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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第3話 観客を湧かせろ

 後半、関根監督は栗山と荒木を投入すると通達。


「当然、勝ちに行くつもりだ。だがそれが難しいんだとしても、せめて点を入れてくれ。今日は惜しかったけど次もまた観に来たいと観客に思わせてくれ。そうやって一人づつでも観客が増えれば、その観客は別の観客を連れて来てくれるんだ」


 だから絶対に途中で諦めるのだけは駄目なんだと関根は力説した。


「今年の全ての日程が終わった時に見付球団の白群色の球団旗が球場を埋め尽くすほどに、この一年で観客を増やして行こうじゃねえか!」


 そこまで言って関根はじろりと杉浦を睨んだ。

 誰からもはっきりとわかるほど杉浦がふよふよと目を泳がせる。



 幕府球団相手に二失点は正直致命的と言わざるを得ない。

 代表に選ばれてからの川相選手の中盤の支配力には目を見張るものがある。

 補欠席から見ている感じでも、明らかに視野が広くなった気がする。


 さらにクロマルチ選手の守備力も昨年より確実に上がっているように感じる。

 だが決して穴が無いわけではない。



 後半開始してすぐに荒木は相手の後衛二人の手前に竜を移動させた。

 栗山も二軍時代からすると、かなり才能が開花してきており、中盤の支配力という面で見れば川相選手にも引けは取っていない。

 そのせいか、川相選手と栗山の間で球が行き来しているような状態になっている。


 問題は敵には原選手がいるという事。

 徐々にだが川相選手たちに追い詰められるような形となってきた。


 後半から江川選手に代わって槇原選手が出場している。

 技巧派という感じの江川選手と異なり槇原選手は強引さが売りである。

 だが、若松の守備は老獪で、槇原選手のような猛獣の扱いが非常に上手い。

 槇原選手が篭に打ち込む一瞬前に球を少しだけずらして空振りを誘った。


 その球を広沢が拾い栗山に渡す。栗山はそれをヘラルトへ。

 ヘラルトに球が渡ると、荒木、角、川相選手、松本選手、クロマルチ選手の五人が一斉に同じ方向、幕府球団側の篭を目指して動き出す。


 ヘラルトは原選手が戻って来る前に、大きく前方へ球を打ち出した。

 それを荒木、松本選手、クロマルチ選手の三人が追う。

 まず松本選手が早々に脱落、さらにクロマルチ選手が遅れる。

 球に追いついた荒木は小さく前に打ち出し、篭までの距離を調整。さらにそこに竜を突っ込ませ、竜杖を振り抜いた。

 守衛の山倉選手がその打球に反応。

 だが竜杖を少しだけかすって球は篭に飛び込んで行った。



 観客席の一角がどっと沸き立った。

 悠々と自陣に戻る荒木に「荒木、荒木」と名を連呼して観客が称える。

 竜の足を止め、荒木は竜杖をその一角に向けて天高く掲げる。

 すると、観客席の一角がさらに沸き立った。

 「荒木くぅん!」という若い女性の悲鳴にも似た複数の歓声が競技場に届く。

 そんな声援に、荒木は竜杖を左右に振って笑顔で応えた。


「相変わらず女性からの人気が高いのな。羨ましい限りだぜ。俺なんて観客が名前を叫んでくれる時なんて外した時だけだぞ。それも酔っ払いから。嫌になるぜ」


 槇原選手がそう言って荒木をからかって来た。


「槇原さん新婚じゃないですか。何を女性観客の事なんて気にしてるんですか。奥さんに怒られますよ」


 その荒木の指摘に、それとこれとは別なんだと槇原選手は不貞腐れたような顔をした。



 審判が笛を吹いて試合が再開された。


 荒木と槇原選手がそれぞれ相手の後衛に向けて竜を走らせる。

 すると、その荒木の目の前を球が横切った。中畑選手が川相選手に球を戻そうとしたのが、少しずれて荒木の前を通ったのだった。


 荒木は咄嗟にそれに竜杖を伸ばして球を止め、後方に打ち出した。

 誰もいないところに球が転がる。

 ヘラルトと原選手が同時に球を追う。

 ヘラルトの方が若干追いつくのが早かった。


 ヘラルトはそれを竜を走らせて来た栗山の前へ。

 栗山が大きく前へ打ち出す。


 だが球は大きくずれて観客席側に飛んで行った。

 松本選手もクロマルチ選手も競技場の外に出ると思ったようで追わなかった。

 だが荒木は追った。そして追いついた。

 追いつきはしたものの、ここからでは角度があまりにも浅すぎて篭に入れる事はできない。


 少しだけ球を戻し、かなり浅い角度から篭に向けて球を打ちこんだ。

 慌てて松本選手とクロマルチ選手が追って来るがもう遅い。


 ただ、打球にそこまで勢いがあるわけではない。荒木からしても、入ったら好運程度の打ち込みであった。

 山倉選手にとって非常に不運だったのは、球が篭の梁に当たって少しだけ打球の向きが変わった事であった。

 伸ばした竜杖に当たってしまい、それで球が篭に入ってしまったのだった。


 「くそっ!」


 竜杖で地面を叩き悔しがる山倉選手。


 そんな山倉選手に背を向け、荒木は観客に竜を向けて竜杖を左右に振った。

 非常に近い所に得点した選手がいるという事で、観客たちは大興奮。

 最前列の若い女性が両手を伸ばして「荒木くん!荒木くん!」と叫んでいる。

 他にも「あらきくん」と書かれた白群色の団扇を振って荒木の名を叫ぶ若い女性もいる。

 そんな観客に向かって荒木は竜杖を掲げた。


「そんなにきゃあきゃあ若い女の子が騒いでいるのを知ったら、彼女が妬いちゃうじゃないの?」


 普段そんな冗談を言わない原選手が思わずからかってくるほどに女の子たちの声援は大声であった。


「たぶんこれ中継で観てると思うんで、次会う時、機嫌が悪そうで怖いですね」


 頭を掻いて困り顔をする荒木に原選手も苦笑いであった。



 いくらなんでも、この二点目は幸運すぎた。

 後半は残り十五分以上あったのだが、その十五分、互いに攻めあぐねてしまい、またもや川相選手と栗山による中盤の支配権争いが始まってしまった。

 やはり原選手の分、若干押され気味に。

 ただ、槇原選手は広沢と若松の二人ががっちりと防御され、攻撃を跳ね返されている。


 一方で見付側は栗山からヘラルトや角には球が回るものの、そこから先、荒木への打ち出しが中々できない。

 クロマルチ選手が荒木の守備から外れ、ヘラルトや角を守備しだしている。


 両軍共に決定機を全く作れず、ただただ時間だけが過ぎていく。


 後半残り三分というところで最後の好機がやってきた。

 角の打った球が後衛二人の頭上を越えた。


 荒木は竜を駆り、後衛の二人を引き離しながら球を追った。

 球を小さく打ち出したのだが、思った以上に篭まで距離がある。

 荒木が竜杖を大きく振りかぶり振り下ろす。


 だが、やはり距離が遠すぎた。

 山倉の竜杖が打球を遮り、球は転々と篭の外、競技場の外へと飛んで行った。


 結局試合は二対二の同点で終わったのだった。

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