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第31話 女子竜杖球

 翌週の稲沢球団戦に引き分け、その翌週は幕府遠征に敗戦。

 月が七月に替わり、小田原球団戦の前に荒木は事務所に呼ばれた。


 受付が広報部ではなく営業部を案内してきた時点で、例の女子竜杖球の話だと推察。はずむ足取りで向かうと、すでに栗山が来ていた。


「お、来たね。じゃあ、まずは概要を簡単に説明しておこうかな」


 目の前に配布されている数枚で一部となっている資料を見るように、営業部の右近課長は二人に促した。

 それと『秘』という赤文字が丸で囲われている資料を目の前に置いた。


「今日行ってもらうのは、事前に言っていた浜松産業大学ね。再来週には一色水産大学に行ってもらうんだけど、そっちは部員が少ないから、本命はこっちだね」


 手元の資料には浜松産業大学の女子竜杖球部の概要が書かれている。

 まだ部はできて数年らしく、本格的に始めたのは三年ほど前から。昨年、女子竜杖球の職業球技戦が開催されるという事が報じられたおかげで、今年の部員は大幅に増えたのだそうだ。


 ただ、まだ中学にも高校にも女子の竜杖球部がある学校は無い。というよりどこの高校にも竜杖球部に選手としての女子部員はいない。そのせいで、部員の多くは高校時代に男子竜杖球部で補佐をしていた人と竜術部に所属していたらしい。

 そこに一つ問題があって、男子竜杖球部や竜術部で操る竜は『呂級』といわれる四つ脚の駆竜である。対して女子竜杖球は『止級』と呼ばれる泳竜。

 つまり、誰も止級の竜に乗った事が無い。しかも竜杖球は観た事があってもやった事がない人が多い。

 そのため、全員入部の時点で一からの経験となっている。


「実はね、水着を持って来て欲しいって言ってのは、彼女たちに教わって女子竜杖球を経験してもらおうと思っているんだよ。水着の女性たちとね。いやあ、羨ましいねえ」


 右近がそれを本気で言っていない事はまるわかりで、その隣で女性職員がくすくす笑っている。

 写真機を首から下げた女性職員に、広報用に写真を撮るからあまりだらしなく鼻の下を伸ばさないようにと釘を刺されてしまった。


 その後右近は、この辺りの娘を狙っているので頭に入れておいて欲しいと言って、『秘』と判のされた資料を見るように差し出した。


 パラパラとめくっていくと、一人一人の詳細な情報が顔写真入りで記載されていた。

 どの娘も気の強そうな顔をしているというのが印象であった。そのうちの何人かは、昔、中学生時代に竜術大会で見た事のある顔であった。


 資料を栗山に渡すと栗山もパラパラと見ていった。


「どうだい? 好みの娘はいたかな? 手を出してくれても良いけど、その際はちゃんとうちの球団に入るように頼んでくれよ」


 広報部の田口部長が思わずぽろっと本音を漏らしてしまっていたが、本当に下衆い手だと荒木は感じている。

 そうしないといけないほどに切羽詰まっている、その事情もわからないでは無い。無いのだが、それにしても下衆い。



 ◇◇◇



 浜松産業大学に到着し、女子竜杖球部の扉を開けた。

 開けた途端、女性特有のむせ返るような甘い香りが鼻腔の奥を容赦なく攻め立ててきた。


 慰問団は責任者が右近、それに荒木と栗山、補佐の男性職員二人と撮影者の女性職員の計六人。

 右近が選手二人を紹介し、それぞれ挨拶をすると、部員たちがきゃあきゃあと黄色い声をあげる。頭痛が起きそうなほどの高周波の声。窓硝子もピリピリと音を立てて震えている。


 ……なんというか。

 予想はしていた。予想はしてはいたが、何とも理不尽な状況だった。

 その黄色い声をあげている女性たちの視線が栗山に一点集中しているのだ。

 驚くほど荒木とは視線が合わない。こちとら、目下東国の得点王様だというに。


「これから短い時間ですが、二人に女子竜杖球を教えていただき、その後一緒に少しだけ練習をし、その後でいつもの実戦練習を見せてもらって、最後に懇親会という感じで今日はやろうと思っていますので、よろしくお願いします」


 右近の説明が聞こえているのかいないのか、部員たちは終始きゃあきゃあと甲高い声を上げ続けた。



 交流会はまず、女子竜杖球と男子竜杖球の違いの説明から始まった。

 女子竜杖球は竜杖の形が全く異なる。これは杖で打って球を飛ばす男子竜杖球と異なり、女子は球を自分で持ち運ぶかららしい。

 男子のように丁子の竜杖ではなく、杖の先に網が付いている。この網の中に水上に浮かぶ球を掬い入れて持ち込むらしい。

 ただこの網、弛みがほとんど無い。このまま運ぶと普通に球が零れてしまう。そのため、この網の中で転がすようにして運ぶらしい。


 止級の竜は水中に潜ってしまう事がある。その際、際どい水着を着ているとはだけてしまう恐れがある。また、竜杖で引掻けてしまい、紐を切ってしまう恐れもある。

 そのため、選手たちは普通の水着の上に胸上を覆うような布面積の多い水着を着用している。そうは言ってもそれは上だけで、下は意外と布面積が小さい。

 もちろん危険防止のために緩衝材の付いた防具をその上に付けるのだが。


 面白いのは、男子と違って女子竜杖球は全員竜に騎乗している。守衛も竜に騎乗しているのだ。

 まあ、そうでないとずっと篭の前で立ち泳ぎをし続けろという事になってしまうので、当たり前といえば当たり前なのだが。


 篭は男子の場合、蹴球と同じものを網だけを目の細かいものに変えて使用しているのだが、女子竜杖球は送球の篭を使っているらしい。そのせいで思った以上に篭が小さく感じる。


 説明が終わると、いよいよ竜に跨っての実戦練習となった。

 いくら竜が違うとはいえ、いくら竜杖が違うとはいえ、そこはやはり職人選手。

 すぐに慣れ、あっという間に練習についてきてしまった。それを一年生が見て、凄い凄いと黄色い歓声を送っている。


 基礎練習が終わるといよいよ実戦練習となるのだが、荒木と栗山は観戦となってしまった。

 楽しそうだし、涼しいので自分たちも混ざりたいと右近に懇願した。だが右近は頑として首を縦に振ってくれなかった。

 大事な選手候補に手を触れられては困ると、夜のお店のような事を言われて。


 だが、相手の部長から一緒にどうですかと誘われ、一試合だけではあるが荒木たちも実戦練習に混ざる事になった。

 さすがにそこは勝手は違っても職人選手。女子部員たちとは動きが全く違った。



 全ての練習が終わると、水浴びをして塩を落とし、着替えて再集合となった。

 これまでのどこか野暮ったい緩衝着姿と異なり、皆女子大生らしい華やかな服装に身を包んでいる。化粧もばっちりである。


 もちろん飲み代は球団もち。

 当然そこは球団の職員が注文するのだが、部員たちはあれが食べたい、これが食べたいとおねだり。いつものように麦酒を注文するのだが、梅酒が良いやら果汁酒が良いやらとわがまま放題。

 右近が乾杯の音頭を取ると、もはや完全に収集が付かなくなってしまった。


 それでも最初は賑やか程度で済んでいた。荒木も栗山も女の子たちに囲まれてデレデレしていた。男性職員も右近もデレデレしている。

 ところが、酒が進んでいくと彼女たちのたがが徐々に壊れていき、体をべたべたと障られ始める。荒木は怪我があるからと右近が注意すると、見せろ見せろと服を脱がす始末。

 しかも、脱がされた服をどこかに持っていかれてしまった。


 気が付いたら栗山がいない。

 栗山はどこに行ったのかと聞くと女の子たちは「さあ」と言ってケタケタ笑った。

 便所に行くと言ったまま帰って来ないらしい。


「あの野郎、便所に逃げやがったな……」

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