第32話 次の大学へ
いったいあの時、何があったのかはわからないが、あれから栗山は少し女性恐怖症に陥っているらしい。次の一色水産大学へは行きたくないと頑なに拒んでいる。
本業の方にも悪影響が出ているらしく、どうにも動きがパッとしない。
その結果、小田原球団戦に引き分け、続く直江津遠征に敗北してしまった。
こうして、多賀城球団戦を前に一色水産大学へ行く打ち合わせの日を迎えた。
現在、見付球団の一軍に独身の男性は三人しかいない。年齢順に栗山、広沢、荒木。
栗山が行かないという事になると自然と荒木一人で行くか、広沢と行くかという選択となる。前回の感じから一人は絶対に嫌だと感じた荒木は、広沢と二人で行く事を希望した。
前回同様、どんな事をするかという説明が行われ、注目選手の一覧を見せられた。
広沢は終始顔をにやけさせており、鼻の下がいつもの倍に伸びている。女子大生の選手表を鼻息を荒くして見ている。その緩みきった口からは涎が零れ落ちそう。
「広沢選手。最初に断っておくけど、彼女たちに絶対に失礼があってはいけないからね。彼女たちに良い印象を持ってもらうのが目的なんだから。まかり間違っても手を付けたりしないように」
わかってますよと口では返事するものの、広沢の目は女子大生の写真に釘付けである。
そんな広沢から右近課長は資料を取り上げ、荒木に渡した。まったくもうと言って憤る右近。
やれやれと思いながらパラパラと資料をめくっていく。
その中の一枚で荒木は手を止めた。資料をじっと見ている荒木に、そういう娘が好みなのかと広沢が声をかけた。
「いえ、知ってる人ってだけですよ。広沢さん、一回行った俺から忠告しておきますけど、向こうの勢いは凄まじいですからね、気後れしないでくださいね」
荒木の忠告の意味がわからず、広沢は首を傾げた。
一色水産大学のある一色町は三遠郡南西部の町である。
見付駅から一色駅へ行く方法は二つある。
三遠鉄道本線の快速に乗って岡崎駅まで行き、そこから南北線という電車に乗り換える。南方行きの路線の終着駅が一色駅。
もう一つは三遠鉄道本線の快速に乗って西郡駅まで行き、そこから海岸線という電車に乗ると終着駅が一色駅。
その一色駅から徒歩十分程度のところに大学はある。
大学のある一色町よりも東に少し離れた吉良町の海浜公園で練習が行われるという事で、今回は海岸線の方で行く事になった。
前回同様、少し説明が行われ、その後練習に向かう事になった。
では移動しましょうと右近が促し、椅子から立ちあがると、一人の女性が真っ先に荒木に駆け寄って来た。
「荒木先輩! 私、先輩が来るの、もの凄く楽しみにしてたんですよ!」
そう言って水着姿の貝塚が荒木の腕を抱き抱えた。
高校時代より多少は成長したとはいえ、相変わらずの幼い見た目。腕を包みこむ柔らかなものの質量感が圧倒的に足らない。
「久々だね、貝塚。お前も竜杖球始めたんだな」
そう声をかけられ、貝塚はぽっと頬を桜色に染める。
「先輩もそうでしたけど、みんなが楽しそうにやってるの見たら、私もやりたくなっちゃって。やってみて思いましたけど、竜杖球って楽しいですね!」
すると幾人かの女性が近寄って来て貝塚をからかいだした。
浜松産業大学では爽やか笑顔の栗山が一緒だったため、荒木の人気はそこまででは無かった。だが今回は筋肉質で愛嬌のある顔立ちの広沢が相方。自然と女性たちは荒木に集まって来た。
こういう時は誰か別の人に近寄り分散を図ると良いというのは二軍時代に学んだ技である。荒木は腕を貝塚に抱えられながら広沢に近寄って行った。
思惑通り、女性たちは広沢の筋肉をペタペタと触ってきゃあきゃあ黄色い声をあげ始めた。そのあまりの高周波に広沢の顔が引きつっている。
「へえ、貝塚も先鋒やってるんだね。自分が点取らないと絶対に勝てないっていう重圧って、結構しんどくない?」
実践練習の合間に隣に座った貝塚に荒木はそう声をかけた。
貝塚はずっと照れたまま、もじもじして回答しない。中学校時代も高校時代も、あんなにガキ感があったのに、ずいぶんとおしとやかになったものだと荒木は感じていた。
すると別の女性が会話に入って来て、貝塚の代わりに回答した。
実はこう見えて貝塚は東国大学対抗戦で得点王順位に名前が載るほどらしく、一年生ながら将来有望なのだとか。
とにかく竜を泳がせる速度が速いらしく、速度と巧みさを併せ持った先鋒という評価らしい。
ただ、悲しいくらいに竜杖の制御が下手で、球が篭に入らないのだとか。
それを聞いて荒木はすぐに、獅子団の時に同僚だった渡辺を思い出した。
「ああ、なんかわかるわ。だって、貝塚は肘から下だけで竜杖振ってるんだもん。片腕は伸ばした状態で固定して竜杖の一部にするんだよ。それともっと腰にひねりを効かせないと」
どういう事ですかとたずねる貝塚に、荒木は身振り手振りで指導。
こうですかと言いながらも、貝塚の視線は荒木に釘付けであった。
その後貝塚は実戦練習に参加。指導の効果はすぐに表れ、見事に得点を決めた。
夕方からは前回同様呑み会。
前回もそうだったが、最初は黄色い声できゃっきゃと笑っているだけであった。
だが、徐々に徐々に盛り上がって行き、あっという間にどんちゃん騒ぎとなっていく。気が付けば広沢が上半身裸になって自慢の筋肉を披露し、それを女性たちがペタペタ触るという、なんともいかがわしい状態となっていた。
貝塚は常時荒木の隣に侍ってお酒を呑んでおり、全く席を立とうとしない。
途中から便所を我慢している事は荒木にも気が付いた。
そこで荒木は貝塚に便所に行ってくると言って席を立った。
すると、私も行きますと言って貝塚も席を立った。
二人で戻って来て、再度同じ席に座ってまた飲み始めたのだが、周囲は完全に出来上がってしまい、広沢を中心に大盛り上がりとなっている。
そこからしばらくして、呑み会は締めとなった。
お開きとなると、あれだけ盛り上がっていた女の子たちはさっさと帰ってしまった。
女の子たちを見送って、会計などを終え、じゃあ我々も帰ろうかという状況となった。
すると撮影者の女性職員がまだ一人戻ってきていないと言い出したのだった。
会計の後で、便所に行くと言ってまだ戻っていない娘がいると。他の娘たちに便所に行くから先に行っててと行って、その娘は便所に行ったらしい。
そこからしばらく右近、広沢、男性の職員二人、女性職員、荒木の六人でその娘が戻るのを待っていた。
どうにも遅いという事で女性職員が探しに行くと、その娘はまだ便所にいた。どうやらお酒を呑み慣れていなかったらしく、嘔吐していたらしい。
女性職員に抱えられて、その娘は戻って来た。
その娘――貝塚はかなり酔いが回っているようで完全に千鳥足であった。
真っ赤な顔をした貝塚は荒木を見ると抱きついて泣き出してしまった。
この時点で他の女の子たちは全員帰ってしまっており、誰かに送り届けてもらうという事ができない。
困った、困ったと言い合う右近たちに荒木は渋々言った。
「これ、俺の学校の後輩なんですよ。仕方ないから俺が送り届けますよ。だから右近さんたちは先に帰っててください」
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