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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第1話 任意同行

「荒木雅史さんですね。あなたに下国麻理恵殺害の嫌疑がかかっています。ご同行いただけますでしょうか」


 荒木の三得点により逆転勝利に沸く見付球団の建物の外で、警察たちは待っていた。人数は三人。自分たちは三遠郡警だと名乗っている。


 そんな警察官に、横にいた杉浦が警察だというなら手帳を見せろと指摘。

 渋々という感じで一人の警察官が警察手帳を見せる。

 すると今度は尾花が、こういう場合は全員見せるのが当たり前なんじゃないのかと指摘。

 尾花を睨みつけながら、残りの二人が警察手帳を見せた。警察官は少し話を聞かせてもらうだけだと言って選手たちをじろりと見渡した。


「どうして最初から手帳を見せなかった? それでは疑ってくれと言わんばかりだろうが」


 そう若松に指摘され、警察官は若松をじろりと睨んで無言で荒木からの返答を待った。


「荒木。もうすぐ法務部の者が来る。それまで返事をするな。返事をしたら明日にはお前は北国だ。そうなれば、お前が『自分がやった』と言うまで尋問だぞ」


 背後からのまさかの関根監督の発言に、荒木がぎょっとした顔をする。

 警察官が今度は関根を睨みつける。


「おい、荒木。お前報道に知り合いがいたよな。今のうちにそいつに連絡入れとけよ。北国の件は『自殺』って報道なんだからな。誰が考えても逮捕状が出されるのはおかしいんだからよ」


 杉浦の冷静な指摘に、若松と尾花がそういえばそうだったと頷く。

 じゃあ何のための取り調べなんだという話になる。


「ご同行いただけないようでしたら、公務執行妨害で強制連行という事になりますが、そちらの方がお望みですか?」


 お前たちも全員だと若松たちを指差す警察官たち。

 若松たちが反論の術を失ったと見た警察官の一人が荒木の手首を掴む。


「三遠郡警が何故北国の事件で荒木選手を拘束しようとされているんです? 普通こういう場合は連合警察が来るのが当然なのではありませんか? それともあなた方三遠郡警は室蘭郡警の下部組織になったのですか?」


 そう言って法務部の市川が現れた。

 これは任意同行だからと警察官は言ったのだが、市川にはそんな無法は通じなかった。


「任意同行、百歩譲ってそれで納得したとしましょう。なぜ弁護士の同行の要請を案内しなかったのです? いくらなんでも今あなた方が行っている一連の行動は違法性が高すぎですよ」


 まずは警察署に連絡しますので事務所に来て欲しいと市川は警察官に案内。これで諦めるはずと市川は思っていたようだが、警察官たちは事務所へとやってきた。


 会議室の一室に入った警察官は、まずは無関係な者を部屋から出せと命じた。命令を無視していると『公務執行妨害』と言われ、若松たちは部屋から追い出される事となった。

 部屋の中には荒木と市川、警察官三人の五人のみ。


 警察官の態度をじっくりと観察しながら市川は電話連絡を待っている。

 「どうなってしまうですか?」とたずねる荒木に、市川は「今の段階では何とも」と回答。

 「もう一度警察手帳でも確認するか?」という警察官に、市川は「結構だ」と拒否した。


 しばらく待っていると市川の携帯電話に連絡が入った。

 少し席を外し、電話先の人物と何やら話し込み、最後にわかりましたと回答。


 「話はまとまりましたか?」とたずねる警察官に、市川は渋々頷いた。

 「何があったのですか?」とたずねる荒木に、市川は非常に険しい顔をした。


「連合警察に捜査本部が立ったそうです。室蘭郡警から、そちらに捜査権が移ったのだそうです。恐らくは、最重要容疑者として荒木さんの名前が挙がっているのだと思います」


 それ以上の事を聞こうと思ったのだが、市川はそこから黙ってしまった。


 白と黒で彩色された警察車両が五人を乗せて北へと進んでいく。

 三遠郡でも二番目に大きな見付中央警察署へと到着。まさに護送という感じで複数の警察官が現れ、署へと連行されて行った。


 市川がふと周囲を見ると、連合警察と印刷のされた警察車両が見える。

 どうやら捜査本部から連合警察がここに来ているらしいと察せられた。


 そこから荒木と市川は取調室へと連れて行かれた。

 それで昨年の十二月二九日、どこで何をしていたかを聞かれた。

 十二月二九日といえば、荒木が大宿から開放され、祖母のお見舞いに竜洋病院に行った日である。


 その事を証言として話したのだが、警察官は荒木に冷たく言い放った。


「で、それを証明できる人はいますか? 先に言っておきますが、身内は証言者にはなりませんので、それ以外でお願いします」


 身内以外と言われれば、その日に会った人物は極めて限られてくる。

 ここで豊川の大宿の支配人の名を出せば一発ではあるのだが、それを言ってしまうと潜伏した経緯が警察にバレてしまう。


 この感じからして、警察にバレるという事は敵意ある者たちにバレるという事である。そうなったら豊川の大宿がどんな事をされるかわかったものではない。


 切羽詰まった荒木は、「病院の受付だったら自分を見ているかもしれない」と回答。

 ところが警察官は「その受付の方の名前を言え」と言ってきた。当然そんなのわかるわけがない。

 すると同席した市川が、「それが誰かを調べるのは警察の役割なのでは?」と指摘。

 それに対し警察官は、「いない者の名前をどう調べろというのか?」と言ってきたのだった。


「どうやら、その日あなたの行動を証明できる人物はいないようですね。ところがね、荒木さん。我々はその日あなたがどこにいたのか。それを把握できているんですよ。あなたはあの日、北国の支笏湖にいましたよね?」


 目の前の警察官が何を言ってきたのか、一瞬荒木はよくわからなかった。

 そもそも自分はその時豊川から見付に来たのであって、北国にいる事なんてありえない。


 「何か証拠でもあるのか?」とたずねる荒木を警察官は鼻で笑い、無ければこんな事を言うはずが無いと言い出した。


「『湖遊荘』、もちろんご存知ですよね。そこの宿帳にあなたの宿泊記録が残っているんですから。そして下国麻理恵をあなたが呼び出した事も宿の記録として残っています。そして、麻理恵失踪の日、あなたは宿を出た」


 これだけ証拠が残っていて、どう言い逃れする気だと警察官は口元をニヤリとさせる。


「……なりすましなんじゃないですか? だって俺、その日、病院近くの花屋で婆ちゃんへのお見舞いを買ってますから。確かその時の領収書がまだ財布に入ってたような」


 おもむろに鞄から財布を取り出してその中の領収書を一枚一枚確認していく。あったこれだと言って机に出すと、警察が手を伸ばす前に同席している市川が奪い取った。


「これは私が大切に保管させていただきます。もし複製が欲しい場合は、複写機を貸していただいたら私が複写いたしますよ。なにせ、荒木さんの身の潔白を証明する決定的な物証ですからね。隠滅されないように、念のため」


 市川が啖呵を切ると、警察は渋々複写を依頼。

 市川が警察と共に取調室を出てから、警察は荒木の顔をじっと睨んでいた。


 しばらくの後、市川は戻ってきた。

 印刷した紙を渡された警察官が「馬鹿な」と呟いた。


「任意同行なのですから、これで荒木さんを解放していただけますね?」


 そう市川に言われ、警察官は無言で取調室の出口を指差した。

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