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第58話 写真機の中身

 美香と広岡、荒木で話をしていると、急に双葉が便所に行きたいと言い出した。

 広岡が付き添って病室を出たせいで、布で他の病床と仕切られてはいるものの、荒木と美香は二人きりとなった。


 椅子から立ちあがった荒木は美香を見つめながら顔を近づける。美香もそっと瞼を閉じる。

 美香の唇の温度と軟らかさが唇から伝わる。ほんのりと美香の髪の良い香りが鼻腔をくすぐる。

 美香が背中に手を回す。


 顔を離すと美香はうっとりとした顔ではにかんで、背中から手を離した。


「良かった。美香ちゃんが無事で。最初の一報を聞いた時、俺、目の前が真っ白になっちゃったよ。先輩たちに落ち着けって言われまくっちゃってさ」


 そう言って照れ笑いを浮かべる荒木を、美香は聖母像のような笑顔で微笑む。


「来月から俺合宿に行っちゃうからさ。その間美香ちゃんが心配だから。これからちょっと人に会いに行ってくる。だから、看護師さんのいう事聞いて大人しく寝ててね」


 そう言って荒木が右の頬をつんと突くと、美香は嬉しそうに笑顔を見せ、可愛く「うん」と返事した。



 広岡と双葉が帰って来たのと入れ違いに荒木は病室を後にした。

 栗山に美香と広岡親子をお願いし、広沢、小川に状況を説明して三人で病院を出た。


 どうやら先ほど送って来てくれた職員が、広沢の車を病院まで持って来てくれたらしい。

 その車に三人で乗り込み、真夜中の東海道をひた走り、浜松駅近くの紅花会の大宿へと向かった。


 大宿の受付で荒木だと名乗ると、受付の担当は支配人を呼び別室へ案内された。

 部屋には誰もおらず、こちらでお待ちくださいと言って支配人は荒木を残し部屋を出た。


 暫く待つと、日競新聞の猪熊と共に紅花旅館会の若女将のあやめが入室してきた。

 あやめは荒木を見ると、にこりと微笑み、「何かと大変ですね」と声をかけた。その美しい笑顔に思わず荒木の頬が赤く染まり頬が緩む。

 そんな荒木を見て、猪熊が咳払いをした。


 気を取り直して物証となる写真機を渡すと、猪熊はそれを色々な角度から眺めた。

 最終的に写真機から記録媒体を取り出して、あやめに厳重に保管するように依頼。

 あやめは写真機を持って一旦部屋を出て行った。


 あやめが戻るまで、二人は用意された珈琲を飲んで待った。

 二人とも無言。

 あやめが戻り席に着くと、猪熊は身を乗り出して少し小声で喋った。


「非常に悪い知らせです。つい先ほど七条という産業日報の記者から連絡がありました。支笏湖温泉の下国さん、行方不明になったらしいです」


 支笏湖温泉で芸子をしていた下国麻理恵だが、先月の三十日、仕事に行ったまま帰って来なかったらしい。

 お客様の要望があればそういった事はよくある事ではあったのだが、年が明けても事務所に顔を出さず、不審に思って社長が借家に向かったのだが帰っている様子が無い。そこで警察に失踪届を出しに行ったらしい。


 もしかしたら口封じされたかも。産業日報の七条はそう言っていたらしい。


「口封じって……新聞って自分の嘘記事の正当性の為にそんな事までするんですか?」


 目を丸くして荒木は驚いた。

 今回の件があるまで、新聞の記事というものは、事件の事を報じているだけだと思っていた。だが先日、吉田局長からそうではないと教わってしまった。ただ、そうは言っても妄想記事が掲載される事がある程度と感じていた。


 猪熊も報道に身を置く一人である。

 人殺しの仲間という目で見られるのは非常につらいところである。


「普通のところはそんな事はしませんよ。だけどあのかわら新聞というところは、昔から反社との結びつきが強いんですよ。新聞を契約してもらうのに反社を使ってた関係で」


 それ自体はかわら新聞もそこまで隠してはいない。ただし、過去にはそんな事が行われていたという昔話という事にしている。

 だが実際にはそんなのは怪しいものだろう。そういう怪しい結びつきというものは、そう簡単に切れるものではないだろうから。


「じゃあ、新聞社がやったんじゃなく、実際に麻理恵さんを誘拐したのは反社の人たちと?」


 荒木の言いたい事は猪熊にもすぐにわかった。ようは反社を悪者という事にして事件を単純化したいのだ。

 それに対し猪熊は首を傾げた。


「それはどうなんでしょうね。今のところ集まってる情報だけでは何とも。ただ吉田さんはどうも何かを掴んだようですね。まだ言えないと言いながら何か動いてるみたいです」


 ここに来る前に猪熊は吉田に連絡をしている。

 もし写真機の中に記録媒体があればそれを確認し、警察に渡すにしてもまずは弁護士に見せてからにしろと指示を受けた。

 吉田の言いぶりからすると、どうやら警察が証拠を隠滅する恐れがあると感じているらしい。もしそうだとしたらかなり根深い問題という事になるだろう。


「それはだいぶヤバいですね。俺にしても若松さんにしても、来月から薩摩合宿なんですよ。その間に手を出されたら……俺たちそう簡単に帰ってこれないですよ」


 荒木に言われ、そういえばそうだったと猪熊は少し焦った顔をした。

 腕を組み、瞼を閉じてじっと考え込んだ。


 すると、それまで静かに話を聞いていたあやめがパンと一つ柏手を打った。


「それなら、うちの従業員という事で住み込みで働いてもらえば良いでしょう。従業員という事なら目も届くし、まかない食も出るし。支配人と仲居頭に事情を説明して付き添ってもらいますよ」


 ただし完全に安全というわけではないから、何かあったら連絡をするという事でどうですかとあやめは二人にたずねた。


 あやめが話している間、猪熊は鞄から何やら小さな機械を取り出し、そこから出ている線を携帯電話に繋いだ。その機械には溝があり、そこに先ほど写真機から取り出した記録媒体を差し込んだ。

 あやめの話にそれでいきましょうと頷いた後で、携帯電話で何やら操作を始めた。


「なっ! こいつは……」


 写真機の記憶媒体に入っていたものを見て、猪熊は思わず大声を出してしまった。

 画面から目を背け携帯電話を荒木に手渡した。

 荒木も見た瞬間顔をしかめた。


 そこには多数の女性の裸の写真があり、その多くが少女という年齢。しかもどこかで監禁されていると思しき写真も含まれている。


「ただ表示させるだけだと表示されないんですけどね。そういうのを復旧させる手段があって、それを使ったらこれが。ちょっと吉田さんに連絡してきます」


 そう言って猪熊は部屋から出て行った。

 戻って来た時には、かなり目を輝かせており、どうやら吉田が何か焚きつけたらしき事が察せられる。


「これ、思ったより早く尻尾が掴めるかもしれませんよ。この娘たちを調べないとわからないですけど、警察に失踪届が出てるかも。だとしたら、若松家は警察が見張ってくれる事になるかもですよ」


 こんな事をするのは反社か外国人犯罪組織以外にないだろう。うちらはこの件で何かしら特報が打てるかもしれないと猪熊は嬉しそうに言った。

 反社だとわかればそれだけで記事になる。仮に相手が外国人犯罪組織だとしても、恐らくはそれを理由に警察は動かないだろうから、それはそれで警察を叩く記事が書ける。


「これで荒木さんたちはこっちの事を憂慮せずに合宿に行く事ができますね」


 そう言って猪熊は何かを必死に手帳に書き記した。

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