第48話 最終戦を控えて
幕府球団戦に引き分け、荒木は再度代表に合流するため、裾野市へと向かった。
駿府駅で乗り換えると、幕府球団の二人、原と川相が乗っていた。
「おう、相変わらずのご活躍だったな。うちからあんなに簡単に点を取っていくのなんて、お前くらいなもんだぞ。東国得点王の鹿島だって、あそこまでじゃないよ」
参った参ったと原は川相に笑いかける。
そんな原に川相は知っていましたかと言ってクスクス笑った。
「実はあの鹿島、高校時代に荒木の高校に東国大会で負けてるんですよ。うちは勝ちましたけどね」
つい最近、遠征に来た鹿島、彦野と呑みに行って本人から聞いたらしい。
鹿島は陸奥農大付属という高校で、荒木は福田水産。東国予選の一回戦で当たった。
当時の監督が東国予選の初戦は練習試合と言って、鹿島は後半からの出場だった。だがその判断がいけなかった。
超無名の高校だからと高を括っていたら、とんでもない先鋒がいて、その先鋒に打ち負けてしまった。
「うちは鹿島の陸奥農大付属とやるとばかり思っていましたからね。焦ってみんなで荒木の学校を研究しまくりでしたよ」
それが今やこうして仲良く代表入り。
何とも数奇な話だと川相と荒木は笑い合った。
そんな二人を見て、原は高校時代を思い出し、懐かしいと言って微笑んだ。
「俺の高校時代で印象に残ってるっていったら、やっぱり三年の時の東国予選の駒田かなあ。荒木はもちろんの事、川相も思い出したくも無い名前なんだろうけど、高校時代のあいつはほんとに凄い選手だったんだよ」
原は幕府の名門武蔵商業高校、対する駒田は同じく幕府の名門瑞穂大第一校。
両者は郡予選では当たらず、東国予選の決勝で激突した。
試合終了寸前まで二対二の同点。このまま延長かと誰しもが思っていた。
だが、武蔵商業のちょっとした気の緩みを瑞穂大第一は見逃さなかった。
勝ち越し点を叩き込まれてしまって、原の武蔵商業はそこで敗退してしまったのだった。
「試合中の事故に見せかけて荒木を殺そうとしたあの件で追放になって、その後音信不通になったって聞いたけど、今頃どこで何をしているのやら」
少し遠い目で原が言うと、車内に間もなく裾野駅に到着するという放送が流れた。
次の対戦国はアオテアロア人民共和国。
鬼面大陸の東にある島国である。
かつて、鬼面大陸を占領しようと、ブリタニスの主導の元、中央大陸西部の国々が移民を送り込みまくった事がある。だが、残念ながらその途中で目論見に気付かれ、地元住民の反発を招く事になった。
デカンの支援を受けたスンダ、瑞穂の支援を受けたダトゥに働きかけ、太平洋南部で幾度も海戦が行われ、最終的に鬼面大陸からは移民という名の侵略者の追い出しには成功した。
だが、彼らも今さら国に帰っても仕事も無ければ家も無い。残っていた武器を手に、鬼面大陸を出て向かったのが東のアオテアロア諸島であった。
彼らは赤子から老人まで容赦なく地元住民を虐殺しまくり、ついには占領に成功。
ファカトゥという侵略拠点を首都に定め、アオテアロア共和国を樹立した。
だがそんな国を周辺国が認めるわけもなく、何度も潰そうと試みたのだが、その都度中央大陸西部の国々が支援して、潰す事ができず現在に至っている。
そんな経緯で周辺国との関係は最悪。しかもアオテアロア側も周辺国の民を劣等民族と蔑んでおり、友好を結ぼうとしない。
さらに共産主義革命によって社会主義国となっており、中央大陸西部の国々との関係も悪化。最近では中央大陸東部の国々と連携をしている。
現在は国際犯罪組織の南の拠点と言われている危険な国である。
なお、瑞穂皇国は正式には国交を樹立しておらず、国際大会の時だけこうして対戦するという状況である。
世界にはそんな国がいくつか存在している。瑞穂皇国は、その辺りの事は非常に厳格に対応しており、そういう国には皇都の国立競技場は使わせない。
西府や幕府の国立競技場も使用させない。
今回の会場は北府の国立競技場。
空港から大宿、競技場に至るまで、連合警察が逐次張り付き、目を光らせている。
十月下旬の北府である。
朝晩は非常に冷え込んでおり、山間部では稀にパラパラと雪が舞う事すらある。現在初夏であるアオテアロアにとっては、この温度差はさぞかし堪える事であろう。
そんな瑞穂の地味な嫌がらせが功を奏したのか、幾人かの選手が体調不良で出場できず、試合は終始瑞穂に優勢に進み三対一で勝利。
荒木の出番も全く無し。
三戦が終わり瑞穂は二勝一敗で七か国中三位に付けるという好発進。
次のアルゴンキン遠征に向けて非常に士気が高かった。
職業球技戦の地区大会、首位は幕府球団、二位が稲沢球団で勝ち点差はわずかに二点。そこから大きく離れての三位が多賀城球団、四位が見付球団。こちらも勝ち点差はわずかに二。そこから少し離れて五位が小田原球団、六位が直江津球団となっている。だが、およそ大激戦と言って良い状況ではあるだろう。
東国以外はもうとっくに優勝球団は決まっており、完全に消化試合となってしまっている。それだけに最終戦の幕府球団、稲沢球団の結果が気になるところだった。
気になる対戦相手だが、幕府球団は多賀城球団、稲沢球団が小田原球団。
荒木たち見付球団は、本拠地で直江津球団と優勝争いに何の関係も無い消化試合を行う事になった。
試合を二日後に控えた金曜日の夜、荒木は直江津球団の愛甲と呑みに行く事になった。
愛甲は荒木たちより二歳上で、原、高木、大石と同級生である。少し口が悪いところがあり、できれば二人だけで呑むのは避けたいと思い、広沢を誘いたいと申し出た。すると愛甲も、ならばこっちも西村を連れて行くと言ってくれた。
「全くよう。最終戦が消化試合って。やってらんねえよな。客もろくに入らない中でやるとか、冗談じゃねえぜ」
ある程度酒が入ると愛甲が荒ぶった。そんな愛甲を同期生の広沢が相変わらずだと笑い飛ばした。
西村はいつもの事とばかりに平然と酒を飲んでいる。
「なあ荒木、聞いてくれよ。俺はよう、下位の球団が気張って客を集めねえと、竜杖球はいつまでたっても盛り上がらねえと思ってるんだよ。それで球団に色々と言うんだけどよう、これが聞いてくれねえんだよ」
酒杯をダンと乱暴に机に置くと、愛甲はこんな事を進言したと言って、数々の集客案を話した。荒木も球団に進言した商店街の人を呼ぶという案から、選手みんなで水着になってその写真を暦として売ろうという、思わず吹き出しそうな突飛な案まで、次から次へと話していった。
そんな愛甲を、「俺も応援している」と言って西村がなだめた。
「応援じゃねえんだよ、西村。お前も案を出せってんだよ。俺たち若手選手が一丸となってそれをやっていこうって言ってるんだよ! そうやって数を集めて、球団の重い腰を動かすんだよ!」
結局、その夜は最後まで愛甲の球団に対する愚痴を三人で聞く事になったのだった。
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