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第35話 美香を襲う何か

 昼食を終えると、荒木たち四人は若松宅へと戻った。


 四人が戻ってすぐに双葉が幼稚園から帰って来た。

 送迎の輸送車から下りてすぐに美香の姿を見て、ばっと駆けてきたのだが、もう少しで到着という所ですっ転んでしまった。

 駆け寄った美香が双葉の前で屈み、大丈夫かなと声をかける。

 双葉はゆらりと立ち上がり、美香にぎゅっと抱き着いてわんわん泣き始めた。痛かったねと言って優しく頭を撫でる美香に、双葉は両手に力を込めてしがみ付く。

 どこが痛いのとたずねる美香に、双葉は泣きながら「あんよ」と回答。ここかな、ここかなと足をくすぐる美香に、双葉はここと言って膝を指差す。

 少し擦りむいた膝をさすって「もう大丈夫、痛くないよ」と美香が声をかけると、双葉はまたぎゅっと抱き着いた。


 その光景を見て若松が良い娘だなあと呟いた。その後で「こんなに良い娘なのに……」と続けた。その言葉が借金の話を指しているのは荒木にもわかった。


 すっかり泣き止んで親指を咥えている双葉が美香に手を引かれてこちらに歩いて来る。

 大泣きしたせいで目も鼻も真っ赤に腫れている。そんな双葉を荒木が抱っこした。

 こんにちはと言って微笑むと、恥ずかしそうな顔ををして双葉は荒木の服に顔をうずめた。


 客間に向かうと、広岡が荒木の持ってきた甘食と一緒に紅茶を淹れて持ってきた。

 ただ、元々人数分しか買って来ておらず、美香の分が人数に含まれていない。どうするんだろうと思っていたら、若松が甘食があまり得意ではないと言い、双葉と半分づつに分けた。


 甘食を食べ終え、しばらくすると双葉はお昼寝となってしまった。

 どうやら先ほど泣いて体力を使ってしまったらしい。若松の膝の上で甘食の包み紙で遊んでいたと思ったら、気が付いたら親指を咥えて寝ていた。


 双葉が寝たところで、いよいよ話は本題へと入った。



 どうやら概要だけ広岡は聞いているらしい。

 何があったのか詳しく聞かせてちょうだいと美香に促した。



 ――話は前回美香がここに来た時の事になるらしい。


 美香が不在の土井牧場に一本の電話が入った。その電話に広岡の先輩の土井さんが出たらしい。


 その相手は北国産業銀行苫小牧支店の銀行員で古屋と名乗った。

 美香の借金の事を知っていた土井は、その古屋という男の口調がどうにも銀行員っぽくないと感じ、詐欺ではないかと訝しんだ。

 自分は美香の保護者だから、自分が代わりに聞くと土井は言った。すると古屋は少し黙り、わかったと言った。


 古屋が言ってきた内容は、また新たな借金が見つかったというものであった。

 借金ならば完済したと聞いていると土井は言った。すると古屋は、安達荘は極めて経営状況が悪く、あちこちに借金をしており、一度まとめて報告をさせてもらったのだが、そこから再度別の大口の借金が見つかったのだと説明。


 古屋を疑っていたため、土井はこちらでも調べたいと思うので証文を送って欲しいとお願いした。すると古屋は、本人以外には渡す事ができないと返答。


 では、今本人が不在だから、戻って来たらそちらに一緒に伺おうと思うと土井は言った。すると古屋はまた少し黙り、いつ頃来れる予定なのかとたずねた。担当は自分なので、自分が会社にいる時にしていただきたいからと。

 戻って来たら連絡をすると返答すると、連絡先は美香が知っているはずと言って電話を切られてしまった。


 土井牧場も営利団体である。馴染みの弁護士という者がいる。土井は弁護士にどう思うかと相談した。

 弁護士の回答は証文を見ない事には何とも言えないというものであった。


 土井牧場に戻った美香は、土井に連れられて弁護士の下へと向かった。

 すると、いくつかの質問を弁護士は美香にした。その美香の回答から、どうにも怪しいと弁護士は感じたらしい。少し調べてみるから、数日待って欲しいと言った。


 数日後、再度弁護士の下を訪れると、弁護士は衝撃的な事を言って来た。


「あなたの身は、今、非常に危険に晒されています。悪い事は言わないから、北国から出て、遠い地に逃げた方が良い。そして、どこか大きな組織を頼りなさい」


 理由をたずねると弁護士は、知らない方が良いと回答。さらに土井に、表面上だけで良いからこの娘と関係を切りなさいと助言したのだった。


 思っていた回答とはかけ離れた回答に土井は驚き、具体的にどうしたら良いかとたずねた。今後()()()()()()聞かれても、仕事の関係で保護していただけで、自分たちとあの娘は関係無いと言い張れ、そう弁護士は助言した。


 牧場に帰った土井は夫である土井場長に弁護士に言われた事を全て話し、どういう事だと思うかとたずねた。

 弁護士の話の中の『いかなる人に聞かれても』という所に土井場長は引っかかった。それはつまり、この人なら喋っても大丈夫だろうという人が美香の事を聞きに来るという事になると思う。

 この時点では二人は知人の誰かだと考えていた。


 不用意に古屋に連絡をしないようにと土井は美香に言い含めた。何かわかるまで、なるべく外に出ずに事務作業だけやるようにとも言った。


 この段階で土井は広岡に連絡し状況を伝えた。

 その時広岡は、見付球団にも相談しているから、何かあったらこちらに送り届けて欲しいとお願いした。


 それから一月ほどして再度土井牧場に古屋から連絡が入った。その時は土井場長が電話に出た。

 古屋は美香はいるかと聞いてきた。

 その時点で何か違和感を抱いた土井場長は、少し待っていて欲しいと言って、間違えたふりをして電話を切った。すると、再度古屋から電話が入ったのだった。


 実は土井場長は妻から話を聞いた時から一点違和感を感じていた。

 古屋という男は、どうやってここに美香がいる事を知ったのだろうか?

 そしてこの時点で新たに抱いた違和感。それは、どうやって古屋という男は、うちの電話を知ったのだろうというもの。

 土井牧場は営利団体であり、電話番号を公開している。だが古屋がかけてきたのは、その番号ではない。自宅の番号にでもない。全く公開していない発信専用の隠し電話の番号だったのだ。


 翌日、土井場長は自分たちが所属している薄雪会の薄雪牧場へと足を運んだ。

 事情を説明すると、場長は眉をひそめ、会派と少し相談すると回答。


 土井場長が家に帰ると土井さんは真っ青な顔をしていた。

 何があったのかとたずねると、『いかなる人に聞かれても』の意味がわかったと震える声で言った。普段気丈な妻がこんなにも怯えるというのは、相当な事があったらしいと土井場長は感じた。


 事務室で飲み物を飲ませ落ち着かせると、土井さんは最悪だと呟いた。


「……あの話、『いかなる人』って警察の事だったのよ」


 それに気付いた土井は、すでに美香はここを出てどこかに行ったと嘘をついた。すると警察は大人しく帰ってくれた。


 だがその翌日、管理していた竜が一頭、射殺されて発見された。

 土井は広岡に電話し、すぐに美香を保護して欲しいとお願いした。


 土井場長は薄雪牧場に連絡し、竜が殺害された事を報告。薄雪牧場は一時的に土井牧場から経営権を譲り受け、直接経営する事になったのだった――

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