第60話 とある新聞記事
国内では知名度が低い竜杖球だが、海外ではそれなりに人気が高い。
昔から竜は生産されていて、繁殖に入れるのはそのうちの一部でしかない。それ以外の竜の転用先として海外に頻繁に輸出されている。その時に一緒に竜杖球という球技も輸出されている。
そんな関係で、呂級の競竜場だけ運営されているという国も多い。
何年か前から呂級の国際競争創設の話が出ていて、世界的に呂級の竜の生産が盛んになっている。
それに合わせるように竜杖球の人気が更に高まっている。
ブリタニス、ゴール、ペヨーテという三国が竜の生産にしても競竜にしても一歩も二歩も三歩も先を行っていた。それをパルサ、デカン、瑞穂の三国が追っている。
竜杖球という事に関して言えば、この六か国のうち瑞穂を除く五か国は強豪国である。特にブリタニスとゴールは何度も優勝の経験がある。
六か国の中で瑞穂だけが興味が薄い。
この事を以前から他の五か国は、報道が頑なに情報を遮断しているせいだと報じている。
今回の件でそれは推測ではなく確証となってしまったと海外では報じられてしまった。
焦った瑞穂の各報道は緊急で荒木の記者会見を見付球団に申し入れた。
だが、広報部の田口部長はあまりにも身勝手だとして会見を拒否。それでもとねじ込もうとすると、まずは自分たちの中傷記事を取り下げる事から始めるべきだと突っぱねた。
すると今度は連盟から営業部の相馬部長に荒木の代表復帰の打診が来た。
だが、「これまで我々は何度も中傷だと訴えたのに、連盟は報道の中傷記事を信じ一方的に荒木を追放した」と相馬部長は指摘。それについての釈明が行われるまでは復帰は許可できないと怒りを露わにした。
この見付球団の二人の部長の怒りは産業日報の放送局と、竜杖球の放送局、球技の放送局によって流される事になった。
すると報道の記者たちは、練習試合に乗り込んで、そこで無理やり突撃取材しようとした。
それに激怒した各球団の関係者が集まり、取材は事前に申請制という事に決め、突発の取材は全て無視するようにと選手に通告がなされた。
一か月という長い期間、竜に乗る事ができなかった荒木には、見事にその影響が出ていて、竜との呼吸が全く合わなかった。
そのせいで、合宿当初はとにかく竜の騎乗練習ばかりしていた。
合同練習が無い日にも竜術の練習のできる施設に行って竜術を練習しまくった。さらに夜に皆が呑みに行こうと言っても、薩摩郡の古武術道場に行って練習に勤しんだ。
そんな生活を一か月送った事で練習試合が始まる頃には徐々に以前のキレのようなものが戻って来て、三月に入った頃には完全に以前の状況に戻っていた。
特に古武術に関しては、杖術だけなら師範代と言われるほどに上達した。
瑞穂代表は相変わらず荒木が抜けてから絶不調で、アオテアロア遠征に敗北。順位を一つ下げて七か国中五位。残り三戦を残して早々と本戦出場の門は完全に閉ざされてしまったのだった。
この結果を踏まえて、竜杖球連盟では緊急の会議が行われた。
その会議には職業球技協会の渡辺会長も出席。
昨年までは本戦出場もという話で盛り上がっていたのに急失速。その原因は明らかで、報道による妨害だという事は出席者全員が思っている。
問題はなぜこんな事になったのか。
あの時、会議では、荒木選手の件の真贋がわからないからと、とりあえず保護をしなければという話になっていたはず。
それがいつの間にか代表追放に変わっていた。
それについては原因は実はわかっている。
編成人事部の課長が強固に追放を主張したかららしい。報道から目を付けられている選手を使う事で代表そのものの品格が疑われるという主張をその課長はしていた。
それに賛同する者も多く、結局代表追放という事で話が進んでしまったのだそうだ。
会議の中で担当者の一人が、もう敗退が決まった代表に荒木選手を呼ぶという交渉はできないという説明を行った。それについてはそれはそうだろうと皆が納得している。
問題は国際競技大会が終わった後で始まる世界大会の一次予選。
このままだと見付球団の態度を見て、他球団も同調して代表選出を受けてもらえない可能性がある。
会議の後、連盟の武田会長は記者会見を開き、この会議の内容を包み隠さず赤裸々に報告。自分たち連盟の判断は完全に誤りだったと言わざるを得ないと述べ、見付球団には後々自分が出向いて正式に謝罪を行いたいと言って頭を下げた。
練習試合の最終戦を翌日に控えるという日付の事であった。
朝、荒木は同じ民宿に宿泊している小川、大杉、栗山、八重樫と朝食を取っていた。
五人共に非常に行儀悪く、新聞を横に置いておにぎりを頬張っている。
放っておくとたくわんとお浸しばかり食べる荒木に、小川と大杉が肉か魚を食えと注意。渋々という感じで鶏肉に箸を伸ばす荒木を八重樫が鼻で笑う。
合宿に来てから毎日目にする光景である。
最初にその記事に気付いたのは大杉であった。
その時、荒木、小川、八重樫の三人は競技系の新聞を読んでいた。
大杉と栗山は一般の新聞を読み、税制改革がどうの、学習要綱の変更がどうの、政治献金の規正がどうのという記事を眺め読んでいた。
その後、ぱらぱらとめくっていった先にその記事はあった。
『支笏湖で女性の水死体が上がる』
最初大杉もよくある記事の一つだと見過ごすところであった。
見付球団の選手たちは荒木に関わる話を若松から情報共通してもらっている。その中の一つに支笏湖温泉の芸子の麻理恵が失踪したという話があった事を思い出した。
記事の内容を読んで、大杉は齧っていたたくわんをぽろりと落とした。
「お、おい! 荒木! こ、これを見ろよ!」
新聞を折り畳んで荒木が読みやすいようにして大杉は記事を指差して渡した。
その記事には発見時の女性の状況が詳細に書かれていた。
”女性は足は縛られていたが、手は縛られていなかった。衣類は一切身にまとっておらず、装飾品もつけていない。口の中にハンカチが詰められており、そのハンカチから女性は行方不明であった下国麻理恵と推測される”
あまりに衝撃的な内容に荒木は思わず嘔吐しそうになってしまった。
急に口元を押さえた荒木の背中を八重樫が優しく撫でる。
「ま、麻理恵さんが……そ、そんな……」
動揺する荒木に、大杉は最後までちゃんと読めと険しい顔で命じた。
そこからしばらくは麻理恵が行方不明になるまでの経緯が書かれていた。
さすがは産業日報の記事だけあり、麻理恵が『景子(仮)』である事も記されている。
その最後の一文に荒木は目を疑った。「えっ?」と声を発し、もう一度最後の一文を読んだ。
その最後の一文はこう締めてあった。
『警察の発表によると、死因は溺死とみられ、自殺として調査を行っている』
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