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第18話 一回戦

 竜杖球の試合がやれるような会場は決して多くは無い。荒木たちが住む三遠郡にはそのような会場は六か所しかない。小笠山運動公園は闘球と蹴球の会場として使われており、三ヶ野台総合運動場は職業球団の『見付球団』の本拠地となっていて、その二か所は高校の大会には解放されてはいない。

 その為、使用できるのは残りの四か所だけで、東から順に『菊川運動公園』『湖西運動公園』『今橋総合運動公園』『岡崎中央総合公園』。

 郡内二組で行われる為、菊川と今橋、湖西と岡崎で予選は行われる。福田水産高校は後者の方であった。



 試合前の最終調整として宮田と荒木以外の十人は浜松市の北部にある乗竜牧場に行く事になった。

 一方、送球部に一時的に貸し出された宮田と荒木は、ぶつくさ言いながら体育館に向かった。


 送球は郡の予選参加高校が多く、夏休み初日から何試合も試合が行われる。

 福田水産高校は抽選の結果、一回戦目の相手は郡西部の今川高校に決まったらしい。そこまで強豪校という感じではないらしく、できれば勝利で初戦を飾りたいと部員たちは言い合っている。会場は浜松総合体育館。


 この時期、どの学校も輸送車が何台も詰めかけ、学校の校門付近は排気瓦斯の独特な臭いでむせ返りそうになる。試合開始時間というのはだいたい決まっているので、それに合わせて輸送車で揺られて行く。基本は一日一試合なので、試合が終わったら学校に戻って来るのである。



「はあ? いやいやいやいや。俺たち補欠って聞いて来てるんだけど?」


 送球部の顧問の別当は試合の直前で選手の発表を行った。その中に中盤の選手として荒木の名前が入っていたのだった。それに宮田が猛抗議した。


「うむ。だから待機の選手として、初戦は最初から出場してもらうんだよ」


 ……なんという屁理屈。

 他の部員だって余所者が最初から出場では納得いかないはずだと宮田は指摘した。ところが他の部員たちは、荒木が入ってくれたら勝てると目を輝かせた。


「おい! お前ら! 送球部としての矜持きょうじってもんはねえのかよ! 矜持ってもんはよ!」


 そう言って宮田は目を覚ませと部員たちに促した。荒木はもはや呆れ果ててしまっている。そんな宮田の肩を部長の平松がぽんと叩いた。


「矜持なんてくそくらえだ。別に俺たちは違反をしているわけじゃないんだ。であれば勝てりゃそれが一番なんだよ!」


 実に爽やかな顔で平松がそう言うと、部員たちはそうだそうだと賛同した。

 宮田からしたら、他所の部員が出ている時点で違反すれすれだと思うと反論したいところである。だがそれを言うと、竜杖球部も同じじゃないかと反論を受けるのが目に見えている。


「……お前ら、飲み物くらいおごれよ!」


 宮田が諦めて椅子に座ると、別当は一年の部員に、大瓶で果汁水を買って来て冷やしておけと命じた。

 頼んだぞと口々に言われ荒木も、もうやるしかないと腹をくくった。



 送球は一組七人で行う球技である。

 元は足を使って球を篭に蹴り込む蹴球から来ているらしい。恐らくは篭球のような蹴球をやったら面白いのではないかという発想から始まって、徐々に規約が確立していった感じなのだろう。

 竜杖球も蹴球の要素が非常に強い。人数も送球と同じ七人である。共通点が多いせいか、荒木ち宮田は送球部に放り込まれた際、少し練習しただけですぐに周囲との連携に慣れていった。


 送球は竜杖球と違い、守備位置の人数がほぼ決まっている。守衛一、後衛三、右翼、左翼、先鋒の計七人である。背が小さく小回りが利き右利きの荒木は左翼で出場している。


 前半の三十分間、荒木は競技場内を走りまくった。

 とにかく足が速い。相手の守備を巧みに避けて球を敵陣深くまで一瞬で持ち込む。

 その後先鋒の平松に渡して平松が得点を決める。時には右翼の高本に渡して高本が得点を決める。これが面白いように決まった。

 だが二十分を過ぎたあたりから、荒木が得点をしてくることは無いと気付いたらしい。荒木が球を持ち込むと、平松と高本が敵の選手に防御されるようになった。


 荒木はその機会を待っていた。

 防御が緩くなり自由に動けるようになった事で、悠々と得点したのだった。


 十分の休憩を経て、後半は荒木に代わって宮田が投入された。

 中後衛に入った宮田は、前半の荒木とは打って変わって球回しの起点となって攻撃を組み立てた。平松、高本といった得点者に決定的な機を作って球を渡すという技術も中々に高かったのだが、それにも増して守備が絶妙であった。攻守の均衡が見事で、敵の選手が中々思い通りに試合運びさせてもらえない状態であった。


 前半の荒木、後半の宮田を見て、これが正規の部員じゃないというのはどうなんだろうと送球部の部員たちは言い合った。


 こうして送球部は悠々と一回戦を突破。二回戦は二日後という事になった。



 基本的に全国どこでもどの競技でも、七月の一週目と二週目が郡予選、三週目が国予選、最終週が全国大会となる。

 その二週かけて行う郡予選を、竜杖球は贅沢にもたった四日しか行わない。

 各郡では竜は使いまわしとなっており、一日で何試合もは行えない。その為、一試合すると二日空けるという日程になっている。



 宮田と荒木は、浜松で送球の試合に出た翌日には今橋へ行って竜杖球の初戦を行う事になった。

 先発の選手は、荒木、宮田、川村、浜崎、藤井、杉田、福島の七人。

なお背番号は一が辻、二が石牧、三が藤井、四が杉田、五が川村、六が浜崎、七が宮田、八が伊藤、九が福島、十が荒木、十一が戸狩、十二が大久保。


 広岡が監督として選手の名前と背番号を書いた紙を提出に審判の下へ向かった。

 露骨な作り笑顔で握手を交わし、なにやら一言二言言葉を交わして帰って来た。

 どっかと椅子に座った広岡は非常に怖い顔で相手の選手を睨みつけている。


「どうしたの広岡ちゃん。そんな顔してるとまた婚期が遠のくぜ?」


 そう言ってからかった川村を広岡はキッと睨みつけた。どうやらなんかあったらしいなと宮田、浜崎、伊藤で言い合っている。


「ちょっと聞いてよ! 向こうの顧問が酷いのよ。『おやおや誰かの妹が応援に来てると思ったら先生だったんですか』だって! 『これは一回戦は練習試合ですかな』とか言って笑うのよ! しかもじろじろ私の胸見て!」


 広岡がそう訴えかけると、伊藤は激怒し、目に物見せてやると言って拳を握った。絶対に許さんと言って宮田も相手の選手を睨みつけた。浜崎もふざけるなあいつらと言って竜杖をぎゅっと握る。


 自分の事でこんなに三年生たちが怒ってくれている、やっとみんなの気持ちと私の気持ちが一つになったんだと広岡は思わず涙しそうになった。


「広岡ちゃんの若く見られた自慢とか胸自慢なんかはどうでも良いけど、俺たちを雑魚呼ばわりしたのだけは絶対に許せん! 絶対に吠え面かかせてやる!」


 零れそうになった広岡の涙が川村のその一言ですっと引っ込んだ。

 全然気持ち繋がってなかった。そう思ったら思わずがっくりしてしまった。


「荒木! 遠慮すんなよ! 北国の時みたいに大暴れしてやれ!」


 藤井から発破をかけられ、荒木は竜杖を掲げた。



 終わってみれば四対一。

 荒木が三得点、後半に荒木の代わりに入った伊藤が一得点という、中々に良い初戦を福田水産高校は飾ったのであった。

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