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第36話 古屋の目的

 美香は真夜中の飛行機に乗って小田原空港に到着。当然そんな時間に電車は走っておらず、若松が車で迎えに行った。

 そこから若松家に居候して現在に至っているらしい。


「それって土井さんたちは大丈夫なんですかね。なんだか聞いている限り凄いヤバい話に感じるんですけど。というか、美香ちゃんはいったい何をやらかしちゃったの?」


 そこまで話を聞いて、荒木が感じた事がその二点であった。

 若松も感じている所は同じであっただろう。


「薄雪牧場は会派の直轄牧場だから、そこに匿われている間は大丈夫って先輩は言ってたよ。場長さんが成田会長に話を上げてくれたみたいで、これから顧問弁護士の方が調査に入ってくれてるんだって」


 広岡の回答で、一点目の心配はほぼ解消されたといって良いかもしれない。

 もし競竜の会派に属する者を無碍に傷つけたとなったら、闇組織だろうが国家組織だろうが、容赦無く対処されるだろう。


 そうなると問題は二点目。

 まず、古屋というのは何者なのか?


「うちの民宿の取引銀行の担当者……って本人は言ってました。私に借金があるから返せって言って来たのもその人なんです」


 極めて胡散臭い。荒木たち三人はすぐにそう感じた。

 本当に銀行員なのかと若松がたずねる。


「それは間違いない……と思います。銀行の窓口にお金を返しに行くと、奥の席からやってきて、別室に案内されましたから」


 誰も銀行の窓口にお金を返しに行った事が無いから、別室に案内されるというのが通常の事なのか否か判断が付かなかった。ただ、他の人に会話を聞かれないためと言われたら納得できてしまう。


「銀行の行員が、本当にそんな事するのかなあ。だって銀行なんてそれこそ信用第一な団体なわけじゃない? これまでだってそんな不祥事聞いた事……無い……し……」


 途中まで言って広岡は何かに気が付いたらしい。そういえば以前、若松が銀行員の不祥事の噂を結構耳にするが、都市伝説扱いされていると言っていたのを思い出した。


 眉をハの字にして険しい表情をする広岡に荒木と美香は不思議そうな顔をする。

 前回若松から説明を受けた時もそうだったが、そんな事が実際にあるものなのかどうかに荒木は疑問を覚えるのだ。


 そんな荒木に若松が一つの冗談話を紹介した。


 まだ自動車の故障が頻繁だった頃、ある海外の自動車会社が当社の車は滅多な事では故障しないと宣伝していた。

 それを信じて購入した人が、人気の無い山道を走行中、運悪く車が故障してしまった。そこから歩いて一軒の民家へ行き、そこで電話を借り、自動車修理の会社に連絡して車の輸送をお願いした。

 すると、それから一時間ほどでその民家に自動車会社の営業の方がやってきて、車を見せていただきたいと言ってきた。


「何が当社の車は壊れませんだ! 普通に壊れるじゃないか!」


 車内でその人は散々に営業に文句を言った。

 だが、故障した車を見てその人は酷く驚いた。

 目の前にあったのは、どっからどう見ても新車だったのだ。車体番号だけが付け替えられていて、車内にあった荷物が後部座席に放り込まれている。

 その人がポカンと口を開けていると営業は言った。


「どうやら何かお間違えがあったようですね。当社の車が壊れるわけないんですからね」



 その若松の冗談話は広岡も聞いた事があったらしく、変に頷いている。

 若松が何を言いたいか美香もすぐにわかったらしいのだが、残念ながら、残念な頭の出来の荒木には良くわからなかったらしい。


「ようは、『これまで聞いた事が無い』っていうのは、『これまで全て隠されてきている』って事なのよ」


 不祥事を行っても組織が隠蔽してくれるとなれば、道徳の無い者であれば進んで悪事に手を染めるでしょうと広岡は説明した。


「当然、派手にやれば、そこから疑惑をかけられる事になるから、組織からはこっそり口封じされる事になるんだろうけどな。だけど、美香ちゃんの件って果たして地味な案件なのかな?」


 少なくとも、現時点で薄雪牧場と見付球団、双方の弁護士が調査に乗り出してしまっている。その時点で事はかなり派手になってしまっているのではないだろうか?

 そう若松が疑問を口にすると広岡は何か嫌な事が脳裏に浮かんだ。


「……警察。やっぱりその行員の後ろに警察がいると考えるのが妥当なのかもね。牧場の竜を殺害したのも警察という事ならば色々としっくりくる気がするし」


 その広岡の見解は皆が納得できるものであった。


 ただ、それはそれとして、じゃあなんで安達荘が標的になったのかという疑問は残る。

 若松は美香に何も心当たりは無いのかとたずねた。

 これまで心当たりを思い出してはいるのだが、残念ながら美香も全く思い出せないらしい。


「純粋に安達夫妻の経営判断が悪かったからとか、安達荘の経営が赤字続きだったからとかそんな事だったりしないのかな?」


 広岡はそう言うのだが、若松はそれに懐疑的であった。

 普通に考えて、家族経営の、それも赤字続きの小さな民宿にそこまでの資産があるなんて考えないだろうし、そこをカモにしても旨味なんて無いだろう。


「何かとんでもない隠し資産があったとか、あるいは信じられないお宝が安達荘にあったとか……」


 若松の推論に、美香はそんな話は聞いた事が無いと言って笑った。仮にそんなものがあるのなら、さっさと売却して借金を返して、別の場所で平和に暮らしているはずだと。


 そこで話は途切れ、全員頭を悩ませてしまった。

 いったい、その古屋という人物は安達荘に何がしたかったのか。そこが全くわからない。


「現状ではあまりにも情報が少なすぎてどうにもならないわね。美香ちゃんが知っている事もあまりにも少なすぎるし。後は見付球団の弁護士先生の報告を待つしかないのかもね」


 そう広岡が言うと、若松も美香もそれしかないだろうと言い合った。

 ただ、どうにも荒木には何かここまでで引っかかるものがあった。だが、残念な事にそれが何か全くわかならい。

 広岡にどうかしたのと聞かれたが首を傾げるしかなかった。



 それが何なのか考えていると、若松の後ろで座布団の上で寝ていた双葉が目を覚ました。

 寝起きの双葉はかなり機嫌が悪く、若松の尻をぽんぽんと蹴り始めた。それを見た広岡がやめなさいと強く叱った。


 双葉はわんわん泣き出し、美香のところに逃げた。


「双葉ちゃん、今、どうしてお母さんに怒られちゃったのか、お姉さんに教えてくれないかな?」


 美香は泣いている双葉に優しい声で語り掛けた。


「ふたばが……ふたばが……おとうさんを……けった」


 精一杯言葉を繰り出して、双葉は美香の胸に顔を埋めた。

 美香の胸はそこまで大きいというわけでは無いが、少なくとも双葉の母とは比べものにならないであろう。

 そんな胸に双葉が顔を押し当てる。


「相手がお父さんでもね、人の嫌がる事をしたら駄目だよ」


 美香に諭され、双葉は可愛く「うん」と返事をした。

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