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第46話 ヤガー!

 二対三まで追い上げたのだが、残念ながら瑞穂の反撃はそこまでであった。そこからテエウェルチェに点を決められ、二対四で試合は終了した。



 翌朝、まだ寝ぼけ眼の荒木の部屋の扉を代表団の通訳と指導者が叩いた。

 何事かと思い扉を開けると、これを見て欲しいと言って通訳が新聞を何部も掲げた。そんな事を言われても、残念ながら荒木にはテエウェルチェ語はよくわからない。

 テエウェルチェ語なんてものはなく、イベロス語のテエウェルチェ訛だと通訳は指摘するのだが、そもそもイベロス語がわからないのだから、どちらでも同じ事だった。


「競技新聞の一面に荒木選手が載っているんですよ! 瑞穂の『ヤガー』がテエウェルチェを追い詰めたって!」


 通訳は大興奮で言うのだが、どうにも荒木とはかなりの温度差が生じている。

 それがどうしたという態度の荒木に、「これは凄い事なんだ」と言って指導者は荒木の肩を掴んだ。


 ここまでの会話は、部屋の扉の前で行われていて、周辺の部屋の選手たちが何の騒ぎだと言って出てきてしまった。

 そんな選手たちに、通訳と指導者は聞いてくれと言って、今言った事と全く同じ事を説明していく。

 彦野、川相、伊東、工藤、高木、原と順々にやってきたのだが、やはり皆意味がわからず、通訳たちとはかなりの温度差が生じている。


 いったいどういう事なんだと原が詳しい説明を求めた。

 すると、ここではなんだからと、荒木の部屋に全員で押しかけて来る事になった。

 一人部屋なので、そこまで広いというわけではないのに、そこに九人も入り込んでいる。

 二つある椅子の一つには高木が座っており、寝床の奥に荒木、寝床のヘリに工藤、伊東、川相が腰かけている。彦野は床に座り、原と指導者が立っている。もう一つの執務用の椅子に通訳が腰かけている。

 彦野が勝手に冷蔵庫を開けて飲み物を取り出すと、俺も寄こせ、こっちにもと言って冷蔵庫を空にされてしまった。

 勘弁してくれと、内心で荒木は悲鳴をあげていた。



 ――そもそもこの話をしてきたのは大宿の従業員であった。

 朝、目覚めの珈琲でも飲もうと、通訳と指導者の二人で受付横の待合に向かった。珈琲を注文し、昨日の試合は惜しかったなんて言っていたところに珈琲が届いた。

 するとその従業員は、もう朝の競技新聞は読んだかと聞いて来た。まだだと答えると、今すぐ読んだ方が良いと言って大宿の提供品である新聞を持ってきた。

 当然ながら新聞はイベロス語で書かれており、読めるのは通訳の人だけ。指導者はなんでテエウェルチェの新聞の一面がうちの選手の写真なんだろうくらいに感じただけであった。

 そんな指導者に大宿の従業員が丁寧に説明してくれた。


「『ヤガー』は『密林の王』と言われているんです。かつては『テスカトリポカ』という神として崇められていた生き物なんですよ。この国の新聞が荒木選手をその『ヤガー』に例えたんです。これは最高の賛美なんですよ」


 『ヤガー』自体は、瑞穂でも動物園などでお馴染みである。だからそれがどうしたという感じであった。

 竜杖球は中央大陸西部が最も盛んで、特にブリタニスとゴールが盛んである。そんな彼らとテエウェルチェはよく対戦するのだが、過去の選手たちすら『ヤガー』に例えられた事はほとんどない。

 かつてブリタニスにロバート・ウォルターズという名選手がいて、その人物が『ヤガー』と称されたのが有名である。


「この写真を見て欲しい。これは昨日の二点目の写真だ。テエウェルチェが反則で荒木選手の竜を潰そうとしたんだ。それを荒木選手は竜杖で弾き飛ばした。それが記者たちの目にウォルターズ選手を彷彿させたんだよ」


 従業員は興奮気味に言うのだが、それでもなお、指導者は「そうなんですね」程度の反応だった。

 そんな指導者に通訳が目を輝かせて、つまりは『最高峰の選手』扱いされたんだと興奮しながら言った。それでやっと指導者もこれは凄い事だとなったらしい。

 すぐに荒木に報告しなければとなったのだそうだ――



「ウォルターズって言ったら、ブリタニスでは『薔薇の騎士』って言われる伝説の名選手ですよ。荒木がそのウォルターズに並ぶ選手なんですか? この荒木が?」


 そう言って、露骨に訝しんだ眼で工藤が荒木の顔を見た。

 そんな目をされても荒木だって困るというものである。

 彦野と高木も荒木を見てゲラゲラと笑っている。

 原は笑ったら悪いだろうと言いながらも、その目は笑いを堪えているという目であった。



 そこではそんな雰囲気だったのだが、これがとんでもない事だったというのは、一時間もしないうちに全員が実感する事になった。

 大宿の前にチャルーア中の報道が詰めかけたのである。


 大宿は混乱回避のために大広間を提供して、緊急の記者会見を開く事となった。


 連盟の部長、金田監督、荒木の三人が出席し、少し下がって通訳が座った。

 当初は連盟の部長と荒木だけだったのだが、記者たちから金田監督もという要請があり、三人で臨む事になった。


 確かに通訳が言っていたように、記者たちは昨日の荒木を絶賛であった。

 だが、そんな会見場の雰囲気は一つの質問によってがらりと変わってしまった。


「前回、そして今回も前半には荒木選手を使わなかったが、評価をしていないのか?」


 その質問に金田は、一貫してこんな選手は瑞穂には履いて捨てるほどいると回答した。今回連れて来た工藤も西崎も素晴らしい選手だし、今回連れて来れなかったが槇原、斉藤、鹿島も総合的に見たら荒木より上だと指摘。

 連盟の部長すらその金田の発言には眉をひそめた。

 記者たちは失笑混じりで監督は見る目が無いと言ったのだが、金田はこの程度の速度に攪乱されるテエウェルチェ代表がどうかしていると嘲笑。

 さらに、これなら次回の瑞穂でやる際の対処は簡単とまで言い切った。


 流れを戻そうと、記者が荒木に、監督はこう言っているが荒木選手はどう考えるかとたずねた。

 荒木としては、自分でも金田が挙げた選手の方が実力は上だと思っている。

 「実際自分には欠点が多い」と言ったところで、金田から余計な事は言うなと叱責されてしまった。さらに通訳にも今のは訳すなと指示した。


「荒木はまだ若い。良いものはあるのだが、いかんせん粗削りなんだ。特にこの通り、お頭が弱くてな。監督の俺もほとほと困っているんだよ」


 荒木の発言を遮って金田がそう言って目を覆うと、記者たちは一斉に笑い出した。


「そんなあ、こんな場所で馬鹿をばらさなくたって良いじゃないですか。酷いなあ」


 そう言って荒木が不貞腐れた顔をすると、通訳がそれを訳してしまい、さらに記者たちが大笑いした。


「今回はたまたま戦術が当たって、その結果として荒木が目立ったというだけで、偶然の要素が非常に強いんだ。この先を見てみない事には、あんたらが言う『ヤガー』とやらに相応しいかどうかはまだわからんよ」


 もしこの先も活躍するようであれば、あなたたちには先見の明があったという事になると金田は記者をおだてた。

 一時は険悪な雰囲気となったが、最終的には朗らかな雰囲気で会見は終わった。



 会見場から退出すると、連盟の部長はお見事でしたと言って金田を褒め称えた。

 ふんと鼻を鳴らし、金田は荒木を一瞥。


「失敗したよ。本当は次のアオテアロアで使うはずだったんだ。原に言われて渋々使ったが、この感じ、間違いなく今回お披露目するべきじゃなかったよ。クソがっ」

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