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第30話 経営会議の結果

 そこから公式戦を三戦して二勝一分という好成績を収めて多賀城遠征から帰還した荒木は、見付球団の事務所に呼び出される事になった。

 呼び出してきた相手が広報部の田口部長という事で、何の件かはすぐに察する事はできた。


 案内された会議室に行くと、田口部長、吉野課長以外、営業部の相馬部長、右近課長の他にもう一人、企画部の早川部長が来ていた。

 促されるままに椅子に腰かけると、職員の方がお茶を淹れて茶菓子と一緒に持って来てくれた。

 茶菓子は先日遠征した多賀城の銘菓である『絵巻』。


 会議はまず雑談から始まった。

 雑談といっても、共通の話は当然公式戦のお話。

 現在見付球団は多賀城球団を押さえて三位に付けている。最終的にどうなるかはわからないが、少なくとも近十年では三位などという好成績は一度もなかった。

 それだけでも部長たちの顔はホクホクである。さらには松園社長もホクホク顔らしい。その躍進の原動力がどこにあるかは、得点順位を見れば一目瞭然だろう。


 ある程度場が温まったところで本題に入った。

 説明したのは広報部課長の吉野。


「荒木選手。以前ご提案のあった件だけどね、先日経営会議で議題にあがってね、認可されたよ。ただし条件がいくつか付いたんだ。一つは配布相手はしっかり吟味する事、それと入場者の把握をする事。これはまあ、当たり前だよね。そしてもう一つ」


 そこまで言うと、少し言いづらそうにして隣に座る田口の顔をちらりと見た。

 そんな吉野を見て荒木が首を傾げる。


「もう一つの条件というのが結構厳しいものでね。選手自らが営業に行く事だそうだよ。ようは毎回選手が配りに行けって事なのだそうだ」


 当然そうなれば、有名選手であるから著名をしてくれやら、あれをしてくれ、これをしてくれという事になるだろう。それを毎回やって来いという事らしい。


 そこで右近が口を挟んだ。


「もちろん、大切な選手を傷つけられるわけにはいかないし、試合の方に影響が出ては本末転倒だからね。だから営業部の方で担当を決めて、大混乱にならないように整理はするから」


 その辺りは御心配なさらずと右近は言う。なので、どの辺りに営業をかけたいか、そこと話題作りだけをお願いしたいと吉野が説明した。


「俺が考えているのは、地元掛塚(かけつか)の商店街なんですよ。お肉屋さんとか文房具屋さんとか。海老島(えびじま)の大型商店が頑張ってるあおりで、最近ちょっと元気が無くって。中継でも試合見てくれて、呑み屋が盛り上がってくれたらなって」


 呑み屋が儲かれば、地元の商店に需要が生まれる。それがひいては地元の活性化に繋がっていくはず。地元が活性化すれば子供たちが興味を示す。子供たちが興味を示せば大人たちも来てくれる。

 そういった良い連鎖を生んで行く事で、最終的には球場に地元の方が足を運んでくれるようになるはず。

 それが美香が教えてくれた事であった。


「呑み屋かあ。確かに試合を観ながら酒を呑んで盛り上げようって事で曜日球技は夜に試合をしてるんだもんな。別にそれを昼間にやってもらっても問題は無いよなあ。呑み屋じゃなくても軽食屋でも良いし」


 これまでは出資してくれたところにしか配っていなかった応援旗を、店内や商店街の主通路に飾ってもらったりして盛り上げてもらえれば良い宣伝なる。

 さすが田口は広報部長だけあって、宣伝効果というものをすぐに計算した。


 それならまずは荒木選手の地元の掛塚から試しにやってみようという事で話は終わるかに思えた。

 だが、実はその先にもう一つ本題があったのだった。


 その本題に入る前に、誰がそれを言い出すかで、かなり揉めた。

 全員が他の人にその役を押し付けて、結果的に企画部長の早川が話す事になった。


「荒木選手。実はね、この話が君から上がってきたものだという情報が経営会議でも出てね、それなら、かねてから行ってきた計画に君を参加させてはどうかという話になったんだよ」


 最初から荒木も目の前に大きな茶封筒が置かれている事が気にはなっていたのだ。入場券の話でその茶封筒が開けられなかった事で余計に不審に思っていたのだ。


 その茶封筒を早川は荒木の前に押し出して、中身を見るように促す。


 閉じてある紐をほどき、中を見ると何やら企画書のようなものが入っていた。

 そこには『取扱注意』と大きな判が押してある。その企画書の一枚目、題字として書かれていたのは『女子竜杖球球団設立について』という文字。


 荒木もこれまで幾度となく女子竜杖球の職業戦が行われるという話は耳にしてきている。見付球団も浜名湖に球場を作って球団を作ろうとしているという話は耳にした。ただ、それにいったい自分がどう関われというのだろうか。


 正直、中身を見ても、あまり頭の出来が良くない荒木では理解不能であった。数枚めくっただけで理解を諦め、封筒の上に置いてしまった。


 そんな荒木に早川は後半の何枚目を見てくださいと促した。

 言われるがままにパラパラとめくっていくと、そこには『選手獲得の為の勧誘方針』と書かれていた。ただ、内容を読んでも残念ながら荒木の頭ではいまいち理解できない。


「そこにね、『各大学の女子竜杖球部への表敬訪問』ってあると思うんだよ。実はそれに選手にも付いて来てもらおうという事になっていたんだ。何人か名前が挙がっているんだけど……荒木選手、お願いできませんかね?」


 早川の説明に、荒木は明らかに乗り気ではないという渋い顔をする。


 女子竜杖球部といえば竜は止級。止級といえば選手は水着。

 荒木から顔を背けぼそっと呟くように言う相馬に、隣の右近は笑いを堪えるのに必死であった。

 だらしなく緩みきった顔で荒木が何を想像しているのかは丸わかりであった。

 その顔を見て吉野も必死に笑いを堪える。


「もちろん荒木選手だけじゃなく、他の方も一緒に行ってもらう。こちらとしても選手として来てもらおうっていうのに一人だけじゃあ寂しいからねえ」


 こくこくと頷く荒木に部長たちは好感触だと感じたらしい。

 ところが、今のところ栗山選手にもお願いしようと考えていると早川が言うと、荒木の緩んだ表情がすんと真顔になった。


「いやいやいや、あんな爽やかさが服着たようなやつと一緒だと俺が惨めじゃないですか! 別の人にしましょうよ。若松さんとか尾花さんとか」


 荒木の抗議を部長たちは鼻で笑った。

 そもそもこの話は、栗山選手のあの爽やかな笑顔で女子選手を篭絡しようという下衆い手なのだから、そこを外すという事はありえない。

 荒木選手には栗山選手とは違う母性をくすぐられるような良さがあると、企画会議で女性社員が言うので名前が挙がっている。

 それと若松も尾花も既婚で、もし仮にこれで何かあったら色々と面倒な事になってしまう。だから未婚者というのは絶対なのだと田口は力説。


 そんな田口を見て、こんなアホな事をこの人たちは真剣な顔で会議で議論していたのかと思い、荒木は呆れてしまった。

 ……その自分を良いと言ってくれた女性社員を教えて欲しいとかも考えていた。


「という事で、初回は来月の頭に浜松産業大学に行ってもらうように手筈するから。よろしくお願いしますね」

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