第2話 連盟の失態
麻理恵殺害の容疑で荒木に逮捕令状が出されたという事は、翌日の新聞に記載された。
競報新聞たちは荒木が殺人犯であると決めつけた内容となっており、一方の日競新聞はここまでの荒木に対する報道の流れを紹介し、警察の動きがおかしいという記事となっている。
日競新聞は反撃に転じたものの、一方的に不利だった状況から互角に持ち込んだというのが正直なところであった。
荒木たち見付球団は第二戦の稲沢遠征を引き分け、見付に帰って来て、三戦目の幕府球団戦を迎えようとしていた。
来て早々、川相から「原さんが呑みに行こうと言ってるから久々に呑もう」という連絡が入った。原は広沢、秦と同年であり、ならば二人も加えて五人で呑みに行こうという事になった。
見付駅近くの個室のある居酒屋へ行き、シラスはんぺん、カキフライ、アサリの酒蒸しといった海の幸を広沢たちは注文しまくった。そのうちの一つ、小鉢に入った酢の物に、原と川相はこれは何だと怪訝そうな顔をした。
「え? 何って単なる海苔と蛸の酢の物じゃん。生海苔と茹でた蛸を甘酢に漬けたものだよ。こんなのどこにでもあるだろ。そんなに驚くほどのものか?」
そう言って秦が笑い出した。「これ磯の香が強くて美味しいですよね」と荒木が嬉しそうに食べると、広沢が「お前はこっちの鰹の刺身をちゃんと食え!」と注意。渋々という感じで荒木は鰹の刺身に箸を伸ばした。
「俺、こんなの初めて食べたよ。いや蛸と胡瓜の酢の物は俺も好きでよく食べるんだけど、海苔は入れないよね。もずく酢ともちょっと違ってて、これ美味しいね。板海苔入れても同じようになるのかな?」
原は自分でも料理をするらしく、面白いと言って食べている。
「俺、料理っていまいちよくわかんないですけど、生海苔をもらったり買ったりした時じゃないと作らないって婆ちゃんが言ってましたよ。板海苔だと食感も色も悪いとかなんとか」
つまりは海苔の産地の近くでしか食べられないという事になる。
贅沢な小鉢だと言って原は海苔の酢の物を完食。
目の前の肴が魚介だらけという事で、酒宴は最初から米酒が用意されている。
お銚子が三本ほど横に倒されたところで瑞穂代表の話になった。
来月からまた代表戦が再開される。
現在、首位はテエウェルチェ、二位がアマテ、三位がアルゴンキンとなっている。だが、もうアマテとアルゴンキンは勝点差が五以上あり、本戦出場はテエウェルチェとアマテの二か国にほぼ決まってしまっている。
そのアマテの最終戦が瑞穂で行われる日程となっている。
アマテのイルウィカミナ監督が連盟を通じて、荒木を呼んで試合に出せと言ってきたらしい。
代表選抜は他国に干渉されてはならないというのは国際的な規約だと瑞穂の連盟は拒絶したのだが、それはわかっているが、そこを曲げてと要望してきたらしい。
「テエウェルチェ戦、アルゴンキン戦に荒木を使っておいて、なんでうちの時には連れて来なかったんだって怒ってるらしいよ。アルゴンキンを粉砕したヤガーが来るって国内で散々に宣伝してたらしくてな。それが来なかったもんだから、連盟が吊し上げ食らったらしいんだよ」
「国内では日競の系列以外、絶対にそんな事は報道しないけどな」と言って原は大笑い。それにつられて川相も大笑いした。
だが、秦と広沢は眉を寄せて驚いた顔をしている。
「ちょっと待ってくれ。海外で荒木の知名度が高いって本当の事なのか? こう言ってはなんけど、俺は全然信じていなかったんだけど。日競が勝手に言ってる事かと思ってたよ」
その秦の発言に、今度は原と川相が先ほどの秦たちのような驚いた顔をする。
「なんで身内であるあんたたちの評価がそんなに低いんだ」と呆れた顔をする。
「まあ、身内ほどそんなもんなのかもしれませんよね。実際対戦するとわかるんですけど、荒木を止めるのって本当に難しいんですよ。ただ速いだけっていう単純な事なんですけど、追いつけないんですからね」
「高校から対戦してきた奴の発言は重い」と言って原が笑い出した。
自分たちの強さに自信があるほど、それを超えられた時に受ける衝撃は大きいという事なのだろう。
「で、最終戦だけ荒木呼ぶの? 正直、そんなのうちの監督が絶対許可しないと思うぞ。うちの監督、金田監督と仲悪いらしいからな」
「他の選手の代役として荒木が呼ばれた時だって、そうとう渋々という感じだった」と広沢が言うと、「追放の流れも酷かったから難しいと思う」と秦も首を横に振った。
「連盟は事実確認もせずに一方的に追放したんでしょ。見付球団からしたら、『貸した選手』を汚された上にポイ捨てされたような感覚だよね」
その川相の意見に荒木は、「空港からこっそりと連れ出し匿ってくれたのも連盟の人」と指摘。だが原と秦の二人から、「その事は問題の焦点からはズレている」と言われてしまった。
「連盟は君を球団から借りたんだよ。報道に横から壊されそうになり、仮にそれを放置したとなったら、それこそ全球団が以降連盟に協力なんてしなくなるよ。大学生でも集めてやってろと言われる事になる」
「だから連盟は荒木を匿ったにすぎない」と原は言う。荒木だから守ったという事ではなく、他の球団からの選手の引き上げが怖くて、選手を守りますという姿勢を見せただけにすぎないと。
「なるほどな。色んな意味で連盟はやらかしたな。強引に呼べば球団と衝突、呼べなければアマテ連盟と関係悪化。あの時、大宿に丸投げせずに連盟が全力で守って補欠席に座らせておけば、こんな事態にならなかったのにな」
広沢の指摘に、原と川相がまったくだと頷いた。
渦中の荒木は、あいかわらず刺身もシラスのはんぺんも食べず、ひたすら菊芋の素揚げと大根の千切りを食べている。
幕府戦の先発が発表となった。
前二戦と全く同じで、守衛が八重樫、後衛が若松、広沢、中盤が小川、角、ファン・デル・レー、先鋒が尾花。
どうやら関根は前半で善戦できたら後半は荒木で逆転するという方針らしい。この辺りは、先発に荒木を出して逃げ切ろうという戦術だった二軍時代の日野監督とは逆。
そんな話を杉浦にすると、杉浦は関根をちらりと見て鼻で笑った。
「もしお前を先発で使い続けたら、お前が出ないってだけで帰る観客が出るだろうが。今日はもしかしたらお前が出るかもって観客に思わせるためだよ。昔、若松がその状態だったんだよな」
当時、観客のお目当ては完全に若松で、先発に若松の名前が無いとそれだけで帰られてしまうという事が多々あった。
若松目当ての観客は若い女性が多かったから、そんな女性目当てに来る観客というのもいて、盛り上がりが全然違ったのだそうだ。
若松が結婚してから、徐々にそういう観客が減って、動員自体が減ってしまって、どうしたものかと選手たちも言い合っていた。
そこに荒木と栗山が上がって来た。
だから監督は、前半にはその二人を使わないんだと言って杉浦は人の悪い笑い声を発した。
ただ、笑った頃合いが最悪で、ちょうど江川選手に得点を許してしまった時であった。
杉浦を関根がじろりと睨む。
口を手で押さえてしまったという顔をする杉浦。
「だからさ、秦も伊東も、去年の荒木みたいに、なんとか集客の方法を考えろよ。観客が増えれば俺たちの年俸も増えるんだからさ。……わかってるとは思うが、荒木みたいってのは、報道の特報の事じゃねえぞ!」
杉浦の最後の発言で、秦と伊東が大笑いする。
しかし、これがまたもや江川選手に点を入れられた時であった。
またも関根が杉浦を睨みつける。
そんな関根が視界に入らないのように、杉浦は反対側の荒木の方を向いた。
だが、荒木もぶすっとした顔で杉浦をじっとりした目で見つめていた。
そんな話をしていると前半戦が終了した。
前半終わって〇対二。
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