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第47話 来年の予定

 長い長い旅程を経て、再度瑞穂の小田原空港に戻って来た。


 テエウェルチェとの熱戦はこちらでも中継していたはずなのに、出待ちの記者すらいない。向こうであれだけ報道が盛り上がっていたというに、こちらでは全くそんな事は無い。


 小田原駅から輸送車に揺られて裾野に行き、代表は一旦解散という事になった。

 九月は選考、招集、合宿、初戦、旅券取得と、自球団から切り離されて、完全に代表選手として拘束されてしまっていたのだが、十月からは試合のある週だけ拘束される事になる。

 その為、ここで一旦解散になり、これからは一週おきに招集を受けるという感じになる。


 まずは選手たちは、大宿に行き、テエウェルチェに行っていた間の自分の球団の成績を新聞で知る事から始めた。


 地区大会は残り三戦。

 見付球団の次戦は幕府球団戦。その次の小田原遠征は代表戦なので、後は最終戦の直江津戦に出れるだけ。

 現在、見付球団は四位と健闘している。しかも三位の多賀城球団とは差がほとんどない。

 やはり栗山が入ったというのはかなり大きかったとみえる。得点順位の上位に尾花が入っている事からもその事が推察される。


 代表合宿ですっかり仲が良くなって、やたらと呑みに行っていた川相、彦野だったが、これから東国優勝をかけて敵球団の選手として立ちはだかる事になるのだろう。

 どうやら同じ事を原も感じていたらしい。大宿から出る時に肩を組んできて、週末に会おうと言ってきて肩をぽんと叩いた。



 見付に戻った荒木は、まずは球団の事務所に顔を出し、これまでの報告を行った。

 荒木としては、営業部の相馬部長あたりにちょろっと報告をしておけば良いか程度に思っていた。

 ところが、営業部に顔を出すとすぐに職員の女性が部長がお待ちだと言って別の部屋へと連れて行かれた。

 通されたのは社長室であった。


 松園社長と相馬部長から、矢継ぎ早にあれはどうだったか、これはどうだっかと質問責めにされた。

 松園も相馬も、代表がどういうものかというのは若松からある程度は聞いている。だが後衛と先鋒だと色々と違いがあるらしく、若松の時とは結構違うと盛り上がっている。


 なぜかそこから呑みに行こうという話に発展。

 しかも総務部の佐藤部長や、企画部の早川部長がその話を聞きつけて駆けつけた。


 球団でも幹部の人たちがいったい普段どんなところで呑んでいるのだろうと、荒木は興味深々であった。もしかして、薄着の女性がいっぱいいるようなところだったりするのだろうかと、胸をときめかせてもいた。いつものところで良いですかなんて相馬が言うものだから、余計に期待してしまった。


 相馬の言う『いつものところ』は駅前のごく普通の居酒屋であった。


 麦酒とつまみを注文し、まずは乾杯だと言って乾杯すると、松園たちは旨そうに麦酒をぐびぐびと飲み始める。

 きょとんとした顔で部長たちを見る荒木に、早川がおごりだから遠慮せずに飲めと促した。

 どこか困惑している荒木に、松園がどうかしたのかとたずねた。


「いや、あの、もっと高級なところで飲んでいるもんだと思っていたので。まさかこんなうちらが飲みに来る近くの呑み屋で飲んでいただなんて」


 それを聞いた部長たちは大爆笑であった。


「荒木さんさあ、俺たちみんな妻帯者だよ? そんなお小遣いもらえるわけないだろ。ましてや女性がいる店なんかに行ってみ。後でどんな目に遭う事やら」


 そう言って佐藤が笑うと、相馬と早川が大きく頷いて同調した。

 幕府球団はどうか知らないが、うちらはいつもこうだと松園も笑った。


 夢が無い。

 思わずそう口をついて出してしまいそうになったが、それを荒木はぐっと飲み込んで麦酒で流し込んだ。



 翌日、練習に顔を出した。

 それを最初に目ざとく見つけたのは広沢だった。続けて栗山が見つけて二人で駆け寄って来た。


 その後、若松、尾花、杉浦と続々と選手が集まって来て、最後に関根監督がやってきた。

 関根の態度は他の選手とは異なっていて、顔はにこやかなのだが、どこか真面目な顔で、練習が終わったら少し話が聞きたいと言ってきた。



「金田の奴はお前に何か言ってこなかったか?」


 練習場に併設された休憩所の一室に関根は若松を呼び、荒木と三人で椅子に腰かけた。

 最初に関根が聞いたのがそれであった。


 正直なところを言うと、金田監督とはあまり接点が無く、印象に残っている事は例の会見。会見の後で金田が言った一言がどうにも引っかかっていた。


「なるほどな。あの野郎、やっぱりお前の事を切り札と考えていたんだな。わからんでもない。俺があいつでも同じ事をしただろう」


 だが、これで荒木は他国から最も危険な選手として認知されてしまった事だろう。ここぞというところで使っても、その効果は薄れてしまう事になってしまった。

 初戦をみんなで見ていたが、荒木が使われなかったのを見て、関根はそう言っていたらしい。

 二戦目のテエウェルチェ戦は、おそらくは捨て試合になるだろうから、荒木は使われないだろうと言い合っていたら起用されたから逆に驚いてしまった。


「しかし、今の荒木の話を聞くに、向こうではとんでもない騒ぎだったんですよね。よくこっちの報道はだんまりができますよね」


 若松が失笑すると、関根は鼻で笑った。


「あいつらは昔から何も変わってねえな。海外の情報に疎く、なんなら国内の情報にも疎く、自分たちの物差しでしか判断ができない。その物差しも目盛りが狂っていやがる」


 あまりに的確な関根の批評に、若松も荒木も笑いが堪えきれなかった。

 関根は全く笑っておらず、ただいつもの好々爺な顔を荒木に向けただけ。


「恐らくだが、しばらくは荒木は使わねえだろうな。次使うとしたらギリギリ勝てそうという時だろう。もう原に何かを言われても頑として使わねえだろうよ。原も余計な事をしたもんだ」


 選手を思いやる事は主将として確かに重要な事だが、監督の思惑にも気付けないと、こういう計算の狂う事態になるんだと関根は説明した。


「だが、幕府球団は原と川相からこの事を知っただろうからな。そのせいで俺も若干使いづらくなっちまったな」


 今年はそれなりに順位は上げたから、本格的に荒木を使っていくのは来年から。

 来年が楽しみだと関根は嬉しそうに目尻を下げた。


 すると関根は少し顔を若松、荒木に近づけた。まだ試合は残っているのだから、ここだけの話だぞと二人に釘を刺した。


 来年二軍から三人が昇格する事が決まっているらしい。すでに四人が引退を表明していて、その穴埋めという事になる。

 一人は守衛の大矢。すでに秦の昇格が決まっている。

 二人目は後衛の青木。これもかなり早くから申請があり、小川の昇格が決まっている。

 三人目は先鋒の伊東なのだが、これは荒木が代表に行くという事で昇格が決まった。だが先鋒の松岡も引退を申請してきて、四人目をどうするかと悩んでいるらしい。


「恐らくは高野か池山になるだろうなあ。多分高野だろう。報告によると荒井はまだ少しかかりそうという事だからな。福富の件があるから俺も人任せにせず映像を見たんだが、確かにまだちょっと厳しいだろうな」


 来年から一気に年齢が下がる。楽しい事になりそうだと関根は満面の笑みで二人に微笑みかけた。

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