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第51話 報道過熱

 華麗なる逆転劇。

 しかも後半は瑞穂によって完全に試合が支配されていた。


 その日の夜、アルゴンキンは野球の代表戦にも敗北したらしく、翌朝の競技新聞には『最悪の土曜日』という見出しが躍っていた。

 さすがに自国の選手の反則行為を華麗に防いで点を決めた荒木の写真を使うわけにはいかず、どの新聞も一点目を決めた選手の写真ではあった。もしくは野球の写真であった。

 だが記事を読むと、瑞穂の十一番の登場によって、完全に流れを変えられてしまったと、荒木にやられたというような内容となっているらしい。


 川相、彦野、小早川の四人で朝食を取っていた所、連盟の職員が慌ててかけよってきた。


「また記者会見かよ。嫌だなあ」


 真っ直ぐこちらに向かってくる連盟の職員を見て、荒木は三人に愚痴った。

 三人も連盟の職員を見てクスクスと笑う。


 連盟の職員は隣の机から椅子を持ち出し、荒木の隣に腰かけた。

 対面の席に座る川相が、軽食と飲み物を取って来ると言って席を立つ。

 連盟の職員はすぐに話を始めようとしたのだが、一分一秒を争うのでないなら川相が戻ってからにしろと彦野に言われ、一旦落ち着いて椅子の背もたれにもたれ掛かった。


 川相が珈琲とパンを連盟の人に差し出すと、連盟の職員はまずはパンをちぎって食べ、それを珈琲で流し込んだ。

 ふうと人心地つく。


「荒木選手。昨日の竜杖を譲ってほしいと先ほどアルゴンキンの連盟から連絡がありました。著名は入れず、できれば色紙に著名が欲しいと。殿堂に飾るんだそうです」


 その場の四人は首を傾げた。

 確かに逆転勝利はした。それはアルゴンキンにとっては驚愕の出来事だったかもしれない。だからといって相手の先鋒の竜杖を飾るほどの事だろうか?

 いくらなんでも冷静さを欠きすぎじゃないか?

 彦野と小早川はそう言い合った。川相も同感であった。


 すると連盟の職員は周囲をきょろきょろと見渡し、新聞の置かれている所へ向かった。

 戻ってくると新聞を開き、パラパラとめくって折り畳んだ。


「これを見てください。私も文字は何が書いてあるかはちっともわかりませんが、通訳の方の話によると、幾年か後には伝説として語り継がれるだろうと書かれているそうです」


 連盟の職員が指差した写真は、荒木が相手の後衛の竜杖を叩き折った瞬間を捉えたものとなっている。


「……あの竜杖、俺、結構気に入ってるんですけど」


 あまりに間抜けな荒木の発言に、彦野たちは大爆笑であった。

 連盟の職員はぽかんと口を開けて荒木の顔を凝視。


 そんな楽しそうな荒木たちの机に高木、香川、南牟礼の三人が椅子を持って寄って来た。話を聞くと三人も大爆笑。


「わかるわかる。お気に入りの竜杖をタダで寄こせはねえよなあ。いくらで買い取ってくれるんだって聞いてもらわねえとなあ」


 荒木の背中をぱんぱんと叩きながら高木が大笑いする。

 竜杖は仕事道具だと香川が真顔でお道化る。

 南牟礼は腹を抱えて笑っている。


「瑞穂に帰ったら連盟に掛け合って、既製品じゃなく特注で作ってもらうように言いますよ。それなら良いでしょ? こちらの連盟からの要請なので、無碍に断るわけにいかないんですよ。わかってくださいよ」


 まるで拝むように連盟の職員は頼み込んだ。

 それでも香川、高木、南牟礼のお調子者三人衆は、金を取れと囃し立てる。


 そこに原、岡田、西崎の三人が、何やら揉めているらしいと言ってやってきた。

 原たちは話を聞くと呆れ果て、馬鹿な事を言ってるんじゃないとお調子者三人衆を黙らせた。


 連盟の職員はほっと胸を撫でおろした。



 翌日、瑞穂代表の面々は航空機に乗り帰国。


 どうせ前回同様、記者は誰もいないのだろうと畿内では皆で言い合っていた。

 小田原空港に到着し、飛行機から降りた時も、どうにも俺たちは母国より外国の方が評価が高いらしいなんて言いながら愛甲と高木が言い合っていた。


 ところが、入国管理へ向かう通路を歩いていると、空港の職員が待ち構えていた。

 その空港の職員に荒木一人が足止めされ、別室へと連れて行っていかれた。


 最初、荒木は、やっと瑞穂でも自分の事が認知されて、空港が記者で大賑わいになってしまったのだと思った。

 一人別の出口から帰った事にして、記者たちが帰ってから空港の方たちに促されて空港を出るのだろう、そんな風に思っていた。


 その部屋には着ている制服で空港の職員とわかる人物と一緒に、背広の人物二人が椅子に腰かけていた。

 荒木を見る目が非情に険しい。その時点で確実に良くない案件だという事は察せられた。


 まず背広の人物二人が名刺を差し出す。

片方は連盟の管理部、もう片方は連盟の監査部と名刺には書かれていた。


「荒木選手。まずはこの新聞を読んでいただけますか?」


 そう言って管理部の人物が鞄から競報新聞を取り出した。競報新聞には珍しく竜杖球がとりあげられていた。表題は『代表選手の呆れた性態』というもの。

 記事は以前日競新聞の猪熊記者が言っていた通りの内容であった。


「瑞穂の各報道は昨日からこの内容を大きく報じております。連盟の本部にも多数の記者が詰めかけ、今、空港の外も報道で一杯です。まずは、この記事について荒木選手から弁明を伺いたいと思います」


 管理部の人がそこまで言うと、監査部の人が荒木をじっと見つめ首を傾げた。


「あまり動じていない様子ですが、もしかして、こうなる事をご存知だったりしました?」


 その顔はほぼ無表情で、少し恐怖のようなものすら覚える。

 話を聞くというより、まるで尋問を受けるような気分に陥る。


「実は、事前にこういう記事が出るという事を教えてくれた記者がいまして」


 記者の名前は言えないが、日競新聞だと言うと、今度は監査部の人がその日競新聞を取り出した。

 そこにはまるで反論記事かのように、恩人の娘を庇護する心優しき代表戦士というような記事が書かれていた。


「残念ながら、その記事は今日の段階で嘘記事という事にされています。荒木選手が金で女性を買ったという複数の証言者が現れていましてね」


 そんな馬鹿な。

 荒木の口から思わず漏れた言葉に、監査部の人は眉をひそめた。


「それは、そんな事にならないように、関係者への口封じはできていたはずという事ですか? 実際に今、報道からはそういう話も出てきておりますけど」


 現在、報道は完全に暴走してしまっており、もしかしたらその娘の両親を荒木が殺害したかもしれないという話にまで発展してしまっている。

 その問題の女性は行方不明となっており、庇護されていたとされる牧場も無くなっており、もしそれも荒木が口封じのためにやったのだとしたら、どうしようもない悪党だと朝から報道は大騒ぎとなってしまっている。

 見付の荒木の実家も報道に囲まれてしまっているらしい。


 あまりの状況に荒木は呆然となり、言葉が出なかった。

 そんな荒木に監査部の人はさらに冷ややかな言葉を投げかけた。


「昨日緊急の会議がありまして、残念ながら荒木選手には代表から外れていただく事になりました。球界追放処分という話も出ていたのですが、この日競新聞の記事が仮に正しかった場合に取り返しのつかない事になるという意見があり、それだけは免れる事になりました」

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