第50話 反撃開始!
「後半交代は一名。工藤と荒木だけ。それ以外の交代は、怪我でもせんかぎり無いと覚悟してくれ」
ぶすっとした顔で金田監督は荒木に向けて通告した。
その後で連盟の職員を睨みつけた。
「ようは、お前さんには獅子奮迅の活躍を期待するってこった。たのむぜ『ヤガー』さんよ」
荒木の肩をぽんぽんと叩きながら、高木は「キシシ」という嫌な笑い声を発した。
反対の肩を大石が無言でぽんと叩く。相変わらず無口な人だが、その表情は何かを期待しているという顔である。
緊張で少し強張った体を、細く息を吐く事でほぐしていく。
そんな荒木に川相が声をかけた。
「うちの球団が声高に文句言ったがばっかりに……」
眉を寄せて申し訳なさそうな顔をする川相の先に原が見えた。原も川相同様、伏し目がちな表情で申し訳なさそうにしている。
「気にすんなよ。やっと回って来た出番なんだぜ。お前の分まで俺が大暴れしてきてやるからさ。よく観ててくれよな」
小声で言ったつもりだったのだが、金田にそれが聞こえたらしい。こちらを見て大きく頷いた。
円陣を組み、主将の原の檄に皆で「おお!」と掛け声をかけて、一斉に控室を出た。
愛竜『ヤナギミツカゲ』に跨るとその背から鼓動が伝わってくる。何となく竜も感じているのだろう。
外国といういつもと違う空気に、明らかにうちの竜はやる気を発している。
首筋をポンと叩くと、「クェェェ!」と大型鳥類のような嘶きをした。
審判が長い笛を吹き、荒木の打ち出して後半が開始となった。
相手は二人の選手を変えてきており、こちらは荒木ただ一人。その代わった分の『選手の馴染み』のようなものの差が、アルゴンキンの守備に少しの遅れを生じさせている。
大石がゆっくりと球を持ち込んで行く。
敵が守備に来ると、それに合わせて中央に切り込んで来た小早川に球を渡す。
小早川は一気に敵陣に切り込んでいき、敵に囲まれる寸前に大きく左翼へ打ち出した。
高木と敵の選手が同時にその球を追う。
それに合わせて後衛も少し守備線を下げた。
それが見えた高木は、球に追いつくと敵の篭の前に向けて大きく打ち出した。
明らかに後衛よりも荒木の方が動き出しが早い。
一瞬で一人目の後衛を抜き、さらに二人目の後衛の前に出て先に球を前に打ち出す。後衛二人が荒木から引き離されていく。
篭の前に来た時には、すでに荒木だけとなっており、最高に速度の乗った状態で荒木は竜杖を振り抜いた。
球は振り抜いた竜杖の速度に竜の駆ける速度も加わって、弾丸のような速さで篭に突き刺さった。
まずは同点。
シンと静まった観客席からパラパラと拍手の音が聴こえてくる。
その拍手は徐々に広がって行き、ちょっとした歓声に変わった。
首筋をぽんぽんと叩いて荒木は竜を労った。
竜も一仕事やり終えたと感じたようで、嬉しそうに首を上下に振る。
そんな愛竜の首筋を、荒木は再度ぽんぽんと叩いた。
アルゴンキンの選手たちに焦りの色が見て取れる。恐らくは工藤の時には感じなかった失点の脅威をひしひしと感じているのだろう。
アルゴンキンからの攻撃であったが、その速度は非常に遅々としており、慎重に慎重を重ねているという感じを受ける。
ただし、進みは遅いが隙は無い。
そんな状況を打破しようと高木が動いた。
荒木ほどでは無いが高木も竜を走らせる速さが速い。
先ほどの荒木の速さに印象を重ねたのか、明らかにアルゴンキンの選手たちは高木の速さを嫌がった。
嫌がれば、ちょっとした失敗をするようになる。
瑞穂の陣深くまで順調に球を運んだというに、高木に詰め寄られて、竜杖に球が当たらなかった。
彦野と敵の選手が零れ球を追いかける。
先に追いつたのは敵選手の方であった。
だが、瑞穂側に打った球も零れ球となり、今度は愛甲と敵選手が追う。
その前に高木が追いつき、敵陣前方に大きく打ち出す。
それを小早川が拾う。
小早川が敵の守備を受けながら敵陣に攻め込んで行くと、その横を全速力で一頭の竜が追い越して行った。
高木がかなり長い距離を猛然と竜を走らせてきたのである。
小早川はその高木の先に球を打ち出す。
単騎高木が球を追いかける。
視界の先に荒木の姿が入る。
敵の後衛二人が荒木を挟むようにして竜をアルゴンキン側の篭に向けており、荒木を守備する気満々である。
高木一人で攻めるには篭まではまだかなりの距離がある。それでも敵の中盤選手を引き連れ、高木は敵陣深くに突き進んでいく。
ついには守備線を越えて敵陣に入り込んで行った。
こうなると守備線は高木に付いている中盤選手という事になる。
それに気付いた荒木は篭目がけて竜を走らせた。それを相手の後衛が追う。
高木はそんな荒木の先に球を打ち出した。
敵の後衛が反則覚悟で荒木の竜を竜杖で叩こうとする。だがそれが見えた荒木は、まるで尻に鞭でも打つかのように竜杖でそれを払いのけた。
荒木の竜杖の頭部分が敵の竜杖の柄に当たり、竜杖がへし折れ、折れた竜杖がもう一人の後衛の竜に当たる。
竜が突然立ち上がり後衛の一人が竜から振り落とされる。
後衛二人を振り切り、あっさりと球に追いつく荒木。
そこから少し前に打ち出し、それに追いつくと体を捻って竜杖を振った。
飛んでくると思った方向と反対の方に球は飛び、守衛は慌てて竜杖を伸ばしたのだが、球は篭に飛び込んで行った。
竜杖を地面に叩きつけて怒りを露わにする守衛。
そんな守衛にさっさと背を向けて悠々と自陣に戻る荒木。
どうやら一点目はまぐれでは無いらしいと感じ、観客はシンとはしたものの、先ほどより大きな拍手を送った。
荒木は途中で一旦立ち止まり、観客席に竜を向けて、丁寧にお辞儀した。
そんな荒木の態度に、観客席が大きな拍手を送る。
もちろん、拍手と同じくらい罵声も聞こえる。
だが、言葉がわからないので何を言われているかよくわからない。
後衛の二人が一旦退場し、一人は竜杖を交換し、もう一人は竜を交換した。
その間、球場の電光掲示板には、先ほどの竜杖が折れた時の映像が流された。
すると、観客席が騒然としてしまった。
明らかに故意。しかも、その故意の反則に対し、相手の先鋒はまるで背中に目が付いているかのように竜杖で振り払っている。
二人の後衛が示し合わせている時に、言葉は通じないものの、なにやら以前感じた事のある嫌な感覚を荒木は感じた。胸もちくりと痛み、それで竜杖を手にしていただけなのである。
「あ、アンコヤーブル……」
アルゴンキンの先鋒が荒木を見て、思わずそう声を漏らした。
それがどういう意味なのかは荒木にはわからない。だが表情からしてびっくりしているのだろう。
点が取れる事はそれはそれで嬉しいのだが、敵がそれによって冷静さを失うこの瞬間が、荒木にとっては何よりも愉悦な瞬間である。
その後アルゴンキンは最後の選手交代を行い、残りの時間積極的に攻めてきたのだが、反撃の恐怖に怯えながらであり、単なる時間潰しとなってしまっていた。
再度瑞穂が速攻をかけようとしたところで、審判に長い笛を吹かれてしまい、試合は終了。
二対一。
これで瑞穂は三勝一敗で首位のテエウェチェに次ぐ二位に順位を上げたのだった。
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