第39話 代表選出
どの球団も選手に余裕があるわけではない。竜杖球は七人でやる球技であり、そこから三人も引き抜かれたら球団運営がままならなくなってしまう。仮に急場は二軍から選手を引き上げたとしても、選手が戻ってくれば使われなくなってしまい、球団内に不和が生じる事になりかねない。
金田監督には再考をお願いした。
午前中の記者会見で幕府球団の正力社長はそう述べた。
それを受け午後に金田監督が緊急発表という事で会見を開いた。
憮然とした顔で現れた金田は小さな紙を手元で広げ、記者たちを睨みつけた。
「太宰府球団の石毛、幕府球団の槇原、稲沢球団の鹿島、この三人を予備選手とし、新たに別球団から三人を呼ぶ事になった。代わりの選手は、南府球団の小早川、函館球団の西崎、見付球団の荒木、以上三名である」
小早川は年齢的なもので避けた選手で、西崎は先鋒の人数から泣く泣く外した選手、荒木は球団の選手層から考えて選考を控えた選手と金田は説明した。
「球団の事情は重々承知している。球団経営も商売であるから、譲れない事があるというのもわかる。だが瑞穂皇国の威信のかかる代表戦であるから、なるべくそこは協力して欲しいし、連盟も次回以降こういう事が起きないように良く考えて欲しい」
そう言うと金田は記者たちの質問を一切受け付けず、極めて不愉快という顔で会見場を出て行ってしまった。
そうなってくると、記者としては記事を書くために新たに選考された選手に質問を集中せざるを得ない。
会見を開いた荒木たち三人は、よくわからない質問を記者から浴びせかけられる事となった。
最初に会見を開いた小早川が中継された。
そこで浴びせられた、年齢的に明らかに一人だけ低いという事をどう考えるかという質問で会見場が荒れ始めた。
「ようはお前を選ぶくらいなら他にもっと適任者がいたはずって言ってるんだよ」
記者の一人がそう野次を飛ばした。
代表という実力じゃないと暗に言われた小早川の心中は穏やかではなかった。
小早川は明らかに機嫌を損ねたという顔をし、呼ばれたからには自分も同じ代表選手だと答えた。
すると記者たちは、今回呼ばれていない具体的な名前を挙げて、その選手に比べて自分が勝っていると考えるところはどこかとたずねた。
小早川が無言でその記者を睨みつける。
「自分の事なんだからわかるだろ?」と口元をにやけさせる記者を、小早川がさらに睨みつける。
すると他の記者から、「こんなガキが代表かよ」という罵声が浴びせられた。
ゆらりと立ち上がり、集音機を投げつけようとした小早川を球団の職員が二人掛かりで必死に押え、退出させた。
そんな荒れ荒れの会見の後の荒木の会見であった。
最初は今の心境はやら、意気込みはやら、無難な質問が投げられたのだが、やはり途中から質の悪い質問が投げられる事になった。
選手層が薄いから呼ぶに呼べなかったという理由をどう考えるか、そういう質問が投げられた。
ようはお前が呼ばれたらこの球団はもう終わりだと言いたいわけである。
先に小早川の会見を見ているので、見付球団は急遽広報部の田口部長を同席させた。
今のはどういう意図による質問かと田口が記者にたずねた。
「そのままの意味だよ! 今見付は、かろうじてそいつの力で勝ち星を挙げてる状況じゃねえか。いなくなって大丈夫なのかって聞いているんだよ。辞退して別の奴に譲った方が良いんじゃねえのかって」
記者の腕には『競報』という腕章がついている。
田口はその記者に、それは競報新聞としての公式の質問という事で良いのかとたずねた。
するとその記者は立ち上がり、それはどういう意味だとすごんだ。出禁にでもするつもりかと。
しんと静まった会見場で別の記者が笑い声をあげた。
「球団が言えないようだから代わりに言ってあげますよ。競報さんは、どういう意図があって、てめえみたいなちんぴらを記者だって送りこんできたのかって聞いてるんですよ」
一気に悪くなった会見場の雰囲気は、その一事で一つにまとまり、他の記者たちも競報の記者を睨みつけた。
その雰囲気に耐えられなくなり、競報の記者は「クソが」と捨て台詞を残して会見場を出て行った。
ただ、競報の記者の口調はともかく、他の記者が聞きたがっているのがその部分だという事には違いはない。
「俺は、そこまでうちの球団の選手層が薄いなんて思ってませんけどね。若松さんだっているし、尾花さんだっているし、栗山だっているし。何なら獅子団から伊東さんを引き上げれば良いわけだし」
過小評価がすぎると荒木が呟くと記者たちは鼻で笑った。
記者の誰かが、身内贔屓という発言をした。
「今、誰かが身内贔屓って言ったけど、その身内が俺を盛り立ててくれるから点が取れているんですよ。まあ、さっきのちんぴらみたいなの見たら、そんな頭でいくら考えても何もわかんないんでしょうけどね」
そう言って荒木は鼻で笑って、記者たちから顔を背けた。
記者たちはいきり立ってしまい、それをまずいと感じた田口が荒木を連れて会見場を抜け出した。
「今回は俺もちょっとどうかと思ったから何も言わないけど、あんまりあいつらを敵に回さない方が良いぞ。あいつら敵だと思ったら君の私生活を暴こうとしてくるからな」
できれば味方になりそうな記者が見つかると良いのだがと田口は目を細めて荒木の肩に手を置いた。
その後に行われた西崎はさすがに年齢が上なだけあり、しかも小早川と荒木の会見を受けてのものであり、受け答えは見事であった。
その翌週、荒木は合宿場所である駿豆郡の裾野市にある総合運動公園へと向かった。
初日は顔合わせだけ。
最年長は西府球団の岡田と函館球団の西崎の二人。最年少は二十歳の南府球団の小早川。
荒木からすると懐かしい顔が多い。
同じ獅子団だった伊東と工藤とは入れ違いであるため、残念ながらそこまで面識は無い。工藤が一軍に上がるという事で呼ばれたのが荒木で、同様に伊東が昇格して呼ばれたのが秦である。
二軍時代にやり合ったのは岡田、南牟礼、彦野、愛甲、大石、川相、高木。
特に川相は高校時代にも対戦しており、ここに来て初めて一緒に球技する事になった。
やはりすぐに打ち解けたのは川相であった。
川相は高校時代から少し老け顔をしており、当時、杉田が『とっちゃん野郎』と呼んでいた。口髭の剃り跡が青くなっているのが非常に目立つ。
性格は極めて温厚で、早く一緒に試合がやりたいと嬉しそうに言ってきた。
川相と楽しそうに喋っていると、久しぶりと言って彦野がやってきた。
彦野は川相とは真逆で、かなりの童顔。丸くて大きな目が特徴の選手である。ただ童顔ではあるのだが、眉尻が尖っており、かなりやんちゃそうな顔にも見える。
荒木の事を『滑り込み』と言ってからかってきた。
するとそんな彦野の背後にぬっと人が立って耳を引っ張った。
相変わらず口の悪い男だと言って。
「西崎さんの事言ったんじゃありませんよぅ。気悪くしたんなら謝りますってぇ」
そう言って彦野が手を合わせると、西崎はあははと笑った。
「全くお前は相変わらずだな。龍虎団の頃から内面が何も成長してないじゃんか。そういうのが不和の素になるって何度も教えただろうが」
どうもこのやんちゃ坊主は西崎には頭が上がらないようで、すみませんと連呼している。
ふと西崎は荒木を見て、すっと手を指し伸ばしてきた。
「相変わらず大活躍らしいな。時間見て一緒に飲もうぜ。俺、前からお前と一緒に飲みたかったんだよ」
ぜひにと荒木が回答すると、彦野が自分も自分もと割り込んで来て、川相も自分も行きますと言ってきた。
そんな感じでわいわい喋っていると連盟の職員がやってきて、その後から金田監督がやってきたのだった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。