事である。
ただ、間が悪かった。
試合で点を取られている時にヘラヘラ笑っていた杉浦に激怒した関根は、球団上層部に杉浦を集客対策の特別班の班長に任命してはどうかと提案した。
どうやら集客案を真剣に考えているようだからと。
懲罰かのように、あの時の面々、荒木、秦、伊東、栗山の四人が特別班に入れられた。
五月中に最低一案を実施しろという厳しいお達しがあり、暇をみてはその五人で集客案を考えている。
ただ、そうは言っても簡単に案など出るわけもなく。
いちおうポツポツと案は出た。だがそこは体育会系の案、自分たちに苦行を課すような案しか出てこない。
その中で比較的マシな案が秦の『筋肉美を魅せる裸広告』であった。
集客の肝といえば若い女性。
そこで若い女性が来そうなお店に、自分たちが裸で振り返っている写真を宣材広告にしてもらい、貼ってもらってはどうか。
尻が見えている程度であれば別に恥ずかしくないであろう。
実際若い女性向けの雑誌には、若い男性俳優のそういう写真が毎週のように掲載されている。
それは裏を返せばそういう需要があるという事になるのではないか?
「なんでそんな素っ裸の写真を町に貼られなきゃいけないんだっていうんだよ。何の罰だってんだよ、まったく」
口を歪ませ目を細めて、冗談じゃないと荒木は憤った。
だが、目の前の美香は少し頬を桃色に染めて荒木を見つめている。
「……ちょっとその広告欲しいかも」
目を反らして恥ずかしがる美香に、荒木は目をぱちくり瞬かせた。
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