第15話 練習試合
長かった春休みも残り数日。合宿も残すところあと二日となった。
部員全員、乗竜がかなり上達したという報告を各牧場から受けていて、川上と広岡はできればどこかで試合をさせてあげたいと言い合っていた。そんな折、牧場から近くの高校の竜杖球部に荒木たちの情報が入ったらしく、伊達農業高校の竜杖球部が練習試合をしたいと申し出てくれたのだった。
さっそくみんなで伊達農業が利用している竜杖球の競技場へと向かった。するとそこは何も無い単なる平坦な草地で、普段は竜の放牧場として使用している場所であった。授業が終了する時刻は、ちょうど竜を竜舎に収める時刻であり、そこを練習場として使用させていただいているらしい。
この日は特別に竜の放牧を取りやめて練習試合に提供してくれたらしい。しかも荒木たちが労働に行っている牧場が竜を提供してくれて、十二頭の竜を都合する事ができたのだった。
伊達農業の竜杖球部は普段から竜に乗って練習をしている。荒木たち福田水産高校の竜杖球部はここに来て初めて竜に騎乗したという者もいる。はっきり言って高校対決では勝負にならない。
そこで十人の部員を二つにわけ、足りないところを伊達農業の部員に補ってもらうという形で試合をする事になった。
『阿組』と名付けられた方は浜崎が主将、『吽組』と名付けられた方は宮田が主将。その二人でそれぞれを取り合う事になった。
浜崎は無難に伊藤を最初に選んだのだが、宮田が選んだのは荒木であった。宮田はこれで勝ったと浜崎を挑発した。
最終的に阿組は、浜崎、伊藤、川村、戸狩、石牧、吽組は宮田、藤井、荒木、杉田、大久保。
阿組には広岡が付き、吽組には伊達農業の顧問が付いた。
ただ、広岡も部員たちがどの守備位置が得意かなんて知らない。それは当然伊達農業の顧問も同様である。そこで各組の主将に守備位置を選んでもらい、足りないところを伊達農業の部員で埋めてもらった。
竜杖球は一組七人で行われる。孔球(=ゴルフ)の球よりも一回り大きい球を竜に乗った状態で丁字の杖で叩いて飛ばし、相手陣地の篭に入れると一点。最終的な得点の多さで勝敗は決まる。
守備位置は大きく四つ。
蹴球と同じ大きさの篭を守る『守衛』と呼ばれる選手が一人。この人物だけ竜に乗らず専用の防具を付けて篭を守る。手にした竜杖も丁字ではなく、幅広の板状のもの。
『後衛』と呼ばれる守備に重きを置いた選手が二人から三人。
『中盤』と呼ばれる守備も攻撃もほどよくこなす選手が三人から四人。
『先鋒』と呼ばれる攻撃に重きを置く選手が一人から二人。
各守備位置で一人づつの開きがあるのは、守衛を除く六人をどのように配分するかも戦略の一つだからである。
ちなみに伊藤、荒木が先鋒、宮田、浜崎、川村、戸狩、大久保が中盤、藤井、杉田、石巻が後衛。
ここに来て後衛が足らずなおかつ守衛がいない事が判明したのだった。一応大久保が経験はあるという事で急場で守衛をやる事になった。
軽く練習が始まると広岡と川上は歓声をあげた。これがいつも見ているあの部員たちか、まるで職業選手の動きを見てるようじゃないかと二人で言い合っている。どうやら二人は興奮して声が大きくなっていたようで、伊達農業の部員たちにくすくす笑われ、宮田たちも恥ずかしいなあと言い合った。
練習を終えると作戦会議が行われ、いよいよ練習試合開始となった。試合は前後半それぞれ三十分で途中に中休憩が十五分入る。
今回は練習試合という事で、福田水産高校の部員は三十分毎に一人づつ交代、伊達農業の部員は三十分毎に三人交代という事になった。阿組は川村が、吽組は荒木が最初の休憩となった。
試合は両組一進一退という印象であった。
はっきり言って、荒木から見ても、福田水産と伊達農業の実力差は歴然だった。さすがに乗りたい時に竜に乗れる環境にある部は騎乗技術にしろ、操杖技術にしろ、福田水産の部員を圧倒している。
福田水産も普段から杖で遊んでいただけあり、操杖技術はそれなりに高いと思っていたが、あくまでそれは地上の話。竜の背の上という不安定な場所では中々思い通りにはいかないものらしい。杖の空振りや、思ったところに飛ばないというような場面が随所で見受けられる。
また、守備の際に竜を相手の竜に寄せないといけないのだが、上手く竜が操れず相手の竜の進路を塞いでしまって警告を受けるというような事もあった。
それでも二五分が過ぎたあたりで徐々に状況には慣れて来たようで、徐々に伊達農業の部員と遜色のない動きになってきていた。
だがそこで最初の三十分は終了。
十五分の休憩を経ていよいよ荒木が競技場に投入となった。
「荒木、相手の守備線ギリギリに貼り付いてろ。俺のとこに球が来たら必ずお前の先に打ち出すから、そのまま全力疾走して得点しちまえ」
宮田の指示に『縦ポン』戦術ですかと荒木は笑った。ありきたりすぎだと笑いながら指摘した。
「馬鹿野郎! 通用するからありきたりになるんだよ。ありきたりって事はそれだけ有効ってことだ」
宮田は杖の柄で荒木の防護防をこんと突いて、わかったなと念を押した。
最初は相手方の打ち出しから始まった。それを一対一で攻め手は球を奪われないように前に、防御側は竜を寄せて杖で杖を押さえたり、先に球を別の方向に打ったりして守備を行う。
竜を思った方向に速く走らせる技術、そして球を思ったところに打って飛ばす技術、その二つが大きくものを言う球技である。
進行方向に別の選手が入り込んだり、球を後ろに打ってしまったりといった事もある。それなりに大きく飛ばさないと、竜の走る速度だと何度も球を打たないといけなくなる。当然その回数が増えれば相手に奪われる危険も増える。その為、大きく飛ばしてはそれを追い掛け、大きく飛ばしてはそれを追い掛けを繰り返す事になる場面が多い。
伊達農業の部員の守備で球が後方に打ち込まれ、それを別の部員が宮田に渡した。
宮田は一瞬で荒木の位置を確認。思っていた通りの位置にいるとわかると、敵の守衛と荒木の中間の位置に大きく球を打ち出した。
荒木は通常の騎乗姿勢から、競竜のような低い騎乗姿勢を取り、あっという間に後衛を引き離して攻め上っていく。敵の選手が竜の向きを変えて追った時には、荒木はもう守衛のすぐ目の前であった。
杖を腰の位置まで振り上げ、思い切り竜杖を球に向けて振り抜く。
球はガンという音をたて、真っ直ぐ篭に吸い込まれていった。
伊達農業の守衛は一歩も動けなかった。それほど荒木の打ち込みは強烈であった。
そのわずか三分後であった。またも宮田に球が渡ったところで荒木の先に大きく球が打ち出された。
さすがに先ほどと同じ事はさせまいと石牧と伊達農業の部員が荒木を防御に出た。
だが荒木の竜の方が圧倒的に走る速さが速い。
荒木は敵の後衛を引き離して球を守衛に向かって一度軽く打ち出す。守衛の少し前に転がった球を荒木は竜を走らせ、その勢いで思い切り篭に向かって打ち込んだのだった。
あっという間の二得点。
さすがにこれはマズいと思った相手の組は中盤の選手を一人後衛に回して対応に出た。だがそんな対応も虚しく、八分後には三点目を荒木は叩き込んだ。
荒木たちを受け持った伊達農業の顧問が荒木の竜を走らせる速さに舌を巻いていた。広岡はずるいずるいと連呼していたが、川上は荒木の動きに釘付けとなっていた。
二試合目から荒木は完全に警戒されてしまい一試合目のようには活躍はできなかったものの、最終的にこの日、三回出場して十得点の荒稼ぎだった。
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