第27話 おかえりなさい
見付球団の本拠地、三ヶ野台総合運動場に両軍の選手が入場してきた。
見付球団の先発は守衛が八重樫、後衛が若松、杉浦、中盤が栗山、渋井、ファン・デル・レー、先鋒が尾花。
対する幕府球団の先発は、守衛が山倉、後衛がワグネル・クロマルチ、松本、中盤が原、中畑、篠塚、先鋒が江川。
補欠席に腰かけて、口を尖らせぶすっとした顔で荒木は競技場を観ている。
若干近寄りがたい雰囲気をまとっており、隣に座る角が荒木との間に隙間を作っている。
すでに試合は始まっており、例によって例の如く、見付球団が一方的に攻撃されている。
幕府球団はここまで七戦して五勝二分、現在首位を独走。その中心選手は、数年前に一軍昇格した原選手。
左翼の原選手、右翼の中畑選手、後ろの篠塚選手、この三人の神がかった連携により、見付球団の選手たちはまったく球に触れない。
さらに後衛のクロマルチ選手が最終防衛として立ちはだかっている。
一方の攻撃面では、中盤の三人から隙あらば江川選手に球が送り出されている。江川選手は速度はそれほどでは無いものの、竜術に関して国内最高峰の選手で、若松、杉浦の二人も対処に苦戦しまくっている。
前半七分で早々と先制点を許すと、そこからもわずか五分間で二度も篭まで持ち込まれ、八重樫が必死に防衛するという状況である。
そしていつもの光景ではあるのだが、尾花まで球が飛んでこず、やむを得ず中盤の選手たちと一緒に守備をしている状態。
このままではいつ追加点が取られるかわかったものではない。
皆がそう危惧していた前半の二四分、やっぱりという感じで二点目を入れられてしまった。
もうこれ以上点を取られたら試合が終わってしまうと感じた選手たちは完全に守備に徹し、なんとか残りの六分間をやり過ごし、中休憩へと入ったのだった。
◇◇◇
関根監督としても、ここで荒木を投入する事自体はやぶさかではないと考えている。
普段であれば躊躇無くそうしたであろう。問題は荒木はこれが復帰初戦なのだ。
自球場でやっていて、荒木を出す以上は、できれる事なら勝ちたい。そうでないと応援団の増減に関わってしまう。
もうここは捨てて、次の小田原球団戦に賭けるのが良いのではとも考えてしまう。
その一方で、前回幕府球団の本拠地である調布総合運動場で行われた試合では前半で三点取られて、どうにもならず、後半にも三点を取られ、六対〇で完敗という恥ずかしい結果に終わっている。
二戦連続で同じような結果というのは避けたいという気持ちもある。
仮に荒木を出すとして、誰を下げるのかという問題も出てくる。
荒木は守備ができないので、今の状況で一人減の状態で攻撃の機会を作らないといけないという事になる。
そうなると尾花を残すのはどうなんだとも思う。
関根は中休憩に入ってからも選手表をじっと見つめていた。
さらに一人一人顔を見ていく。
にこにこしながら荒木が関根を見ており、関根がげんなりした顔をする。
そして関根は一つの決断を下した。
「よし、後半荒木を使っていく! 交代は尾花。それと渋井と広沢を変える。ヘラルト、前線で一人で攻撃を組み立ててくれ。この試合、勝つ! 俺たちには武器があるんだ。それを存分に使って行こう!」
『武器がある』
関根のいう武器が荒木の速さの事だというのは、そこにいた誰もが感じた事であろう。
二点を取られ、どこか沈みがちであった選手たちの顔に血色が戻り、希望をみなぎらせていった。
◇◇◇
控室を出る時に荒木は神部に袖を引かれた。
「忘れるな。ここは一軍の舞台だ。敵の弱点は徹底して攻めるのが一軍だ。道場で教わった事をちゃんと活かせよ」
大きく頷いて、荒木は控室を出て行った。
その瞳は道場の近藤先生の刀を杖で避けていた時の真剣な目そのものであった。
竜に跨り、競技場へと竜を歩かせる。
場内に選手交代の案内放送が入る。
荒木の名が放送されると、観客席がどっと沸き立った。
これだけの人たちが自分に期待してくれていると思うと緊張で背筋がぞくりとする。
決して多くない見付球団の応援席に新たな垂れ幕がかかるのが見えた。
その文字に荒木は目頭が熱くなるのを感じた。
『荒木選手おかえりなさい!』
自分の復帰を待ってくれていた彼らの為にも、そしてこのどこかで見てくれているはずの応援団一号の為にも、絶対に点をもぎ取ってやるんだという強い気持ちが沸き上がって来るのだった。
後半は、幕府球団の攻撃から開始された。
目の前に実に懐かしい顔が見える。
後半、幕府球団も二人の選手を交代してきている。一人は江川選手に変えて槇原選手。そしてもう一人は篠塚選手に変えて川相選手。どちらも昨年二軍で苦戦を強いられた選手である。
槇原は荒木の顔を見ると白い歯を見せ、小さく手を振って来た。少し後ろで川相も大きく竜杖を振っている。
それが自分に向けられたものだというのは荒木にもわかった。
荒木が大きく竜杖を振り返すとすぐに審判の試合開始の笛が鳴り響いた。
見付球団が極端な守備的陣形に変更してきた事は、すぐに幕府球団の選手たちも気が付いてただろう。
原選手は選手交代と戦術の不一致に違和感を覚えているらしい。かなり慎重に竜を敵陣深くに走らせている。
中畑選手はどうやら二失点で何とか終えようという腹積もりだと感じているらしい。原選手よりも躊躇無く敵陣深くに竜を進めている。
獅子団時代の荒木を知る槇原選手と川相選手は、すぐに見付球団側の考えに気付いた。攻撃はあの外国人と荒木だけで十分という計算をされているのだという事に。
槇原選手は広沢の隣に位置取り、川相選手は執拗にヘラルトに張り付いている。そのせいで中央の二人より、両翼の二人が突出しているという状況になっている。
原選手は一気に敵陣に切り込んでいったのだが、見付球団の選手が一向に誰も守備に来ない。不審に思いながらも一人で切り込んでいく。
その時点で何かを狙ってきているという事だけは原選手も気付いただろう。
だが、それが何かわからない。
さすがの原選手でも若松と広沢二人掛かりの執拗な守備をかいくぐる事は困難らしい。
そこに竜を走らせて中畑選手がやってきた。
原選手が中畑選手へ球を渡そうとする。だがその球は先に杉浦に奪われてしまった。
杉浦がそれを広沢に渡す。
ここからの見付球団の攻撃はまさに見事という他は無かった。
槇原選手がはっと気が付いた時にはすでに栗山は前方に向かって竜を走らせていた。
広沢が栗山に向けて球を打ち出す。それに追いついた栗山は、さらにヘラルトへとすぐに打ち出す。
川相選手も守備をしようと構えていたのだが、とにかくヘラルトの初速が速く、一瞬でかわされてしまった。
球に追いついたヘラルトは即座に大きく前方へ打ち出した。
残念ながらヘラルトは竜杖の制御があまり上手では無い。だがこの場合、それも荒木にとっては嬉しい事であった。
球までの競争なら負ける気は一切しない。
松本選手はもたもたしていて出足が遅れた。クロマルチ選手と荒木の二人が球を追いかける。
クロマルチ選手はどちらかと言えば技巧派の選手であり、そこまで竜を速くは走らせられない。
荒木が球に追いついた時にはもう後衛は二人とも引き離されていた。
その球を荒木は少し中央に戻す。
そこに竜を走らせ、その速さを竜杖に乗せて振り抜いた。
球は山倉選手の持つ竜杖の少し上を通って篭に飛び込んでいった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。