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第28話 悪者?

 応援席のうち、白群色の応援着を着ている応援団が大いに盛り上がっている。


 ただ……


 応援席というのは広い競技場の一面だけにしかない。

 競技場を挟んで反対側に補欠席がある。

 通常の競技より竜杖球は競技場が広く、片面だけとはいえ観客席も非常に広い。


 その広い応援席は多くが閉鎖されてしまっている。そうしないと応援席のガラガラ具合が目立ってしまうから。狭めた応援席を四つに分け、両端がそれぞれの応援団の応援席、中央が一般の観戦席となっている。


 その中で湧いているのは見付球団の応援席だけ。しかも幕府球団の応援席に比べるとその人数は半数以下。


 前半に江川選手が点を入れた際には観客席全体であんなに湧いていたのに。中央の一般の観客もあんなに湧いていたのに。

 荒木が点を入れても一般の観客が全然湧いていない。ここは見付球団の自球場のはずなのに。


 つまりはここに来ている一般の観客の多くは幕府から幕府球団を見に来た人たちという事になる。

 純粋に双方の応援をする人がいるとして、見付球団を応援してくれている一般の観客は極々少人数。

 改めて見付球団の人気が低いのだという事を実感してしまう。


 嬉しさで竜杖を掲げているのが虚しく感じ荒木は竜杖を下げて、観客席から視線を反らして自陣へと戻った。

 ここは自球場のはずなのに。なんでこんな遠征時のような気分を味あわないといけないのだろう。



 そこから試合はしばらく膠着した。

 荒木の得点で幕府球団の攻撃が一層激しさを増したという事もある。

 原選手と中畑選手が中央を無視して二人で攻撃を組み立ててきて、二人だけで得点をあげようとしてきたのだ。それに若松と杉浦がかかりきりになってしまっている。そのせいで広沢と栗山が守備に専念させられてしまっている。

 だがそれ以上に、川相選手がヘラルトにぴったりと張り付いていて、なかなか反撃に移れない。


 ヘラルトも荒木も、そんな状況から何度か自陣に戻っている。だがその都度、若松たち四人からここは任せろ、容易に下がって来るなと叱責を受けている。


 ヘラルトも顎に皺をよせ、目を細めてやるせないという顔をしている。恐らくは荒木と同じく、手が出せない自分を歯がゆく思っているのだろう。


 だが若松たちからしたら、ヘラルトが来てしまえば敵の攻撃の札が増えてしまい、篭を守り切れる自信が無くなるのだ。

 四人で三人を相手にするという数的有利な状況であるからどうとでもなっている。


 後半二三分。

 業を煮やしたヘラルトがついに動いた。

 若松が大きく打ち出した球、それを広沢が拾いに行った。そこにヘラルトも拾いに行ったのだった。原選手と川相選手も一緒に追いかける。


 それを見た栗山は竜を走らせ、中央を一気に駆け上がって行った。

 最初に球に辿り着いたのは広沢であった。

 ヘラルトがすぐ近くにいた事に広沢は酷く驚いた。

 だが球に追いついて前を見ると、一人見付球団の選手が絶好の位置にいるのが見える。


 広沢はその選手に向かって球を打ち出した。

 広沢は竜杖球の選手としては力がかなり強く、球は栗山の頭上を越え、さらに先へ。

 栗山が一人竜を走らせる。

 幕府球団の後衛は動けない。だがその先の行動は読める。

 クロマルチ選手も松本選手も荒木を引っかけようと竜をじりじり下げていく。だが、荒木はそれよりも後ろに位置取っている。


 栗山が球を打ち出すと同時に荒木は右前方に向かって竜を走らせた。

 二軍の時、栗山は必ずこういう場合荒木の前ではなく右前方に向けて球を打ち出してきた。

 案の定、球は少し右に飛んで行く。左に敵の後衛二人を並べた状態で荒木が球に向けて竜を走らせる。


 クロマルチ選手からしたら、かなり苛ついた状況であっただろう。間に松本選手がいなければ体当たりして走行妨害がかけられるのに。その松本選手も体当たりをかけようとしているのだが、荒木が左手に竜杖を持っている為、上手く近づけないでいる。


 徐々に荒木は二人を引き離して行く。竜杖を左手から右手に持ち替え、球を前に小さく打ち出す。

 そこに竜を走らせ、竜杖を球に叩きつけた。


 球は強烈な速度で篭に向かっていく。だが、若干弾道が低い。

 これなら抑えられると守衛の山倉選手は判断し、守衛用の幅広の竜杖を伸ばす。

 だが打球が少しだけ浮き上がり、竜杖の梁に当たってほんの少し軌道を変えて篭に飛び込んで行った。


 ついに同点!

 だが、相変わらず湧いているのは遥か向こう、自陣の端に座った応援団だけ。観客席の半数以上は立ち上がる事すらせずに席に座ったまま。


「何をやってるんだ!」

「ふざけてんのか、こんな雑魚相手に!」

「てめえらなんか辞めちまえ!」


 松本選手やクロマルチ選手を責める罵声が所々から聞こえる。

 『雑魚』と言われた事にも腹が立つ。だがそれ以上に一生懸命やっている人に向かって『辞めろ』は無いであろう。


 何だか自分が悪い事をしているような気分になってしまう。

 改めてここは自球場のはずだと再度周囲を確認してしまう。

 間違いなくここは三ヶ野台総合運動場。自球場で点を決めた自分は英雄であるはずなのに。

 なんでこんな悪者になっているんだろう?


 残りの時間、荒木は観客席が気になって試合に集中できなかった。

 同点になっただけなのに、まだ試合は終わっていないのに、何でみんな帰ってしまうんだろう?

 ここからわずかな時間でどちらかが点を入れたら、それは試合として非常に盛り上がる展開ではないのか?

 なぜ?

 なぜ、ぞろぞろと帰ってしまうんだ……


 結局、試合は二対二の同点で終わってしまった。

 試合終了の長い笛が鳴り響いた時、中央に座っていた観客の多くはとっくに帰ってしまっていて、ガランとした状態となってしまっていた。


 二軍ではこんな事無かったのに。

 そもそも観に来てくれるお客さん自体少なかった。

 だけど、同点になると興奮して湧いてくれた。

 どちらの球団がとかではなく、純粋にその試合を楽しんでくれた。


 これなら最初から観客の少ない二軍の方がマシだったかもしれない。

 何という後味の悪い……


 呆然と観客席を眺めて競技場から去ろうとしない荒木に、川相選手が気が付いた。

 お疲れさんと声をかけられ、少し体をびくりとさせ荒木は声のする方を向く。


「どうしたの? 大活躍だったんだからもっと喜びなよ。それともあれ? まだ怪我が傷むの?」


 竜の向きを変え、観客席に背を向ける荒木。

 そのはにかんだ顔で、荒木が何か気分を落ち込ませているという事を川相は察したらしい。

 何かあったのかと再度聞いてきた。


「いやあ、高校時代も、獅子団時代も、同点になると観客は湧いてくれたのに。罵声が聞こえてきて、おまけに帰られちゃったから、ちょっと驚いちゃったんだよ」


 川相は高校三年の時に荒木の福田水産高校を負かした尽忠高校の中心選手だった。

 常に敵側に身を置く川相は、荒木が点を入れると観客が湧くという場面をこれまで何度も目撃してきた。


「これまでと違って、みんな竜杖球を観に来てくれてるわけじゃねえからな。彼らが観に来ているのは、幕府球団、もしくは見付球団だもん。そりゃあ相手球団の選手の活躍なんて面白かろうはずがないだろ」


 川相としてはそう言うしか無かった。

 だが荒木も、それは重々わかっている、わかった上で点を取られた時の罵声と同点で帰った事が気になっている。

 それを聞いた川相はふんと荒木を鼻で笑った。


「そんなの観客の勝手だろ。それが嫌だっていうんなら、敵球団を応援する観客まで沸かせられるような活躍をするしかねえだろうな。中途半端な活躍だから野次も飛んでくるんだよ」


 どうかなと言う川相に、荒木はなるほどとうなづいた。


「敵の観客を黙らせるほどの活躍ね。そういうの聞くと、なんだか胸にたぎるものがあるな」


 ぎゅっと竜杖を握りしめ、荒木は背後の観客席に視線を移した。

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