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第42話 借金の正体

 今、日競新聞は、曜日球技以外の球技で人気が出始めている竜杖球に注目している。

 女子竜杖球の話が出た時に、これは話題になると経営陣は感じたらしい。


 ただ、他の新聞よりは昔から竜杖球を扱ってきているとは言え、それでも情報源が少なすぎる。何とか複数の情報源を確保できないかと考えていた時に、とんでもない情報が流れて来た。それが荒木という選手の金銭に関する醜聞だった。


 日競新聞の上層部はこれを好機だと考えた。

 吉田という非常に切れ者の局長がおり、その人物がこれを機に荒木選手を追いかけてはどうかと提言。話を聞くに恐らくは誤報。どんな誤報かが探り出せれば、こちらから反撃の記事が書ける。新聞というものは、本来はそうやって対立しながら話題を盛り上げていくものであると。


 こうして東海支局に荒木選手と接触しろという指示が本社から回って来た。

 醜聞の内容を聞いた猪熊は、すぐに何か変な違和感を感じた。文屋としての勘、猪熊はそう感じている。そこで手を挙げ、自分が接触を試みると名乗り出たのだった。


 肝心の醜聞の内容だが、職人選手となった荒木が反社会的な人物に大金を支払い、一人の女性を『購入』したというもの。


 職人選手、それも成功している人物はお金を持っていると世間では考えられている。そのお金を性的な事、しかも人権を無視した事に使用したという醜聞は、一人の選手を潰すだけじゃなく、職人選手全員を糾弾できる恰好のネタである。

 しかもこういう場合、仮に誤報だとしても報じた報道ではなく、対象となった選手に恨みは向かう。報道としてこれほど美味しい話題は無い。


 ここまでの経緯を猪熊は荒木に説明した。

 残念ながら荒木はそこまで頭の出来が良い方では無い。そのせいで説明の半分も理解はできなかった。だが、恐らく美香との事を言われているんだろうという事はすぐに察する事ができた。


 果たしてどこまで話すべきか。荒木が考えたのはそれであった。

 荒木が困惑した顔で黙っていると、猪熊はもう一歩だけ踏み込んだ聞き方をした。


「『安達美香』、この女性を荒木選手が買ったというのは本当の話ですか? うちはできれば反論記事を書いて荒木さんを貶めようというやつらと喧嘩しようと思ってるんです。ですので、話せる範囲で回答いただけると嬉しいのですが」


 こちらはそれを記事にして商売をしたい、荒木は不当に名誉が傷つけられるのを防げる。両者にとって利がある話だと猪俣は説得した。


 缶珈琲を手に取り、荒木はじっと窓の外の防風林の松を見つめた。

 缶を口に運んでから、ゆっくりと息を吐き出す。


 もう美香の名前まで知っているのであれば、喋る事はやぶさかではない。だが、それで美香が傷つく事になりはしないか、それを必死に考えた。

 最終的に、猪熊が言ってきた醜聞を流される方が美香は傷つくだろうという結論に至った。


「その女性の事は知っています。結果的に見れば、お金で買ったように見えるかもしれません」


 そこまで喋ると荒木は息を自発的に吸い込み、細く長く吐き出した。

 そんな荒木を見ずに、猪熊は手帳と鉛筆を手に耳をそばだてている。


「その女性は俺にとっては大恩人の夫妻の娘なんです。だけど久々に会ったらとんでもない借金を抱えさせられていて。それで俺が借金を肩代わりしたというだけです」


 荒木が口を閉じると、車の外で強い風が吹き、防風林の松から松葉が飛んできた。

 猪熊は窓硝子に付いた松葉を見つめ、手帳には何も書こうとしない。


「その借金を背負わせた者が誰か、荒木選手は聞いていますか? いや違うな。その安達美香という娘はそれが誰かという事を知っているんですか?」


 猪熊の言い方は自分はその人物を知っているという風な口ぶりであった。

 考えてみれば、ここまでの話を思い起こすに、恐らく相手の組織の事を何となく感づいているという感じであった。


 荒木が首を横に振ると、猪熊はそうですかと一言呟き、手帳を一枚だけめくった。


「どうも、とんでもない事件の匂いがするなあ。なんだか根も深そうだし。俺も面倒な事に首を突っ込んじまったもんだぜ」


 缶珈琲を手にし、猪熊は透けるような青空を仰ぎ見て、小さく吐息を漏らした。

 横では荒木が回答を待っている。


「先ほども言いましたけど、こっちも商売なんでね。言えない事と言える事というのがあるんですよ。言える範囲を言ってあげますよ」


 缶珈琲に口を付けてから、猪熊はゆっくりと話し始めた。


 ――入ってきた情報の中の反社会的勢力の名前、それは残念ながら喋る事はできない。

 どうやら、その反社会的勢力が安達荘に目を付けたらしい。ただ、もしかしたら目を付けたのは美香という娘の方かもしれない。

 どちらかはわからないが、最終的に美香をどうしようとしていたかはわかっている。借金で脅して性的な仕事をさせるつもりだった。


 反社会的勢力でいう性的な仕事である。待っているのは、ぼろぼろにして薬漬けにして最後は海外に破棄というものであろう。

 そういう者を引き取って、それを加工して滋養強壮の薬として販売する組織が大陸にあるという噂もある。


 ところが、そんな美香を大金を支払って買った人物がいた。それが今、竜杖球の瑞穂代表に選ばれた荒木選手というのだからさらに驚きだ。

 噂によれば、荒木選手は今、美香を見付に引っ張って来て、鎖で部屋から出れないようにして、朝に夜にと奴隷のように扱っているらしい――


「ここまで聞いて、荒木選手から見て、どこか合っている部分というのはありますか?」


 こういう話の場合、多くの嘘の中に本当の事を少しだけ散りばめて話を作り上げる事が多い。なぜそんな事をするのかと言えば、この話を嘘だと指摘された時に、本当の部分が無いと反論ができないからである。

 相手は散りばめた本当の部分だけを取り出して、この部分が嘘だというなら反論をしろと言ってくる。そして相手が反論できないとなると、ほらみろうちの記事が正しいじゃないかと主張するのである。


 そう猪熊は説明したのだが、荒木は苦笑いしてしまった。


「美香ちゃんの借金を俺が肩代わりしたというのは本当です。ですけど、それは銀行の窓口で支払いました。それは俺も見ています。その借金は安達荘の借金と言われたそうで。しかも借金は親子三人で分割したと聞かされました」


 それを聞いた猪熊は眉をひそめた。


「じゃあ、反社会的勢力と美香の処遇で揉めて、追加でお金を支払ったというのは?」


 猪熊の質問に荒木は目を丸くして驚いた。

 自分が二度美香にお金を支払った事まで猪熊が知っているという事は、美香の借金の背後に反社会的勢力がいるという事を明確に示しているという事になる。

 その荒木の表情が回答だったのだろう。

 荒木は驚きで声も出なかったが、猪熊は納得して頷いた。


「最後に一つだけ聞かせてください。先ほど荒木選手は大恩人の夫妻の娘とその女性を呼んでいましたね。その部分をもう少し詳しく聞かせて貰えますかね」


 初めて猪熊は記者らしく手帳を構えてそうたずねた。

 学生時代に春合宿をさせてもらい、その時に大変お世話になったから今の自分があるという事を、荒木は少し照れくさそうに話した。


「良い話じゃないですか。その話をいただきましょう。それを聞いたら読者は十分説得できるでしょうよ」

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