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第34話 なんでこんな事に

 なんでこんな事になったんだろう。

 始発の電車に乗った荒木は頭を抱えていた。

 この事が後で問題となったらと思うと自然と冷や汗が滴る。



 ――あの後、貝塚は何度か便所に行き、その都度水を飲み、二時間ほどで完全に落ち着きを取り戻した。


 落ち着くと貝塚はお風呂を入れに行った。

 お風呂の準備ができると、荒木に先に入るように促した。

 荒木が風呂から出ると自分も風呂に入った。覗かないでくださいねと言い残して。


 その後貝塚は荒木にもたれ掛かりながら、二人で思い出話に花を咲かせた。

 洗い髪の香りと石鹸の香り、そしてどこか桃を思わせる貝塚の香りが鼻腔をくすぐる。

 徐々に貝塚は頭痛が出てきたようだが、それよりは荒木とのお喋りが楽しいという感じであった。


 そのお喋りの中で、貝塚が驚きの一言を放った。


「そういえば、あの北国の美香さんとはその後どうなったんですか?」


 激しく動揺する荒木を見て、貝塚はくすくす笑った。


「なんでって顔してますけど、私気付いてましたよ。私だけじゃなく武上先生も。なんでしたら教頭先生まで。他の部員たちは気付いてなかったみたいですけど」


 武上と川上に知られていたというのは、できれば知りたく無かった。


 どうなんですかと詰め寄る貝塚。

 なんと回答したものかと色々と考え、荒木は二軍時代に寮が北国だったため、その時に再会したとだけ話した。それ以外の事は全て伏せたのだが、貝塚の目は何かを察したような目であった


 本当に徐々に徐々にという感じであった。

 荒木の腕を抱えて貝塚は密着してきた。控えめというにはあまりにも主張の少ない胸に、突起が浮き出て見える。

 なるべく見ないように心掛けたのだが、どうしてもそこに目がいってしまう。悲しいかな、それが男の性である。

 当然、そんな視線に貝塚は気付いていた。


 うふふと笑いながら荒木をからかい、手を取り自分の胸に当てようとする。

 拒む荒木。

 さらに貝塚はその手に力を込める。

 そんな事をしているうちに荒木は押し倒され、その上に貝塚が抱きつくような形で乗っかった。


「……ずっと好きだったんですよ。中学の時からずっと」


 耳を赤く染めながら貝塚は呟いた。

 荒木の胸に貝塚の手が添えられる。


 無言で見つめると貝塚は目を閉じ、顔を近づけて来た。

 やや短めの髪がさらりと顔にかかる。

 唇が触れる。


 そこから貝塚は床では固いだろうからと言って布団に横になり目を瞑った。

 その上に覆うように荒木が乗り、再度唇を合わせた。


 その後、あれやこれやの後、気が付いたら始発の時間となっていたのだった。


 そっと服を着る荒木を、体を布団で隠しながら貝塚が見守る。


「あの……今日の事は、その、気にしないでください。憧れの先輩との出来事って事で、私の中での思い出の一つとして、そっとしまっておくようにしますから」


 気丈にもそう言って笑みを作る貝塚。

 そんな貝塚になんと声をかけて良いかわからず、静かに部屋を出たのだった――



 多賀城球団戦は最悪だった。

 荒木が商店街の人を呼んだという事で、前半から出場する事になった。

 だが、どうにも反応が悪い。

 相変わらず竜を走らせる速さは非凡なのだが、竜杖の振り抜きにブレが出ているらしく、最後の篭への打ち込みで、枠を何度も外し、結局一点も取れなかった。



 続く稲沢遠征では後半からの出場であったが、やはり点を入れる事はできなかった。

 そのせいか、見付球団は二連敗。これで八月の成績は一分三敗。


 試合以外の仕事が多く精神的に疲れがでているのかもしれないと、荒木の事を関根監督は周囲に漏らしていた。



 非常にまずい状況だと焦っている荒木の元に一本の電話が入った。

 宛先を見て、荒木の顔が青ざめる。

 『若松美登里』

 まさかの広岡先生から直接の電話であった。


 とにかく今すぐ来なさい。そう言って広岡は電話を一方的に切った。

 どうにも広岡は先生時代の感覚が抜けないらしい。未だに荒木を生徒だと感じているフシがある。

 そして広岡にそういう態度を取られると、荒木の方も叱られると感じてしまう。



 車に乗って、途中のお店で手土産の甘食を購入して若松家へ向かう。

 車が停まった音を聞き、玄関が開き若松が出てきた。


「おお、早かったね。悪いね、うちのが呼び付けたりしちゃってさ。俺が連絡するって言ったんだけどな。いや私がするって頑として聞かなくってさ。お前も知ってる通り、あの通りの性格なもんだから」


 若松がかなりバツの悪そうな顔をする。

 そんな若松に甘食を手渡すと、若松はすまないなと言って家に上がるように促した。


 いつもの客間に荒木は通された。

 最初に来た時は暖房がよく効いていたが、今回はよく冷房が効いている。

 それが扉を開けた荒木の最初の印象であった。


 目の前に二人の女性が座っている。

 そのうちの一人、広岡が荒木に手を振る。

 そして、もう一人の女性――美香が振り返って、顔をぱっと明るくする。

 立ち上がって荒木に抱きついた。


 どうしたのとたずねると、美香は嬉しそうに、「来ちゃった」と言ってくすくすと笑った。


 その『来ちゃった』は『遊びに来ちゃった』だと荒木は感じていた。

 だが話をしていくと、どうも何かがおかしい。もしかして、例の借金の話で長期滞在の話なのかなと感じた。

 だがそれにしては荷物が大きい気がする。


 今回は何日くらいこっちにいれるのとたずねる荒木に、美香はまたくすくすと笑った。

 すると美香じゃなく広岡が、うちの近所の借家に住む事になったと報告したのだった。


 だが、どうにも美香の表情が冴えない。

 どうかしたのとたずねる荒木に、美香は唇を噛んでうなだれてしまった。これはかなりな事があったらしい。


「とりあえず、まずは昼食でも食べて、その後でゆっくり話をしたらどうかな」


 そう若松がきり出した。

 広岡も時計を見て、それが良いかもしれないと言って席を立った。だが若松がそれを制す。


「時間的に、まだしばらく双葉は幼稚園から帰って来ないからさ、四人でどこかに食べに行かない?」


 美香を見て爽やかな笑顔で言う若松に、広岡がすぐに「ごちそうさま」と返答。

 若松の爽やかな笑顔が引きつる。

 そんな若松夫妻を美香がくすくすと笑った。


 今ならお昼特別があるという事で、三遠郡と駿豆郡に広く店を展開している大判肉団子で有名なお店にお昼を食べに行く事になった。


 玄関を出てすぐに、若松と同じ白群色をした荒木の車を見て、格好良いと言って美香が嬉しそうな顔をする。

 実は若松の車に乗ってすぐに荒木は車を注文した。その納車が先月の中頃であった。


 ところが広岡がじろじろと車を見て、排気音がうるさいだけと悪態をついた。

 そんな妻の口の悪さに、若松が顔を引きつらせる。

 昔うちに来た時も広岡先生はこんな感じだったと美香がくすくす笑う。

 荒木は荒木で、これの良さがわからないなんて感性が壊れていると悪態をつき返した。

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